栄光

浄霊医術略解

薬が効かなくなった(栄光196号 昭和28年2月18日)

今はペニシリンだけだが、何れは薬という薬は全部効きかなくなるのは知れ切った話であるから、そうなったら大問題である。従ってその時の用意として、今日私は活字に舌に出来るだけ警告しているのである。この結果現代医学は、予期通り革命されなければならないのは火を見るよりも明かである
お蔭話

医学の本体(栄光195号 昭和28年2月11日) 

「理屈はぬきにまず御浄霊を戴きなさい」と熱心に奨められました。初めは私は信用出来ませんでした。それと申しますのが、何十万もの金を注ぎ込んで、なお治療出来なかったこの病気が、そんな事で治るはずはないと思ったのです。
栄光

スターリンの肚(栄光195号 昭和28年2月11日) 

併しかし斯こんな事が分るのは、スターリンと連絡があるのかと怪しむかも知れないが、私には神霊通信社から絶えず電報じゃない、霊報が来るので分るのだから、安心されたいのである。
栄光

理屈ならぬ理屈(栄光195号 昭和28年2月11日) 

人間は神様が造られた者で、学者でも技術家でも造ったものでない事は今更言うまでもない。従って病気に罹かかった場合、神様に治して戴くのが当然の理屈であって、薬や機械で治そうとするのは、丸きり見当違いである
栄光

日本は文化の組立工場(栄光195号 昭和28年2月11日)

⦿の文化が生まれたばかりの今日、段々時が熟して完全な心棒になった時廻転し始めるので、初めてそこで白色の太陽世界となり、日本から輝き始まるのである。これも私の曰う昼間の世界の始まりであり、東方の光の顕現でもあるので、これから追々分るであろう
栄光

霊的病気の一例(栄光194号 昭和28年2月4日)《お陰話》祖霊の導きにより救われた一家 

医者も「あなたの今度の病気は不思議です。医学では判らない」と申しております。本当に自分ながら人間業でないことをしっかりと教えられました。
お蔭話

無神論のカチカチ遂に往生す《お陰話》反対の旗頭の異名 (栄光193号 昭和28年1月28日)

この人位無神論者の代表者ともいうべき人は珍しいと思う。処がこんな人でも長い期間何だ彼かんだと言いながら、遂に信者となり、人助けまでするようになったのだから神様の力の如何に偉大であるかがわかるであろう。
栄光

スポーツマン早死の理由 (栄光193号 昭和28年1月28日)

右とか左とかの或局部に必ず毒素の固まりがある。それは何が為かというと、運動の場合姿勢が一定しているからで、その一点へ力が集るという訳で、其処そこへ毒素が集まり固結が出来るのである。私が常に言っているように、毒素は神経を使う所に寄るという意味に外ならない
栄光

風邪引結構(栄光193号 昭和28年1月28日)

人間の躰の中へ溜った汚れの掃除こそ風邪なんだから、論より証拠咳と嚏くさめは箒とハタキで、痰や水洟みずばなは塵埃じんあいでも、そうして湯で洗った汚れ水が汗と思えばいい。頭や躰の痛いのは、棒で叩かれ塵を浮かせるためだ
栄光

大千世界と三千世界(栄光85号 昭和26年1月1日)

大は昼の世界であり三は夜の世界となるから、仏教は夜で月の教えとしたら、今迄は夜の世界であったから、三が上になっていてよかったのである。本教は昼の世界の宗教である以上、大千三千世界というのが本当である。
栄光

今年の予想(栄光85号 昭和26年1月1日)

キリストの曰いった「天国の福音を洽あまねく宣べ伝えらるべし、然しかる後末期到る」とは、此事でなくて何であろう。
栄光

年頭の辞(栄光85号 昭和26年1月1日)

最早もはや大戦勃発は決定的と見なければなるまい。実に全人類は噴火山上に右往左往しているようなものであろう。勿論、今度は原爆戦争である以上、其結果たるや果してどうなるであろうか、物質の大破壊と消耗、人類の殺滅等々、其惨澹さんたんたる様相は、到底筆紙ひっしには表わせない。此大破壊の後に来たるものこそ、吾等が唱える地上天国である
栄光

正義感(栄光240号 昭和28年12月23日)

