教えの光

白米と玄米の適否、動植物の病気、動物の浄霊『教えの光』(4、浄霊および信仰上の問題)昭和二十六年五月二十日)

腸が玄米を咀嚼するようになってない。白米はあまり精製しすぎているから糠分がなく、白米中毒によって脚気(かっけ)が起りやすい。また化学肥料の害も軽々にはできない。白米に微量ではあるが、硫安のごとき毒素が含まれる以上人間は弱る
教えの光

婦人が長命の理由、 睡眠時間、 白血球と赤血球の関係について  『教えの光』(4、浄霊および信仰上の問題)昭和二十六年五月二十日)

血液の中に毒素があり、それが浄化によって血液中の微粒子の毒分だけが白血球になる。それが膿である。
日々雑感

[日々雑感] 御教えをできるだけ新仮名遣いでアップしていきます。

煩わしい悩みがないからこうしてホームページ作りに日々没頭させてもらえるわけで、大変ありがたいことだと思っています。
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「宗教と科学」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

大光明世界の建設 「宗教と科学」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「病気の原因とその解消」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

現在、生きている人間は、自分一個の存在でなくて、祖先の繋りで、祖先の延長である事を知らなくてはならない。また言い換えれば、無数の祖先の総合が、個体たる自分である。無数の祖先の霊線が、自分一個の霊と繋ぎ合っている。
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「幸福の家」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

。故に今迄不幸な事があったり、思う様に行かなかったそれ等が、不思議にも反対になって行くそれは悪魔が光りを恐れて退散するからだ。御奉斎して、半年も経てば病人がなくなるという不思議さは、体験者でなくては信じられない事である。今迄、斯んな大きな力を与えてくれる宗教は、断然無かったという事は言える
2022.01.24
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「支配階級の改心」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

河川の濁るのは、上流の源が濁るからであるのと同一の理である、故に社会の溷濁(こんだく)は、社会全般の指導者たるべき上層階級が浄まらなくては、百年河清を待つとても、駄目である。
2022.01.24
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「低級宗教」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

現当利益その物は、必ずしも、低級宗教ではないのである。しかしながら実際、低級宗教はあるにはある、しかも、その害毒たるや、恐るべきものであって、寧ろ、その筋の取締りを
2022.01.21
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「現当利益」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

世に、現当利益が、心から嫌いだという人は、実は一人もあるまい、如(も) し、有るとしたら、その人は狂人である。病気が治るのは、嫌いだという人はあるまい。金が欲しくないと拒絶する人も、一人もあるまい。俺は、不幸が好きで、幸福は 真平(まっぴら)だと逃げる人は、恐らくこの娑婆には、絶対にない事を保証する。
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「救主と贖罪主」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

贖罪主とは、罪の贖(あがな)い主(ぬし)である。彼のナザレの聖者イエスが、世界万民の、罪の贖 いの為に、十字架にかかったのは之であった。之こそ、大いなる贖罪主であった、贖罪とは、罪人の代理又は代表者となって主神に対し奉り、罪の赦しを乞うのである
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「光の主」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

凡ゆる病気を治し、貧乏を無くし、争いを無くする力、不幸と罪の原因を、はっきりさせて、その原因を取除く力、それは、光りの、力の浄化作用である。日月の光りが、一個の人間の肉体を通して、働きかけるという力とは、実に、空前の事象なのだ。
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「観音力」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

真の観音力を揮(ふる)うには、どうしても人間の現身(うつそみ)を、機関としなければならないのである。釈迦も基督も、阿弥陀も、一度は、肉身を以て救世の業をされたように。
2022.01.17
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「膏薬張の救い」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

凡ゆる罪悪と不幸の原因は何か。それは人間の魂である。其魂を浄化してこそ、社会は良くなるのである。宗教としての使命も、其処(そこ)にある。これこそ他の何者も企及(ききゅう)し難い権威であり、それが宗教の貴い存在意義である。之を他所(よそ)にして、宗教の意義は無いのだ。
2022.01.22
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「真の救い」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

人間の智慧でやる宗教の最後は、社会事業となって了(しま)う。神の力と、神の智慧で行く宗教は、奇蹟から奇蹟で、本当に世を救ってゆく。
2022.01.17
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「宗教の使命」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

故に宗教は宗教としての、独自の使命があって、一切衆生の霊体を不幸から永遠に脱却さす事である。教化や道徳や、倫理や哲学では一時的の救いである。無量無辺に、魂を救う事は出来ないのである。
2022.01.17
日々雑感

[日々雑感] 2022年初春にご浄化を頂き思う、今年の抱負。

早いもので、年が明けて今年ももう一月も半ばになろうとしています。  またしても、まずはお詫びがございます。昨年は暮れに10日間もホームページが消えて申し訳なかったのですが、お正月にと思い、「大光明世界の建設」のご論文版を元旦から掲載...
2022.01.24
大光明世界の建設

