HPタイトルを「岡田茂吉を学ぶ」に変更しました。(旧世界メシヤ教)

「救世(メシヤ)教とは何ぞや 」で岡田茂吉教祖は「この文を書くに当って、前以て断っておきたい事は、我がメシヤ教は純然たる宗教ではないのである。と言っても、一部には宗教も含まれてはいるが、全部でない事は勿論である。では、何故メシヤ教の名を附けたかというと、何しろ有史以来夢想だもしなかった処の劃期的救いの業である以上、止むを得ずそう附けたまでであって、」と述べていらっしゃり、岡田茂吉の思想哲学を一宗教の教えに留めてはいけないという思いからタイトルを変更しました。

『天国の福音書』序文「救世(メシヤ)教とは何ぞや」 ➡️

出版別御教え

大経綸

御教え集14号 昭和二十七年九月二十五日 秋季大祭

神様のおやりになる事は凡て型でやつているのです。主(ス)の型です。チョンです。このチョンが段々拡がつて行くのです。世界に、戦争だとか思想問題とか色んな変り事がありますが、あれは行成(イキナリ)そういう事が起つて来るのではないのです。地球の中心――世界の中心に最初何かゞ出来るのです。
ホーム

御教え集14号 昭和二十七年九月二十五日 秋季大祭 (京都平安郷)

今度京都の嵯峨という所――広沢の池のある――あそこに思つた通りの土地が手に入る事になつたのです。何しろ、何時でも金は逼迫しているのですから、そんな大きな土地を買つたと言うと威勢が良いが、買う約束をしたのです。で、一万八千坪です。
ホーム

   『文明の創造』科学篇「人間と病気」(昭和二十七年) 

近代医学に於ては、病原の殆どは細菌とされている。従って細菌の伝染さえ防げば病に罹(カカ)らないとする建前になっているが、只それ丈では甚だ浅薄であって、どうしても細菌というものの実体が、明確に判らなければならないのである。というのは仮令(タトエ)黴菌(バイキン)と雖(イエド)も、何等かの理由によって、何処からか発生されたものである以上、其の根本迄突止め、把握しなければ意味をなさない訳である
大経綸

夜昼転換  (天国の福音 昭和二十二年二月五日) 

私は約二十数年間に渉って治療した患者は無慮数万人に上ったであらう。その体験から得た結論は一言にしていへば「病気の原因は薬剤である。」といふ事である。凡ゆる病患の原因を探求すればする程、悉く薬剤ならざるはないのである。もし人類が之に目覚めない限り何時かは滅亡に至るべきは一点の疑ふ余地はない。
ホーム

御光話録 昭和二十三年八月二十八日(竜神系など)奥付不明

自分の我があると神様から教えてもらえる智慧をふさいで了って頂けないのです。ですから素直になる事です。世間には自分より偉い人の言葉はよく聞くが、下の人の言ふ事は聞かないといふ人が多いがそれが我なんです。下の人の言ふことを聞く事が雅量です
ホーム

御垂示録4号 昭和二十六年十一月一日 (一番大きい事は世界人類を助けると言う事)

小乗でスースーいくのは危ぶないんです。大乗と言うと――何うかと言うと、仮にこの人を助けると言う場合に、人間の力は限度があるから、両方助ける事が出来ない。較べてみて、どつちが大きいか考える。一番大きい事は世界人類を助けると言う事です。それで良くなれば、決して間違いはない。
2020.03.31
ホーム

『文明の創造』科学篇「栄養」(昭和二十七年)

人間は食物に関しては栄養などを余り考えないで、只食いたいものを食うという自然がいいのである。其の場合植物性と動物性を都会人は半々位がよく、農村人と病人は植物性七、八割、動物性二、三割が最も適している。食餌を右のようにし、薬を服まないとしたら、人間は決して病気などに罹る筈はないのである。
ホーム

地上天国30号 教えの光 (温泉)昭和二十六年十一月二十五日

浄化促進ではない、反つて浄化停止である。温泉の湯によつては硫黄分が多い場合、皮膚から滲透して新陳代謝を停止する事と、病人などはそれによつて浄化作用を極度に停止するので、中毒や人によつては生命迄も危うくなる事がある
ホーム

病気の真因 (天国の福音 昭和二十二年二月五日)

凡そ人間が此世に生を享くるや、遺伝黴毒や最初に述べた天然痘毒素が主なるものとして種々の毒素を保有してゐる事は前項に述べた通りである。そうして之等の毒素の支障によって健康が完全に保持出来得ないから、生理的に体外に排泄せらるべく、断えず自然浄化作用が行はれるやう造られてゐるのが人体である。然し乍ら自然浄化作用が行はれる場合或程度の苦痛が伴ふので、その苦痛過程を称して病気といふのである。
ホーム

