第九篇  「光への道」

癲癇 (自観叢書九 昭和二十四年十二月三十日) ※狐霊が憑依した同化霊 

此下婢の霊は、祖母にあたる者が不義の子を宿し、出産するや圧死させた。その嬰児の霊である。その嬰児の霊へ、祖母に関係ある狐霊が憑依し、同化霊となって活動したのである。
第十三篇 「世界の六大神秘家」

パウロと神霊  自観叢書13『世界の六大神秘家』 昭和24年12月5日)日本観音教団編集部客員 須江孝雄

歴史上にパウロほど興味深く、また感激的な人間は実に稀である。パウロはピリピ書の中で自分の生れた人種について誇らしげに書いておる。「我は八日めに割礼を受けたる者にして、イスラエルの血統、ベニヤミンの族、ヘブル人より出でたるヘブル人なり」
第九篇  「光への道」

龍神の憑依 (自観叢書九 昭和二十四年十二月三十日)※私の先生は患者

よく人が先生の病気治療は誰方から学んだのであるかと訊かれる毎に、私は、斯う答える。私の先生は患者である。患者に聞き、患者から教はるそれで段々病気の原因など識るようになったのだから、私の師は患者であるといふのが本当である
信仰

間違ひ信仰 (自観叢書九 昭和二十四年十二月三十日)

何でも拝みさえすればいいという事は考えものである。というのは、その人の身魂の高下と因縁によって、拝む神仏も相応しなければ反って逆の結果になるからで、大いに慎しむべきである。
芸術

美術館建設の趣旨 チラシ、昭和27(1952)年

元来美術品なるものは、出来るだけ大衆に見せて、楽しませ、知らず識らずの内に人間の心性を高める事こそ、その存在理由と言えましょう。とすればまず独占思想を打破して美術の解放であります
第九篇  「光への道」

霊的肺患  (自観叢書九  昭和二十四年十二月三十日) 

その青年は父親と二人暮しで、長い病気の為、金銭を費ひ尽し、赤貧洗ふが如き状態であったから、死後の追善供養など殆んど行はなかったのである。従而、霊は霊界に於て孤独不遇であるから、私によって祀って貰ひたい希望で、私の妻に憑依したのである。
第九篇  「光への道」

死人に鞭つ (自観叢書九 昭和二十四年十二月三十日)

憑霊の目的は、私が其霊の生前の悪い点を人に語った事が数回に及んだので、憑霊は、「是非それをやめて呉れ。」と言ふのである。私は謝罪し今後を誓約したので、霊は喜んで感謝し去った。去るや否や忽ち平常通りとなったのである。そうして昔から死人に鞭打つなと言ふ事があるが、全くその通りと思ったのである。
第九篇  「光への道」

天理教 (自観叢書九 昭和二十四年十二月三十日)

此事柄は、他宗を非難する事になるのでかきたくはないが、何かの参考になると思うからかくのである。之は大本教時代の事であったが、私が小間物問屋をしてゐる時に使った蒔絵師で、熊井某という男があった。之は熱心な天理教信徒であって、支部長となる事にな...
ミニ体験記

[ミニ体験談]岡田茂吉教祖をメシヤと讃える国内外を超えた「光明会館建設献金」の募集に呼応!献金させて貰うと不思議なことが・・

急にさっきまで晴れていた空の雲行きがおかしくなり、いきなり電気が消え、ゴロゴロ、ピカピカしだして、あられがバリバリ降ってきてビックリしたそうです。そしてその後、彼女が言うにはすぐスワーッと晴れたというのです。また、近所はそんな事はなかったというのですから不思議です。一瞬に神様が龍神を遣って感応して下さったのだと思ったそうです
御教え集

秋季大祭 御教え *光明会館(御教え集26号 昭和28年9月23日①)

箱根が出来て熱海に移り、熱海が出来て今度は又箱根に行く、という順序なのです。それで私のやっている事は肝腎な経綸ですから、ちょっとでも順序が違うと直ぐに神様からやられてしまうのです。これは古い信者の人はよく知ってますが、とても面白いのです。
教えの光