我救世教に至っては、信者も知る如く、病貧争絶無の地上天国をモットーとしている以上、人類全体の利益が本意であるから、真の大正義の実行者である
栄光

名人の失くなった理由(三)(栄光192号 昭和28年1月21日)

名人が無くなった理由は昭和に入った頃から非常に肉食が多くなってきた。殊に終戦後は国民の劣等感も手伝って肉食が増え、又牛乳の飲用も旺さかんになったのは衆知の通りである
栄光

名人の失くなった理由(二)(栄光191号 昭和28年1月14日)

美術界特に画家方面をかいてみよう。この方も近頃は名人と云われる人は殆ほとんど失くなった。ただ僅かに玉堂、大観の両大家が残っている位である。勿論両画伯とても年が年だから、そう長くは期待出来ないから日本画壇の前途を思う時、当分は寂しさが続くであろう
生活

女性の福音 (栄光230号 昭和28年10月14日)再掲

化粧品中毒が如何に恐ろしいものであるかをかいてみるが、先頃四十歳位の本教幹部の婦人、全部の歯がグラグラになり、総入歯にしなければならないと困っているのを私は見た処、強い薬毒が含まれている化粧品を、長い間用いたのが原因であることが分った。
栄光

名人の失くなった理由(一)(栄光190号 昭和28年1月7日)

歌舞伎俳優が割合早死するのは全く医療の為ということがよくわかるであろう。ところがそんなことは夢にも思えない会社のこととて、不幸な人が出来てはならないと、益々医療に頼るのであるから全く
栄光

颱風禍 (栄光230号 昭和28年10月14日)

霊的原因とは何かというと、即ち霊界を曇らす事である。その曇りが或程度を越えるや、茲に自然浄化作用が発生する。これが颱風である。それには人間の想念と言葉に注意する。というのは想念が悪に属するもの、即ち憎にくしみ、妬み、そねみ、怨み、嫉妬、不平等が霊界に反映し、気候不順の原因となると共に、今度は悪に属する言葉、行為即ち讒侮、中傷、欺瞞、愚痴、卑劣、あらゆる罪悪等で、前者は一次元、後者は二次元の霊界を曇らす事になる。これを台風という自然浄化作用発生によって払拭するのである。
お蔭話

戦争よりも恐ろしい結核(栄光229号 昭和28年10月7日)《お陰話》死寸前の全身結核癒えしよろこび

世界広しと雖いえども、結核は本教以外に治せる処は絶対ない事は保証する。それは医療における左の経路を見れば分る如く、医学が結核を作り悪化させ、生命までも奪うという信ずべからざる程の事実である。これによってみても現代人が如何に医学迷信の為苦しんでいながら目が覚めず、そのため疑いと信頼と相半ばするという妙なジレンマに陥っているのが殆ほとんどである
栄光

地球は暖くなった(栄光190号 昭和28年1月7日)再掲

私の腹の中には光の玉があって、それから発する光の熱は割合強いのである。又私が数百人又は数千人の信者に対むかって、片方の掌を翳かざし浄霊するや、熱いので発汗する人がよくある。これは本人の直話であるから間違はない。それについては昔からある色々な信仰療法にしても、今迄の宗教は悉く月の神様の守護で、月は冷れいであるから医学と同様毒素を固める方法でしかなかった
栄光

超愚 (栄光229号 昭和28年10月7日)

即ち薬が病気を作り、薬をやめれば病気が治る。只それだけである。
栄光

裁く勿れ(栄光208号 昭和28年5月13日)

私はいつも信者にいっている事だが、アノ人は善だとか悪だとか、御邪魔になるとかならないとかいっている人もあるようだが、そういう人がまだ少しでもあるのは充分教えが徹底していない訳である。そうして度々言う通り、人の善悪を云々するのは、徹頭徹尾神様の地位を冒す訳で、大いに間違っているから充分慎んで貰いたい
栄光

神技の美術館(栄光207号 昭和28年5月6日)

というように恰度ちょうど美術館へ並べるだけの物がチャンと調ったのであるから、どう考えても人間業とは思えない。何から何迄巧く運び丸で神様が御自分の心のまま、私にやらせているようなものである。という訳で私としても気楽なものである。それでなくてはこんなにトントン拍子に巧くゆく筈がない。
栄光

恐るべき漢方薬(栄光207号 昭和28年5月6日)