大光明世界の建設 暗中模索(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

故に学者も、政治家も、教育家も、商人も農民も、凡ゆる大衆がみて以て、簡明直裁に、天地の真理を把握して、些かの迷いも生じ得ないという経典こそ、真の救世的、大威力を有(も)ったものである。
大光明世界の建設

大光明世界の建設 明の世界(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

日と月の文明が、一致結合して茲(ここ)に明の文明が生れる。之が大光明世界である。之が真文明である。この文明を造らんが為めのーー主神の経綸が世界の歴史であったのである。長い長い世界の歴史に意義あらしめて活かすそれが観音運動である。
2022.01.13
大光明世界の建設

大光明世界の建設 東京が中心(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

西から、いろいろの種類の宗教や文化が東の中心へ集中されたのは、富士山の裾野から頂へ、沢山の人が登って来るような訳であった。求心的であった、そうして、その集ったものを綜合し、コントロールして、完全無欠の文化として、遠心的に、全地球へ向って、放射するのである。
2022.01.13
大光明世界の建設

大光明世界の建設 大宗教の発祥地点(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

今日迄、数え切れない程の宗教や、救人(すくいびと) が出たが、それ等は尽(ことごと)く、中心地点から外れている。これに因ってみても、観音会は、如何に重大なる使命を以て、生れたかは、想像出来るであろう。
2022.01.13
大光明世界の建設

大光明世界の建設 世界統一(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

我日本が、将来世界を統治すべき使命のある事は、如何なる点から観ても肯定し得らるるのである
2022.01.11
大光明世界の建設

大光明世界の建設 東方の光(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

故に、此意味は、一天四海、日月神(じつげつしん)たる、観音の教に帰すると言う事である。即ち、之に由って万教は帰一するという予言である。
2022.01.11
大光明世界の建設

大光明世界の建設 三位一体(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

東洋の父と西洋の母から生れた子が、即ち日本である。全世界が一大家族となって⦿(ス) の本即ち、日の本によって統一さるる。それが三位一体である。その三位一体が、実現してからの世界が、永遠の平和楽土であり、大光明世界なので、斯事は、天地創成の紀より、神定せられて居たのである。
大光明世界の建設

大光明世界の建設 ミロクの真相 (病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何?昭和十年九月十五日)

何の断りもなく、時が来れば、太陽は、東天静かに昇って行く、それは、物質的太陽であるから、誰人(たれびと)も見得るのである、が、霊的太陽は、悲しい哉、眼には視る事が出来ない、然し乍ら、時の力は、世界万民に判らせずにはおかない、誰が否定しようが、遮(さえ)ぎろうが、物質の太陽は大空高く、昇ってゆく如く、霊的太陽の光は日に輝きを増すのである。何と素晴らしい事ではあろう。何千年間の夜が明けると言うのだ。 
2022.01.11
大光明世界の建設

大光明世界の建設 三尊の弥陀(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

古来、三尊の弥陀と謂い、三弥勒と言い三位一体と言う言葉がある。之は、仏的に謂えば観音、阿弥陀、釈迦の三尊者であって判り易く説明する上に、諸種の事物に当て嵌めて、左の如く、分類してみる。
2022.01.11
大光明世界の建設

大光明世界の建設 観世音菩薩の御本体(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

 今日迄、観世音菩薩のみは、全く御秘仏とされて、御本体は誰も識らなかったという事は、寔(まこと)に不思議な訳である。随而、多くの仏者は、菩薩の名に迷って、阿弥陀如来や、釈迦如来よりも、下位と思ひ、中には又、阿弥陀が本体であって、観音は阿弥陀の化身などと、途方もない解釈をなし、又、釈迦の脇立であるとさえ説くに到っては、沙汰の限りである。然らば、観世音菩薩の御本体は、如何なる御方かと申すに、実は、畏れ多くも、天照皇大御神の慈悲に依る救世の代現神仏で被在(アラセ) らるるのである。
2022.01.11
大光明世界の建設

大光明世界の建設 病貧争絶無の世界 (病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

病気のない人間、是が先決問題である。如何なる救いと雖も、それより外にありよう筈がない。而して之を実現する力こそ、観音力を措いて外に、絶対にないのである。故に、斯んな素晴しい事業は、釈迦、基督と雖も、夢想だもしなかった事であって、之を信じ得る人こそは、未だ嘗てない幸福者であると言えよう
2022.01.11
教えの光

症状が映る理由、臨終を知る法、長寿の秘訣『教えの光』(4、浄霊および信仰上の問題)昭和二十六年五月二十日)