教えの光「日本人種の霊的考察」について 地上天国22号・23号 昭和26年

之等は余程信仰が深くならないと、判り得ない。言わば信仰上大学程度である。従つてそれを知りたいと思うのは、非常に結構であるから、今後出来るだけ御神書を読み、判らない事は質問をして、叡智を磨き、人助けをして、信者を多く作る事に専念すれば、霊も浄まるから、判らなかつた事も判るようになるものである。
御光話録

御光話録 昭和二十三年七月十八日 (黄津比良坂、桃太郎、八岐の大蛇退治)

比良坂とは平な坂で明治神宮の参道が平坂になってます。あの横丁に九鬼隆二子爵がゐた。そこへ私は二、三度行きましたが、こゝで戦争があり、私の家へ子爵夫妻を呼んだ時宮中から下賜の菊の紋の盃を持って来ました。それで戦は終ったのです。
第九篇  「光への道」

ある婦人の話(自観叢書九 昭和二十四年十二月三十日)

この婦人は当時二十五、六歳くらいの人妻であったが実に不思議な病気で、サンザ医療を尽したが治らない。その原因はといえば、結婚後三年間に二人の子供を産み、その後間もなく自分はジフテリヤに罹り注射を受けたところ、薬が強過ぎたためか一週間くらい人事不省に陥った。それから一年に数回入院し、入院と入院の期間は主治医の診療を受けていたが徐々として悪化し、最早どうにもならなくなったので私の所へ来た
御教え集

*島国根性/土匪(御教え集29号 昭和28年12月6日)

兎に角本当に国家国民のためになるという事を全然考えないのかと思うような事があるのです。酷いのになると、日本人の中に日本人かロシヤ人か分らないような人も沢山あります。日本の利益よりかソ連邦の利益の方を考えているような行動をしているようなのがありますが、これはどうもおかしいのです
ミニ体験記

[ミニ体験談] 「日本人種の霊的考察」を読んで過去に納得!

私は小さい頃、小学校の低学年ぐらいまでだと思うのですが、時々怖い夢を見ました。それは何かから逃げている夢です。誰かから狙われているらしく、かくれんぼのように、物陰に隠れて、相手から見つからないよに、見つからないように移動する夢です。
大経綸

日本人種の霊的考察(下)『地上天国』24号、昭和26(1951)年5月25日発行

上のごとく、日本民族は大体四種に分けられる。そしてまず大和民族からかいてみるが、これはさきに述べたごとく、先天的平和主義で闘争を嫌う事はなはだしく、それがため当時の天下は、実によく治まっていたのである。もちろん未開時代であるから、文化も至極幼稚ではあったが、不自由な生活の中でも、鼓腹撃壌(こふくげきじょう)の世の中であったには違いない。
大経綸

日本人種の霊的考察(中) 『地上天国』23号、昭和26(1951)年4月25日発行

日本の民族は四種に分ける事が出来よう。すなわち天照天皇を擁立していた純粋の大和民族と、瓊瓊杵尊系統の天孫民族と、素盞嗚尊系統の出雲族と、そうして右の土匪あるが、この土匪の系統こそコーカサス地方から蒙古、満州を経て、北鮮から青森付近に上陸したもので、漸次本土深く侵入し、ついに近畿地方にまで及んだのである
大経綸

日本人種の霊的考察(上)『地上天国』22号、昭和26(1951)年3月25日発行

この問題を説くに当って、断っておきたい事は、以下の所説は史実にもない事柄ばかりであるから、そのつもりで読まれたいのである。しかし日本人なら、是非知っておかねばならない事なので、ここにかいたのである。それならなぜ今までにかかなかったかというと、何しろ事柄が事柄なので、終戦前までは誤解され易い点が多々あるのでかかなかったのである。
日々雑感

[日々雑感] 「キリスト教と善悪」掲載にあたって

『文明の創造』の掲載を一応終えました。基本的にメシヤ教の楳木代表編集の『文明の創造』に基づいて掲載しました
御教え集

御教え *宗教ではないのだから、教義などは要らない(御教え集32号 昭和29年3月6日①)

