岡田茂吉 岡田茂吉を学ぶ | 出版別御教え

出版別御教え

アメリカを救う

「病気とは何ぞや」(アメリカを救う 昭和28年1月1日発行)

驚く勿れ病気というものは医療が作るのであって、特に薬剤がその中心をなしているという事実である。つまり病気を治し、病人を減らそうとするその方法が、反対に病気を治さないようにし、増やしているという到底信じられない程の迷妄である。
アメリカを救う

『アメリカを救う』「序論」 昭和二十八年一月一日 発行

キリスト教を以て立国の方針となし、一般国民は神を信じ、正義の行われている国としては、先ず米国を以て第一とせねばなるまい
御教え集

御教え集15号 昭和二十七年十月七日 ※「アメリカを救う」

アメリカの方で“日本を救う”という本を出したら、之は不思議とは思わないかも知れないが、敗戦国のヒョロヒヨロしている日本の奴が、アメリカを救うなんて生意気な奴だと、無論思うでしようが、こっちは全人類を救うのだから、アメリカだろうがアフリカだろうが、救うべき必要のある所はドシドシ救わなければならないので
信仰雑話

科学の力 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

科学によって解決不可能の問題も相当あり、之こそ宗教が分担すべきものではなかろうか。是に於て私は惟(オモ)ふ。此両者の一致的進歩こそ真の意味に於ける人類文化の向上であろう事を。
2021.01.21
信仰雑話

主義というもの (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

此の意味に於て人類社会永遠の平和と栄えを望むとすれば、今日迄の主義と異なる処の−−それは世界的、人類愛的のものでなくてはならないと思う。近来米国に於て唱道され始めた世界国家や、MRA運動等は右の如き意味のもので、吾等と同一目的たる地上天国出現を目標としての運動と見るのである。
信仰雑話

気候と天候 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

気候の変化も、天候の好し悪しも、人間が作るという事である。というと甚だ不思議に聞えるかも知れないが、之から私の説く処を玩味されたいのである。
2021.01.21
信仰雑話

運命と自由主義 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

運命は限定された或枠内の中は自由自在で、その人の努力次第で、枠内の最上位に迄は到達なし得ると共に、その反対であれば下位に転落するのである。
霊視日記

霊視日記(15) 五三中教会  茨木よし子 『栄光』251号、昭和29(1954)年3月10日発行

一月二日 昭和二十九年の正月を迎え、明主様に御面会へと出発致しました。御面会場に着いた時には信者さん方は一ぱいお入りになり私は後の方でありました。伏しおがむ御神前からは強烈な白光が放射され曇り多き私は目のやりどころがなく
観音講座

観音講座  第七講座   病気及絶対健康法の原理

西洋医学の間違い、これを一般に判らせねばならんが、当局者の方では警戒しております。西洋医学の外はなく、これ以外には何物も出ないと定まっているので、我々の主張を入れない。非常にこの点困難だが、そうかといってそれを見ておられない。世間には病気にかゝり財産をなくし家族一般餓(うえ)に泣く有様が現在なのであるから何としてもやらねばならん。
信仰雑話

下座の行 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

神様は慢心を非常に嫌うようである。謙譲の徳といゝ、下座の行という事は実に貴いもので、文化生活に於て殊にそうである。
2021.01.13
信仰雑話

観音教団とは何乎 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

以上説く如く世界の大転換期を乗越す資格とは、病貧争絶無の世界に生存なし得る人間であって文字通り病気のない健康人、貧苦から脱出した人間、和を好み争を嫌う人間である。此三大資格を有する人間であれば神は滅し給う必要がないばかりか、来るべき新世界の有能人として遇される訳で、神の意図と人間の理想との食違いはない事を私は信ずるのである。
2021.01.13
信仰

大乗たれ (地上天国 三十号 昭和二十六年十一月二十五日)

私はいつもいう通り、大乗の悪は小乗の善であり、小乗の悪は大乗の善であるという事であるが、此肝腎な点をどうも忘れ勝ちな信者があるが、之は大いに反省して貰わなければならないのである。判り易く言えば、何事も大局的見地から観察するのが大乗的観方である
2021.01.10
お蔭話

霊界は在りや (栄光 百二十二号 昭和二十六年九月十九日)※体験談 ”昏睡して一度は霊界へ赴き新たな生命給わる”

本教信者なら、霊界の有無など問題ではない。有るに決っている位の事は、誰も知っているが、然し乍らヤハリ体験者の話を、一回でも余計聞いた方が、それだけ信じ方が深くなるのは勿論である。殊に信者未信者を問わず、疑いのある人には最もいい参考となると思う
大経綸