一般の人に薬毒の恐ろしさを話す場合、聞く方の人は薬毒は西洋の薬に限るように思っており、漢方薬は殆んど薬とは思わないくらいであるが、これは大変な誤りである。というのは寧むしろ薬毒は漢方薬の方が多い位である。成程薬そのものとしては洋薬よりも弱いが、何しろ漢薬の方は量が頗すこぶる多い
栄光

一人が百人(栄光192号 昭和28年1月21日)

本教は宗教でありながら、宗教は一部であって、目下のところだけでも医術、農業、芸術を主としての素晴しい成果を挙げている。勿論いずれは他の文化面に亘っても、画期的かっきてき事業を行う予定であるが、これを一言にしていえば誤れる地獄的文化をして、真の天国的文化に置き換えるのである。
栄光

現代医学を嗤う (栄光191号 昭和28年1月14日)

菌を殺せる薬ならいいとして、近来の如く後から後から新薬発見となるのであるから、私に言わせれば徒労以外の何物でもないのである。処が本教浄霊によれば結核は必ず全治する。しかも全治後は病気以前よりも、より健康体になるので、これこそ菌の発生源を全滅させるからである。
栄光

年頭の辞(栄光189号 昭和28年1月1日)

新年の所感としてここにかいてみたいことは、本教は信者も知る如く、年々というよりも一年経ただけでも、十年にも二十年にも勝る程の素晴しい発展を遂げつつあることで、恐らく宗教史上異例といってもよかろう
栄光

バーナード・ショウ (栄光78号 昭和25年11月15日)

私から言えばバーナード・ショウ程物を観る場合、その真相を適確に掴み短刀直入表現出来る人は、恐らく類があるまい。彼は皮肉諧謔かいぎゃくの内に簡明で非常に鋭い警句を発する。ズバリ一言である。之は優れた宗教人的である
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現当利益(栄光77号 昭和25年11月8日)

本当に本教を検討すれば判るが、本教は世俗的信仰でもあり、理論的宗教でもある。未だ嘗て人類に経験のない超宗教と言ってもいい。そればかりではない、本教の主張は独り宗教に関するもののみではない。人事百般重要な部門は悉く対象としており、最高の指針を与えている。之を一言にしていえば、信仰即生活の理論を如実に表わそうとするのである。
栄光

日本人は欲がない(栄光76号 昭和25年11月1日)

嘘を吐かず真面目にやれば、彼あの人の言う事なら間違いない。彼の人なら絶対信用が出来る、という人になる。そうなれば金も儲かるし出世もし、人から敬愛されるのは当り前だ。従ってこういう人こそ本当の欲の深い人である。だから私はいつも言うが、人間は大いに欲張れ、但し一時的ではなく、永久的欲張りになれというのである。
栄光

植物は生きている(栄光220号 昭和28年8月5日)

私は庭の植木を手入れするのが好きで常に枝を切ったり形を直したりするが、時にはうっかり切り損そこなったり切りすぎたりする事が間々ある。又木を植える場合、場所の関係もあって、止むなく気に入らない所へ植える事もあり、周囲の関係上、木の裏を表へ出したり、横向きにしたりするので、その当座見る度毎に気になるが、面白い事には時日が経つに従い、木の方で少しずつ形を直すとみえ、いつかはその場所にピッタリ合うようになるのは実に不思議で、どうしても生きているとしか思えない。全く樹木にも魂があるに違いない
栄光

本能主義と禁欲主義(栄光188号 昭和27年12月24日) 

つまり決めないと思う心が已に決めている訳であるから、決めてもいけず、決めなくてもいけず、といって中途半端でも不可ないという実に曖昧模糊あいまいもことしているようで、実はこれが厳たる法則であり、ここに世の中の面白味があるのである。つまり応変自在、自由無碍の境地になればいいので、要は一切に捉われないことである。観世音菩薩の別の御名無碍光如来も、それを表わされているのである
栄光

本教信者の幸福(栄光188号 昭和27年12月24日)

病人が減らないのは現代医学に一大欠陥があるからで、病気なるものの真の原因が全然判っていず、療法も知らないのであるから驚くべきである。では一体病気とは何ぞやというと、答は至極簡単である。それは体内にあってはならない毒物の排除作用の苦痛であり、毒物とは薬であるから、病気程結構なものはないのである。このことが肚の底から分りさえすれば、病気を心配する処か風邪引き結構、腹下はらくだし結構、黴菌は有難いものという訳で事実病気の度毎たびごとに健康は増し、遂には黴菌が浸入しても発病しないという健康者になるのは勿論である
栄光