つまり浄霊をすると疑ぐっても治るというわけです。ところが先は理窟で来ますが、理窟の方が下で、こっちは理窟より上です。それで、研究すればよいのですが、今までの理窟で分らなければ“駄目だ”と、今のインテリなどは見るのです。実に難かしいのですが、しかし本当に分れば、これは又理窟よりかもっと良いものだから、これは離せないという事になります。
特別御面会御光話

各宗祖との誓い 神和会『特別御面会御光話』(昭和26年7月8日)再掲

静岡庵原いはら警察署にお入りになったことは、世人のよく承知のことであるが、明主様には深夜、各宗の教祖と、「霊界通信」をなされこれは一大神秘であります。
会話集

未定稿論文 「基督(キリスト)教と善悪」

最後の審判はそのクライスト教と眷属(けんぞく)を抹殺して悪魔の奴隷になっている大部分の人類を開放させるのでなくてはならないのは当然であろう。その為の福音(ふくいん)書拝読で、その為の浄霊で、その為の幽玄力で、その為に私が生まれてメシヤ教を創立したのである。何故なら皆は霊と心を浄め、正守護人の霊力を強くして、邪神の頭目と闘って勝たねば天国人になるのは出来ないからである。
御教え集

春季大祭 御教え *美術品が集まる霊界の働き(御教え集32号 昭和29年3月26日)

芸術家の方は、昔からの名人や美術を愛好した人の霊が、救世教の美術館に品物を納めたいというので非常に骨 折っているのです。一品でも美術館に納めると、霊界の地位が上がるのです。
他会話集

御講話 未発表、昭和26年9月21日(速記録)〔再掲〕

これでまだいろいろおもしろいことがあるが、ちょっと書けないことがそうとうあるのですから、そういうのは話をするかしようと思っているが、ここに伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子供で五人としてあるがもう一人ある。
御教え集32号

御教え *人間は神様に騙されて薬を飲んだ(御教え集32号 昭和29年3月5日)

体を弱らせるほどいろんな便利な物や、それから美しいものを感じるという感覚、一つの、神経が鋭くなるとか、或いはものに感じやすい体を弱らせるほどいろんな便利な物や、それから美しいものを感じるという感覚、一つの、神経が鋭くなるとか、或いはものに感じやすいということになるので、それには、体を弱らせなければ仕方がないのです。それで弱らせるには毒を飲ませるのです。しかしそれを毒と言ったら人間は飲まないから、それを薬に思わせようという神様のトリックです。薬というものは良いものと思った人間は、神様に瞞(ダマ)されたわけです。
文明の創造

『文明の創造』天国篇 「ミロクの世の実相」昭和27年

之を先ず国際上から説明してみるが、世界各国の国境は、現在のままではあるが、実質的には撤廃されたと同様になるのである。つまり隣国に対する権力は平等となる以上、侵略などは絶対なくなるというよりも、侵略の必要がなくなるのである。
日々雑感

[日々雑感] 今の世で、目が離せないのはメシヤ様の霊的なお話・・?

御浄化に入られるギリギリまで、霊的なお話に半分ぐらいの時間を割かれていたことが私には意外でした。何故なら、私は長い信仰生活の中で、霊的なことはあまり学んできていないのです。
文明の創造

『文明の創造』天国篇  昭和27年

言わば世界は百八十度の転換であって、実に空前の一大異変である。従って現在の文化形体も一変するのは勿論、其大綱としては、前述の如き大自然の形となる以上、一切の機構も三段階になり、分れて六となり、又分れて九となる、つまり三六九で、之を縮めればミロクとなる。地上天国一名ミロクの世とは此事である
大経綸

『文明の創造』宗教篇 「経と緯」 昭和27年

観音力の働きもそれであって、即ち経にも非ず、緯にも非ず、といって経でもあり、緯でもあリ、何れにも偏らない応変自在であるから、千変万化、自由無碍(むげ)というのも此意味である。此理によって人間の心のあり方もそうなくてはならない。即ち心は常に原則として経緯結びの中心に置くべきで、之を一言に言えば常識である。
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キリストの神秘性 (自観叢書13『世界の六大神秘家』昭和24年12月5日) 日本観音教団編集部客員 須江孝雄

