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裁く勿れ(栄光208号 昭和28年5月13日)
私はいつも信者にいっている事だが、アノ人は善だとか悪だとか、御邪魔になるとかならないとかいっている人もあるようだが、そういう人がまだ少しでもあるのは充分教えが徹底していない訳である。そうして度々言う通り、人の善悪を云々するのは、徹頭徹尾神様の地位を冒す訳で、大いに間違っているから充分慎んで貰いたい
🪏「真の栄養学」とは? (深堀り科学篇)
栄養ってものにも霊的と体的と両方あって、野菜なんか霊的ですが、魚だとか肉だとか言ったものは体的な栄養なんです。
神技の美術館(栄光207号 昭和28年5月6日)
というように恰度ちょうど美術館へ並べるだけの物がチャンと調ったのであるから、どう考えても人間業とは思えない。何から何迄巧く運び丸で神様が御自分の心のまま、私にやらせているようなものである。という訳で私としても気楽なものである。それでなくてはこんなにトントン拍子に巧くゆく筈がない。
恐るべき漢方薬(栄光207号 昭和28年5月6日)
一般の人に薬毒の恐ろしさを話す場合、聞く方の人は薬毒は西洋の薬に限るように思っており、漢方薬は殆んど薬とは思わないくらいであるが、これは大変な誤りである。というのは寧むしろ薬毒は漢方薬の方が多い位である。成程薬そのものとしては洋薬よりも弱いが、何しろ漢薬の方は量が頗すこぶる多い
🔰真の栄養学*私たちは何を栄養にしているのでしょうか?
我々に学んできた栄養学は、唯物的な観点からのものでしかなかったのです。人間をはじめとするすべての存在が「霊」と「体」で出来ていると、岡田茂吉は説きます。その観点から食べ物を見た時、ビタミンや脂質、タンパク質など目に見える栄養素だけでは不十分であることがわかります。
食べたいって欲が起るのは体に必要だから食べたくなる(御光話録16号 昭和24年11,12月)
食べたいって欲が起るのは体に必要だから食べたくなる
うまかったら食ったらいい。薬だと思って食べてはいけない(御光話録12号 昭和24年6月23日)
うまければ食ったらいいんです。薬と思ってはいけない。茄子なんかは秋にはよくとれますが、沢山取れるのは沢山食べろって事なんです

〈トピックス〉岡田茂吉の御論文など

🔰真の栄養学*私たちは何を栄養にしているのでしょうか?
我々に学んできた栄養学は、唯物的な観点からのものでしかなかったのです。人間をはじめとするすべての存在が「霊」と「体」で出来ていると、岡田茂吉は説きます。その観点から食べ物を見た時、ビタミンや脂質、タンパク質など目に見える栄養素だけでは不十分であることがわかります。
🔰私というもの *岡田茂吉の人となり
岡田茂吉自身が自らを分析した文章です。いかに人の幸せを願う人物であったか、争いごとが嫌いであったかがリアルに窺えますね。ですがこの文章の本質は、岡田茂吉の思想哲学を学び浄霊を実践することで、誰でもその境地に達することができるというところにあるのではないでしょうか。
🔰正直者が馬鹿を見るとは嘘だ*嘘つきが馬鹿を見る世界?
よく人は「正直者が馬鹿を見るのだから、多少は人を欺くぐらいの強かさはあった方がいい」というようなことを言いますが、岡田茂吉はその論理を真っ向から否定しています。そもそも短いスパンで見るから正直者が損をしているように感じるだけであって、その実、不誠実な人ほど損をしているのです。
🌾収穫量50%増・肥料代ゼロ・労力半減――岡田茂吉が1951年に描いた農業の未来(トピックス)
肥料代ゼロ、労力半減、収穫量50%増――岡田茂吉が1951年に示した自然農法の答えは、現代の食糧問題にも響きます。
🔰感じの良い人*感じの良い人の周りにはやっぱり感じの良い人が集まる
表面上だけ取り繕うのでは足りない。心から滲み出る「誠」から生まれる利他愛がなくては、本当の意味では感じの良い人とは言えないと岡田茂吉は説きました。当の岡田茂吉も相当にお人好しで感じの良い人であったことは、幾つものエピソードからも伺えます。
🔰幸福の秘訣*幸せになるための虎の巻
幸福の秘訣などというと、何か特別の魔法でも使うように想うかも知れないが、決してそうではない、至極しごく当り前の話である。と岡田茂吉は断言します。「利己主義から利他主義への転換」まさにこれが幸福の秘訣なのです。
🌾家庭菜園がうまくいかない本当の理由――岡田茂吉が1951年に書いた答え(トピックス)
家庭菜園がうまくいかない原因は、肥料の与えすぎかもしれません。岡田茂吉が説く自然農法で、畑仕事が楽しくなる理由とは。

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