善意の罪悪(栄光187号 昭和27年12月17日) 

現代医学こそ世紀における驚くべき謎で、忌憚きたんなくいえば善意の罪悪といっても否めないであろう。
栄光

信仰とストライキ(栄光187号 昭和27年12月17日)

私が今かいている『文明の創造』なる著書であるが、これは前記の如く今日迄の外形内貧の文明を揚棄し、当然生まれるべき真文明の設計構想を指示したものであるから、完成の暁全世界の有識者に読ませ、大いに啓蒙せんとするのが目的である。
栄光

医学は科学?(栄光186号 昭和27年12月10日)

前記の如き黴菌の発生原である無に等しいXの解消が可能であるからである。一言にしていえば病気の本原を解消する方法を発見したのであるから、これこそ真の医学でなくて何であろう。しかも理論からも実際からも証明出来るのである以上、真の科学であるから私が常に唱えている如く、現代医学は科学ではなく推理的産物であり、迷信であるというのである。
栄光

安心立命(栄光186号 昭和27年12月10日)

真の健康人にならなければ、絶対安心は出来ないのは言うまでもない。しかし世人はそんなことは到底出来ない相談でしかないと思うであろうが、それが立派に出来るとしたら、大変な福音ふくいんであろう。処が必ず出来るのだから大したものである。その為に現われたのが我救世メシヤ教であり、救世教を措いては世の中に決してないことを断言するのである。
栄光

医学療法と信仰療法(栄光186号 昭和27年12月10日)

世間こういう人がよくある。もしそんな事で病気が治るとしたら、医者も薬もいらないではないかと言うのである。全くその通りで医者や薬が無くなったら、世の中に病人はなくなると答えざるを得ないのである。以上の如く現代医学こそ、世界的迷信の最大なるものであって、人類から病を無くすとしたら、何よりもこの迷信を打破することこそ先決問題である。 
栄光

医療とは(栄光185号 昭和27年12月3日)

医学が益々進歩する程、病気の種類も増え何処も彼処かしこも病人だらけである。何よりも薬の新聞広告をみても分る通り、デカデカな広告を出しても、割に合う程病人が多い訳である。従って真に薬が効くものなら段段病人が減ってゆき、遂には薬の広告主もなくなり、お医者さんは飯が食えず、病院は閉鎖する事にならなければならない。
栄光

新しい愛国心(栄光185号 昭和27年12月3日)

「冗談じゃない、正に神風は吹いたじゃないか、君等は神風を間違えていたんだ。本来善を助け悪を懲らすのが神様の御心なのだから、日本の方が悪である以上負けたのは当然である。だから寧むしろろ有難い位で、お祝いしてもいいんだが、そうもゆかないから黙っているだけの事で、何いずれは分かる時が来るだろう」
栄光

活字の浄霊(栄光184号 昭和27年11月26日)

私のかいた文章を読む事によって、目から浄霊を受けるのである。ではどういう訳かというと凡ては文章を通じてかく人の想念が其儘まま映るものであるからで、この点充分知らねばならないのである。之を霊的にみれば、つまりかく人の霊が活字を通して読む人の霊に通ずるので、この意味に於て私がかく文章は神意其儘であるから、其人の霊は浄まるのである。
栄光

爆弾を抱いている現代人(栄光184号 昭和27年11月26日)  

只最後の断末魔が来た時、「ヤッ了しまった、アレ程知らされていたのに俺は何たる馬鹿者であろう」といって臍ほぞを噛かんでも追っつかない。故に助かりたければ今の内だ。ではどうすればいいかというと、大して難しい事はない。つまり一遍に毒が溶けるから命が危いのだから、なしくずしにすれば助かる。之が本教の浄霊法であるが、併し余りに簡単すぎるので、反って信じ難い点もあるし、それだけ価値もある。だが霊界の浄化が一日一日強くなる以上、遂には医療でも固まらなくなる。だから一刻も早く目をさまし、本教へ来る事である。以上を一言にしていえば、現代人は全く毒の爆弾を抱いているのである。
栄光

平和主義を考えてみる(栄光184号 昭和27年11月26日) 