そもそもイエスが説き始めた教えの核心というのは、「待ち望める神の国は近づいた、悔い改めて福音を信ぜよ」と言うにあったのである。その福音というのは、神を単に父として信頼し、その世界統治即ち神の国に属する市民として神意に随う正しき道徳的な生活を営む時に、神は愛と恵みとをもって、これを義なるものとするという救いの約束に外ならなかったのである。
文明の創造

『文明の創造』宗教篇 「善悪発生とキリスト教」昭和27年

文化の進むに従って、必要であったものも不必要となり自然淘汰されるとしたら、最後に至って人間と雖(いえど)も自然の法則から免れる事は出来ないのは勿論である。としたら人間に対するそれは何かというと、勿論人間に内在する悪である。曩(さき)に述べた如く今後の時代は、悪は有害無益の存在となる以上、悪人は淘汰されて了うのは当然な帰結である
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『文明の創造」宗教篇 「キリスト教」昭和27年

神は何千年に渉って、天国的文化を形成する目的の下に経(たて)と緯(よこ)の経綸をされて来たのであるが、其経の経綸の代表的宗教としては仏教であり、緯の代表的宗教としてはキリスト教であった。
御教え集

*龍神/狐霊の話し方/アメリカの雑誌『シーン』の取材(御教え集33号 昭和29年4月16日)

救世教の救いというものは人間ばかりでなく、霊界が救われるのです。やっぱり霊界が根本だからして、どうしても霊界が救われなければ人間界は救われる事はないのです。
御教え集

奈良県公会堂 御講話 *魂がスッカリ固まると、私の代理として立派に力をふるい、仕事が出来る(御教え集33号 昭和29年4月12日 後半)

あなた方は不断から知っているでしょうが、それを“これだ”という所までゆけば、魂がすっかり固まったのですから、そうするとそれによってその人の力が強くなるのです。それこそ私の代理として立派に力をふるい、仕事が出来るわけです。だから今言った事をよく心に入れて大いにやって下さい。
御教え集

奈良県公会堂 御講話 *水素爆弾(御教え集33号 昭和29年4月12日 前半)

水素爆弾というものは必要なのです。ミロクの世にするにはどうしても一つの重要な道具です。結局において善い方に使うに違いないのですが、それまでにやっぱり、今言う、人間の魂の改造上必要なのです。
仏教

『文明の創造』宗教篇 「仏教に於ける大乗小乗」昭和27年 

元来仏教は、小乗が本来である事は、以前私はかいた事があるが、小乗である仏教の中にも、大乗と小乗のある事を知っておかねばならないのである。之を判り易く言えば、小乗は自力本位であり、大乗は他力本位であると思えばいい。そうして仏教中禅宗と日蓮宗は小乗であって、其他は悉(ことごと)く大乗である
第十三篇 「世界の六大神秘家」

釈迦の霊能力 (自観叢書13『世界の六大神秘家』昭和24年12月5日) 日本観音教団編集部客員 須江孝雄

太子はかくも聡明無類であるばかりでなく、非常に慈悲心に富み、かつ常に瞑想にふけることを喜ばれたので、父王は太子の出家を怖れて、太子十七歳の時才色兼備の妃を迎えたが、太子の瞑想を止むることは出来なかったのである。
仏教

彌勒三会『文明の創造』宗教篇 昭和27年

抑々彌勒三会とは、読んで字の如く三身の彌勒が、一度に会われる意味であって、三身の彌勒とは言う迄もなく釈迦、阿彌陀、観音である。そうして釈迦は報身の彌勒であり、阿彌陀は法身の彌勒であり、観音は応身の彌勒となっている。又釈迦は地の彌勒であり、阿彌陀は月の彌勒であり、観音は日の彌勒である。
仏教

『文明の創造』宗教篇「仏滅と五六七の世」 (昭和二十七年)

一切の欲望は結局一時的煩悩にしか過ぎないのだから、諦める事だ。諦め切って了えば、真の安心立命を得られるのだと説かれたのであって、之が仏教の真髄であるとしたら全く夜の世界の姿をよく物語っている。此意味に於て万事は昼の世界迄の運命でしかない事を、遣憾なく示されている。
御光話録

御光話録8号 昭和二十四年三月(仏の滅する一つの型)