御教え集2号 昭和二十六年九月一日 ※人類破滅の前に

そうするより外に物質文化は発達する事が出来なかつた。今からは、それが続いて行くと人類破滅の結果になる。だから、ここ迄来たので正神は止めて、本当の経綸をされるんです。
栄光

悪人は病人なり(栄光 百三十一号 昭和二十六年十一月二十一日)

此標題を見たら、誰しも首を捻るであろう。何故なれば、悪人でも、健康そうに見える者も沢山あるからで、寧ろ悪人の方がそういう人間が多い位だ。然し之は表面から見るからで、内容即ち霊の方は立派な病人なのである。というのはいつもいう通り、悪人というものは悪霊が憑依して、本守護神を押込め、正守護神を蹴ッ飛ばして、早くいえば其人の霊の大部分を占領して了い、悪霊自身が主人公になり済まし勝手気儘に振舞うからである
御教え集

御教え集1号 昭和二十六年八月二十一日(昭和26年9月20日発行) ※御法難の別の面の救い

私は何もないから――良い弁護士を傭う丈の力があるから思いきつてやる。之も印刷にして、裁判長や検察官に配る積りですが、それは何にも気が咎める事がないから出来る。そうすると、今迄泣寝入りして、罪をつくられた人を助けてやる。それから、日本の裁判の非民主的のやり方を幾分でも良くしなければならないと言う、やはり一つの救いです。救いの別の面のやり方になる。
2021.01.05
信仰

之も慢心 (栄光 百二十一号 昭和二十六年九月十二日)

其證拠には今迄間違った信仰の為に、神様から裁かれ、人によっては命迄失った事実は沢山あり、古い信者は幾度も経験しているであろう、だから人の善悪を批判する前に、先ず自分の腹の中の善悪を見る事である。
2021.01.09
信仰雑話

地上天国 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

地上天国という言葉は、何たる美わしい響であろう。此言葉ほど光明と希望を与えるものはあるまい。然るに多くの者は、地上天国などという事は実現の可能性のない夢でしかないと想うであろうが、私は必ずその実現を確信、否実現に近づきつつある事を認識するのである。
2021.01.08
信仰雑話

宗教と分派 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

以上の如くであるから私は出来るだけ難解を避け、何人にも理解出来得るよう、新しい形式の下に教の道を説かんとするのである。
2021.01.08
信仰雑話

大乗と小乗 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

最後は経緯を結ぶ、即ち十字型とならなければならない。此意味に於て時所位に応じ経ともなり、緯ともなるというように、千変万化、応現自在の活動こそ真理であって、此十字型の活動が観音行の本義である。昔から観世音菩薩は男に非ず女に非ず、男であり女であるという事や、聖観音が・・
2021.01.08
信仰雑話

禁欲 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

 昔から立派な宗教家たらんとするには、禁欲生活をしなければならないように想われ、それが真理を悟り魂を磨く最良の方法とさえ思われてゐた。然し私は反対である。
2021.01.08
御垂示録

御垂示録2号 昭和二十六年九月一日 (昭和二十六年十月十日発行)

話の前に言いたい事は、「地上天国」や「栄光」に載せる寄書ですね。あれを少し変えて貰いたい。年中同じで、論文ばかりです。面白いかどうかは自分で考えて見ても分る。分り切つた事や真面目な事は、偶に少しは良いが、読む気にならないでしよう。
2021.01.03
信仰雑話

迷信邪教 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

今日新聞雑誌ラヂオ等、盛んに迷信邪教に瞞(ダマ)されるなという事を警告してゐるが、成程迷信邪教は昔から断えず輩出してゐるばかりか、今日は最も甚しいようである。然し全部が全部迷信邪教とはいわれまい。その中の幾分かは今日立派な宗教として残ってゐるからである
2021.01.08
信仰雑話

難行苦行 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

日本に於ても未だ相当バラモン式苦行を行う行者や宗教家もあるようであるが、私はあまり賛成出来ないのである。というのはわが観音教の信徒が別段難行をせずとも覚者となり、正しき道を履(フ)み、天職使命を実践するようになり得るからである。
2021.01.08
信仰雑話

怒る勿れ (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

私の修業は「借金の苦しみと怒りを我慢する」という此二つが重なるものであった』と答へるので、聞いた人は唖然とするのである。
2021.01.08
芸術

御教え集29号 昭和二十八年十二月二十三日 御誕生祭 (御生誕祭) 昭和二十九年一月十五日発行

私は今日で満七十一歳になります。それで今日は皇太子様の御誕生日にもなるので、余程私と因縁があるように思われます。皇太子様は明仁と言って、やはり「明」の字で、私は明主なのですから、これも不思議と思われます。
信仰雑話