絶対軍備反対であると称し、頑として諾きかないので手が付けられないらしい。成程それも間違ってはいない。確かに信仰の筋道からいえば本当であるが、といって万一国が滅びるとしたらどうであろう。無論信仰を続ける事は出来まい。従って右のような極端な非戦主義は戦争敗北主義であり、自殺主義でもある。
栄光

黴菌人間(栄光183号 昭和27年11月19日)再掲

現代人が最も怖れているのは、病原としての黴菌であろう。では一体黴菌なるものの発生は、何が為であるかというと、全く人間の健康上必要なものであるばかりか、それを作るのが人間自身であるから、驚かざるを得ないのである
栄光

太陽の救い(栄光183号 昭和27年11月19日)

小乗信仰は厳しい戒律があるので、それに縛られて苦しむのを行としている。之等は神の愛を拒否する事になり、気の毒なものである。之を私は信仰地獄といっている。処が本教は反対で、殆んど戒律がないから極めて自由であり、人生を楽しむ事を神の恵みとしているから、之こそ天国的信仰といえよう。以上の如く大乗的本教には宗教、哲学、政治、経済、教育、芸術、医学等々、人間に必要なものは悉く包含されており、恰度ちょうど太陽が凡ゆる色をコントロールして白一色である如く、本教は昼の宗教であり、太陽の救いである。
お蔭話

医学被害者の例(栄光182号 昭和27年11月12日)《おかげ話》医師より不治と謂われた重症喘息も斯く癒さる

御蔭話は、誤れる医学の犠牲者にされた事が、余りにハッキリしている。之について思われる事は、軍隊に入り出征した人々は、如何に健康であっても、除隊後必ず何等かの病気に罹るのは、例外のない事実である。というのは出発の際必ず種種の注射を受けるのでその薬毒が原因であるのは言う迄もない
栄光

健康は一切なり (栄光182号 昭和27年11月12日)

己れの野心を遂げようとする反面、多数の人間を犠牲にするので、実に無慈悲である。如何に英雄でも精神に欠陥があるからであって、一種の精神病者である。又自分さえよければ人はどうでもいいという愛も慈悲もない利己一点張の人間も、ヤハリ精神の何処どこかに欠陥があるからである。面白い事には私が長い間の経験によって分った事だが、精神に欠陥のある人は必ず肉体的にも欠陥がある。処が英雄でも悪人でも、非常に健康な人があるのは、多量の毒素がありながら、非常に強く固まっている為である。
栄光

宗教以上のもの(栄光194号 昭和28年2月4日) 

今日までこれ程の治病力を発揮した宗教はなかったし、又美術館を建てたり、農事改良なども例はない。そうして文学、芸術、政治、経済、哲学、科学等何も彼も人間に必要なものは包含され、根本的に教え諭して実行している。このような訳で御説教は本教の一部であって、而もその説く処前人未見のものが多いので、この点特に注目されたいのである。というように本教の経綸を一口に言えば高度の今日までこれ程の治病力を発揮した宗教はなかったし、又美術館を建てたり、農事改良なども例はない。そうして文学、芸術、政治、経済、哲学、科学等何も彼も人間に必要なものは包含され、根本的に教え諭して実行している。このような訳で御説教は本教の一部であって、而もその説く処前人未見のものが多いので、この点特に注目されたいのである。というように本教の経綸を一口に言えば高度の文化事業である。
栄光

大恐怖時代来らん(栄光194号 昭和28年2月4日) 

御自分及びその信徒が救われねばならないから、近来私に対して後から後から歎願に来る有様で、これにみてもその辺よく分るであろう。成程凡なるほどあらゆる宗教は今までの世界が続いているとしたら、それ相応の役には立つが、愈々世界大転換という空前の事態となった以上、既成文化は一度は破局的運命とならざるを得ないからである。それと共に万教帰一の時となるので、茲に一切の宗教は一団となって、本教を中心に人類救済は固もとより、地上天国建設に協力する事になるのである。
東方の光

東方の光 (栄光182号 昭和27年11月12日)再掲 

今から約二千年前位と思うが、ヨーロッパの一隅から東方の光という言葉が生れ、段々拡がって今日は世界中知らぬ者はない程であるが、今日迄此言葉の意味が本当に 分らなかった為、今尚謎のまゝになっているのであるが、私は之に就て真の意味を知らせようと思うのである。
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