神様が世界の経綸を行はれる場合はね、すべて「型」ってものをおやりになるんです。神様がこの位(直径一尺位の円をおかきになられる)の活動をなさる時には、この位(直径一寸五分位)の型もやられゝば、又この位(直径三分位)の型もやられんです。丁度之は人間が最初に胎内に宿る時は虫けら位の大きさですが、それが一人 前の大きさの人間になる様なもんでね、
大経綸

『文明の創造』宗教篇「霊界に於ける昼夜の転換」  (昭和二十七年)

誰しも夜と昼は一日の中にあるではないかというであろう。成程それには違いないが、私のいうのは大宇宙のそれであって、此事を知るとしたら、人智では到底想像もつかない程の大神秘を会得する事が出来、それによって今後の世界の動向も分り、未来の見当も略(ほ)ぼつくのである。
文明の創造

『文明の創造』宗教篇 「唯物医学と宗教医学」昭和27年

医学本来の目的は、人間の病気を完全に治し、真の健康体を作るにあるとしたら、それが現実に現われなくてはならない事である。今更言う迄もないが、真の健康体とは、一生涯病気の心配から解放される事であって、そういう人間が増えるとしたら、茲に人類の理想である病無き世界が実現するのである。
文明の創造

『文明の創造』宗教篇 霊的病気「精神病と癲癇」昭和27年 

霊的病気の内最も王座を占めているものとしては、精神病と癲癇であろう。先ず精神病からかいてみるが、之こそ全然霊的病気であって肉体に関係のない事は、健康者であっても、此病気に罹るにみて明かである
文明の創造

『文明の創造』宗教篇 霊的病気 「結核と憑霊」昭和27年

孤独で非常に寂しい為、相手が欲しくなる結果どうしても兄弟の誰かを、自分の傍へ引寄せようとする。そこで憑依すれば、自分と同様結核となって死ぬのは分っているから、そうするのである。何と恐るべきではなかろうか。又其他にも斯ういうのがある。それは祀り方が悪いとか何か死後要求がある場合、それを頼むべく知らせようとして之はと思う人に憑依する。憑依された者は。勿論結核と同様になる
文明の創造

『文明の創造』宗教篇 霊的病気 「癌病」昭和27年

癌の病として、最も多く而も難症であるのは、何と言っても胃癌であろう。曩には薬毒による擬似胃癌を詳説したから、之から真症胃癌の原因である憑霊の事をかくのであるが、此霊は殆んど蛇の霊である
文明の創造

『文明の創造』宗教篇「最後の審判」 (昭和二十七年)

飽く迄論理的、実證的であって、寧ろ科学的、哲学的といってもいい程のものであるから、現代人と雖も之を精読すれば、理解し共鳴しない訳はあるまい。換言すれば今日迄何人も説き得なかった処の、高遠にして人間が触るる事を恐れていた、深い微妙なる謎の本体とも云うべきものであって、之を徹底的に開明するのである
文明の創造

『文明の創造』科学篇「種痘」 未発表昭和27年執筆

天然痘に罹るも短期間に必ず治り痘痕など些(いささ)かも残らないとしたら、理想的であって之で解消して了うのである。然し其ような結構な方法がありやと言うに、本教浄霊によれば絶対可能である事を言明するのである
御蔭話(御在世当時)など

[お陰話]入信四カ月で天然痘治癒した喜び

入信四カ月目、日浅き私が肺結核、肋膜、腹膜の病苦のドン底より救われ、姉の子供の真症天然痘を短期間の内に癒させて頂きました喜びを、御報告させて頂きます。
文明の創造

擬健康と真健康『文明の創造』科学篇(昭和二十七年) 

病気は浄化作用であり、医学は浄化作用停止を、治る方法と錯覚して来た意味は判ったであろう。之に就て今一層徹底的にかいてみるが、世間一般の人が健康そうにみえて、兎も角働いている人の其殆どは毒素を保有していながら、強く固結している為、浄化作用が起らない迄である。
文明の創造

『文明の創造』科学篇「人形医学」(昭和二十七年) 

病なるものは表面に表われた症状であって、其因が意外な処にあるものである。それを知らない医学は、症状さえ治せば病気は治るものと解釈しているので、真の医術ではないのである。それは全く人間は綜合体であるという事の認識がないからである
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