は頭を使うほうが長生きする。使わぬほうが早死にである。神が人間に与えてある頭脳を、できるだけ使うほうがつよい。心配で頭を使うのはいけない。また嘘をつくと始終気が咎めるから早死する。
教えの光

病気が早く治るには、先生を浄霊すること、 御浄霊の際の親切 『教えの光』(4、浄霊および信仰上の問題)昭和二十六年五月二十日)

良くしてくださるのは「ない命をやるから世の人を救え」という意味であるから、ただ治っただけではいけない。多くの人を救えば、ますます早く治してくださる。神様は人間が役に立てばできるだけ良くなるようにしてくださるし、また悪くならないようにしてくださる。
日々雑感

[日々雑感]長らくHPが消えて、大変ご迷惑をおかけいたしました。

突然、このホームページが消えて、びっくりされた方も多かったのではと思います。
2022.01.24
天国の福音

下痢 (天国の福音 昭和二十二年二月五日)

急性は飲食物に因る中毒即ち食あたりである。世間よく寝冷へによって起るというが、之は誤りで冷へに因る下痢は極稀である。食中(しょくあた)りに因る下痢の際、薬剤によって止めたり、反対に蓖麻子油(ひましゆ)等によって排泄を促進させる事を可とするが、之等は勿論不可であって治癒を永引かせるのみ
天国の福音

不快感及び嘔吐(天国の福音 昭和二十二年二月五日)

重(おも)なる症状を記せば嘔気、痙攣、船車の酔、憂欝感等であろう。そうして最も多いのは嘔気(おうき)である。此原因は脳貧血に因る胃の反射作用と高熱、食物中毒、薬剤中毒、溜飲、幽門狭窄(きょうさく)、姙娠の場合等である
日々雑感

[日々雑感]三好基晴医師 正当医学オンライン講座 第8回 

間質の研究は始まったばかりでまだはっきりわかっていないが、間質に有害なものが絡み付いているようで、細い細いナノチュウブに入って固まっているというようなことが分かってきている。
天国の福音

掻痒苦 (天国の福音 昭和二十二年二月五日)

掻痒(そうよう)苦は痛みに比して侮(あなど)り難い苦痛である事は誰も知る処である。原因は勿論薬毒、然毒及び食餌中毒の三種であり
天国の福音

痛苦 (天国の福音 昭和二十二年二月五日)

痛苦の原因は悉(ことごと)く薬毒に因るのであるから、多種多様の痛みは多種多様の薬剤があるからである。 本医術に依る時、痛苦は速かに治癒する。特に瘭疽(ひょうそ)、脱疽等の如き激痛と雖も一回乃至三回位にて無痛となり、患者は驚喜するのである。
2021.12.16
天国の福音

病気症状の解剖 発熱(天国の福音 昭和二十二年二月五日)

即ち発熱、痛苦、掻痒苦(そうようく)、不快 感、嘔吐、下痢、浮腫(むくみ)、盗汗(ねあせ)、眩暈(めまい)、不眠、憂欝、麻痺、咳嗽(せき)、逆上(のぼせ)、耳鳴、冷へ、便秘等である。之等に就て順次本医術による解説をしてみよう。
2021.12.16
日々雑感

[日々雑感] 最近の悩ましいIT事情といずれテレビは古いメディアになる?

世の中はかなりのスピードで変わっていっているようで、どうしたら岡田茂吉教祖の御教えが、読みたいと思われる方のところへ届けることができるのか実は今、検討中です。
教えの光

親の反対、夫婦不和の問題、夫が信仰に理解ない『教えの光』(4、浄霊および信仰上の問題)昭和二十六年五月二十日)

神様にお任せし、時を待っていれば必ずうまく解決する。罪穢相応に苦しむのである。人間は霊層界に籍があるが、夫婦のうち一方が磨けて向上し、あまり両者の位置が離れると、どうしても生き別れ、死に別れする事になる
2021.12.16
教えの光

入信後既斎の神々の処分法、入信の奨め、物事が順調に行かぬ『教えの光』(4、浄霊および信仰上の問題)昭和二十六年五月二十日)

その他罪穢があるとそれに相当した邪霊が憑ろうとするが、これとても一種の浄化の現れである。しかし誠の心を持てば速く浄化がすみ、善い心掛けと良い行いをすれば、運勢が開けるようにこの世はできている。
2021.12.16
教えの光

参葬の後の用足し、 浄霊の閑なとき、 布教・開拓上の心得『教えの光』(4、浄霊および信仰上の問題)昭和二十六年五月二十日)

なにごとも始めからパッとするのはいけない。実が実るように始めは小さく、徐々に大きくなるのが本当である。また発展しない理由は、なにか神様のお気に入らぬことがあるわけもあるから、よくその心と行を考えてみるべきである。
2021.12.16
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