御講話 昭和10(1935)年10月11日

すべてもこのお天気と同じことでどんなにでも自由になる。しかも昨日もお話したように、十年十月十日ということですが、ちょうど越したのが一日で、その十日目にお祭りするなど一日も違わず、ピタリピタリと行っている。これが絶対力で、ただそれほどの力が目に見えぬから判らぬ。力というと目にも見える顕著なもののように思うんですが、力があればあるほど目に見えない。
ホーム

三度目のブタ箱入り(自観叢書九  昭和二十四年十二月三十日)

前項に述べたごとく、復活した私は一年有余の空白を埋めようとして一生懸命治療に励んだ。すると三年目の昭和十五年十一月またまた玉川警察へ召喚された。
ホーム

豚箱入り(自観叢書九  昭和二十四年十二月三十日)

当時、大日本観音教会(創立は昭和九年十月)の会長をしておった私は当時支部が埼玉県大宮市にあり、その支部長として武井某なる者が、大宮市にあった片倉製糸で女工千人くらいを収容していた大工場があった。その女工連中の病気を多数治した事から医師法違反に引掛り、武井が警察へ留置されると共に、その会長たる私が調べられる事になった
2020.03.23
ホーム

御光話録4号 昭和二十四年二月八日 (彼岸とお盆について)

位牌には始終留守居がゐて、それが戒名の所に憑依してます。人が拝むと多くの祖霊は集って来るのです。又臨時に拝む時は留守居がそれを受けます。又何か御供へして鐘を叩くと運ぶ役目の霊が出て来てその物の霊気を祖霊の所へ持って行って配る
2020.03.19
ホーム

御教え集31号 昭和二十九年二月四日 立春祭御教え (人間が善とか悪とか決めるのは大変な間違い)

人間、特に信者は、善とか悪とか決める事は大変間違っているのです。又分るものではないのです。ただ、自分が良いと思う事をして居ればそれで良いので、人が善いとか悪いとか言う、それが一番危険なわけです。なにしろ世界人類を救うというのですから、開闢(カイビヤク)以来ない大きな仕事なのです。お筆先に「大きな器には大きな影がさす。だから器が大きくなければ神の仕事はできんぞよ」というのがあります
ホーム

御教え集24号 昭和二十八年七月二十六日 (ミロクの世の一つの条件 女性の美)

第一は、化粧品つまりオシロイやクリームを止めると、半年乃至一年は真黒で、南洋の土人みたいになる事がありますが、それを我慢して通り越すと非常にきれいになります。これはこの間のお蔭話にもありましたが、これは化粧できれいになったのと違って、透きとおってきれいなのです。
2020.03.17
ホーム

御教え集30号  昭和二十九年一月二十七日  (神人合一という事 ) 

非常に力も増したし、非常に良いのです。その代り時によると困る事や厄介(ヤツカイ)な事があります。自分のやる事が、いろいろな順序が違ったりすると、神様から気をつけさせられると言いますか、自分の神様が気をつけると言いますか、ちょっと工合の悪い事があります。一昨日お茶の先生が来て――私はお茶を習ってはいないが、お茶を点(タ)てた時飲むだけなのですが――茶席
大経綸

神様と私との関係 (地上天国57号 昭和二十九年二月二十五日)

以前のように神様に伺う事は必要がない事になったのである。というのは神霊は私の体内に在す以上、以前のように神と人との隔てが撤去され、神人合一の境地になったからである。つまり神即人である以上、私の行う事は神直接であるから、私の思うままを行ればいい事になったのである。
2020.03.14
ホーム

御講話 昭和10(1935)年10月6日 玉川鄕・・数字

昭和十年十月十日で、十十十で、これはたいへん意味があるんで、十十十と三つ重なると千になる。十が十で百、また十で千であります。つまり十百千になる。すべてそういうふうになるんであります
ホーム

御講話 昭和10(1935)年9月21日 (玉川の因縁、『観音運動』、彼岸、健康の根本)

心臓が絶えず霊気を吸収して血がきれいになる。これが本当の心臓の働きおよび霊気で、いままで未発見のものだったが、今度私が発見した。  要するに霊気が一番重要な役目になっている。要するに、観音力の療法は霊気療法で

『文明の創造』科学篇 結核と特効薬 (文明の創造 昭和二十七年)

薬の効き目とは毒の効目であるから、毒が強い程よく効く訳で、浄化停止の力もそれだけ強いから、症状が軽減するといふ訳で、特効薬として売出されるのである。然(しか)し何(いず)れは其の薬毒の浄化作用が起るから、毒の強い程浄化も強く来るといふ次第で、結果は一の苦痛を免れやうとする其の方法が、二の苦痛の種を蒔くといふ事である。それが薬学の進歩と思ふのであるから問題は実に大きいと言はねばならない
2020.04.02
タイトルとURLをコピーしました