プラグマチズム (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

世間よく信仰を鼻の先へブラ下げてゐるような人がある。之を第三者から見る時一種の不快を感ずるものであるから、理想的にいえば、些かの宗教臭さもなく普通人と少しも変らない、唯だその言行が実に立派で、親切で、人に好感を与えるというようでなければならない。一口にいえばアク抜けのした信仰でありたい、泥臭い信仰ではいけない。
2021.01.08
信仰雑話

奇蹟 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

私は思う。悠久極りなき此地球上に於て、何時如何なる時代に、奇蹟の宗教が表われないと、誰か言い得るであろう。
2021.01.08
信仰雑話

信仰の醍醐味 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

私は常に、どうしても判断がつかぬ難問題に逢着した時、観音様に御任せするといふ事にして、後は時を待つのである。処が想ったよりも良い結果を得らるる事は幾多の体験によって明かである。殆んど心配したやうな結果になった事は一度も無いといっても可い。
2021.01.08
信仰雑話

善を楽しむ (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

私は熟(ツク)づく世の中を観ると、多くの人間の楽しみとしてゐる処のものは善か悪かに分けてみると、情ない哉、どうも悪の楽しみの方がずっと多いようである。否楽しみは悪でなくてはならないように思ってゐる人も少なくないらしい。
2021.01.08
観音講座

『観音講座』第六講座  日本と外国の使命(昭和十年九月五日) 

光明世界になった時の風俗、都市、農村及刑罰の点をお話する。
2021.01.11
信仰雑話

悪の追放 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

総ゆる問題も、成功不成功も善悪の量に因る事で、此意味に於て為政者も、教育者も、知識人も、世を挙げて悪を減滅する事に専念すべきで、それ以外に良法のない事を私は断言して憚らないのである。
2021.01.08
信仰雑話

敗戦の教訓 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

日本が敗けたという事は、日本が救われたのである。成程一時は悲観のドン底に陥り、上下を挙げて未だ曽て経験せざる混迷状態に陥った事は吾々の記憶に新たなる処であるが、実をいうと、それは一時的であって、将来を想う時は悲観する処ではない、
2021.01.08
世界救世教奇跡集

神様も御手数が掛る (世界救世教奇蹟集 昭和二十八年九月十日)

現代人は残らずといいたい程、宗教特に新宗教を蔑視し、信じなければならない程の事実を見せられても、疑いが先に立って中々信じようとしないのは困ったものである。この原因こそ医学迷信のコチコチになり切っている為であるのは言う迄もない。
2021.01.21
世界救世教奇跡集

超奇蹟 (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)

この御蔭話の奇蹟は奇蹟以上の奇蹟であって、恐らくこれ程の超奇蹟は人類史上空前であり、医学関係者は固より、普通人が読んでも只唖然として言葉も出ないであろう。これこそ世界的大問題として取上げてもいいと思うのである。私はこれを読みつつ驚きと共に涙が溢れて来てどうする事もならなかった。
2021.01.21
世界救世教奇跡集

病気に就いての奇蹟 (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)

今迄のは病気以外の奇蹟であるが、今度は病気に就いての奇蹟であるが、その前に 断っておきたい事は、勿論全部が本人の手記その儘であるから、文中冗漫な点や感謝の言葉など、どれも同じようで五月蝿いかも知れないが、些かでも直さない方がいいと思...
信仰雑話

宗教と芸術 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

今日迄、宗教と芸術とはあまり縁がないように多くの人に思われて来たが、私は之は大いに間違ってゐると思う。人間の情操を高め、生活を豊かにし、人生を楽しく意義あらしむるものは、実に芸術の使命であろう。
2021.01.08
信仰雑話

宗教と政治 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

犯罪の根拠は人間の内面にある魂そのものであるからである。此魂を浄化する事こそ真に効果ある方法で、それは正しい信仰以外他にない事を私は信ずるのである。 
2021.01.08
信仰雑話

常識 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

先づ自己が幸福者たらんとするには他人を幸福にする事で、それによって与えらるる神の賜が真の幸福である。然るに自己のみの幸福を欲し他人を犠牲にするというが如きは全く逆効果以外の何物でもない事を知るべきである。
2021.01.08
霊視日記

霊視日記(12)五三中教会 茨木よし子 『地上天国』56号、昭和29(1954)年1月25日発行

次に信仰の種類の御論文を拝読されますと、次々に面白い霊視ができました。
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