会話集

御教え集27号

御教え *自然農法,自然栽培,堆肥,地霊(御教え集27号 昭和28年10月5日)

地霊――土からは始終霊気が発散してますが、地球の真中は火の固まりで、それが始終上昇しているのです。そこで地霊には非常に熱がある。熱と言っても体的の熱ではなく霊的の熱で非常に強い。それが地から上昇して空中にだんだん溜まって行くが、それが雨によって又土にしみ込むという事になり、それが窒素肥料です。だから土から肥料となる霊気が絶えず上昇しているという事を知っていればよいわけです。そこで土を穢したりすると、それを妨げる
御教え集9号

御教え *信仰を宣伝する為に利用する意志はない/地霊(御教え集9号昭和27年4月26日)

地層が薄いから地霊が強く出るので、日本の土というのは非常に肥えている。世界中で一番肥えている。そこで、日本で自然栽培をやれば良く穫れる。それを知らない為に色んな事で地力を殺しちゃうから、収穫が無くなる
御光話録1号~

*地霊の濃淡/想念で通信(御光話録16号 昭和25年1月20日発行)

今に想念の時代、ま、想念の無線電波の時代が来ますよ。全然機械を使わずに例えばあんたの方を向いて空中に字を書くと、遠くに離れててもその意味があんたに判る様になるんです。しかも距離は百里でも千里でも構わないんです。又、普通に話をしても遠くの相手に通じる様になるんです。
御光話録1号~

*太陽熱と地熱/気候と植物(御光話録5号 昭和24年3月)

太陽熱は低地ほど弱いんですよ。低地が暖かいというのはね、地面が太陽熱を吸収するからだとか言いますが、あれは嘘で地熱のためなんです。太陽熱は弱いもので、地熱のほうがずっと強いんです。だから高山に行くほど寒い
御光話録1号~

*蔓/出生年月/天候の異変/北が霊で南が体/歯/馴れ(御光話録8号 昭和24年3月) 

北と南とはすべて反対ですからね。北が霊で南が体なんで、呼吸から言っても吐くと吸うで陽と陰、霊と体ですから、片方が吐く時には片方は吸うんですよ。
御光話録1号~

*先生/真面目に働く人が良い/浄化が救い/仏様は神様の化身/真理/石油は石炭が地熱で溶けたもの(御光話録7号 昭和24年4月4日)

石油は石炭の溶けたもんですよ。だから戦時中に石炭液化ってのをやったんです。これは石炭から石油を取るんですがね、あれはドイツで発明されたもんでしたっけね。石油は地下にある石炭が溶けたもんです。だからだんだん掘ると出なくなるんです。
御光話録1号~

食べたいって欲が起るのは体に必要だから食べたくなる(御光話録16号 昭和24年11,12月)

食べたいって欲が起るのは体に必要だから食べたくなる
御光話録1号~

うまかったら食ったらいい。薬だと思って食べてはいけない(御光話録12号 昭和24年6月23日)

うまければ食ったらいいんです。薬と思ってはいけない。茄子なんかは秋にはよくとれますが、沢山取れるのは沢山食べろって事なんです
御教え集16号

御教え *今度は逆様(さかさま)が本様に直る。霊主体従(御教え集16号 昭和27年11月26日②)

医学ほど大きな迷信はないのです。ですから私が、医学が世界的迷信の親玉と言うのはそういうわけです。ところが先様さきさまの方ではこっちの方を迷信と言っているのですから実に逆様さかさまです。大本教のお筆先に「世は逆様になりておるぞよ、神様本様ほんさまに直すのであるぞよ」
御教え集16号

御教え *『アメリカを救う』 (御教え集16号 昭和27年11月26日①)

私が今書いているのは、文化的文明人と文化的野蛮人と両方を書くわけですが、文化というものは文明とは違うのです。それは字で見ても、片方は化物の「化」で、片方は「明るい」というのですから違います。それで今は文化的野蛮時代です。すべては文化的になってますが、実際は人間の命の保証ができないのですから野蛮時代です
御教え集16号

御教え *私がやっているのは伊邪諾尊の仕事(御教え集16号 昭和27年11月17日③)

「それではこれからオレがやってやろう」と、左廻りをしたのです。やっぱり霊主体従です。つまり医学が機械や何かで治すというのは右進左退です。それで浄霊で治すというのは左進右退ですから、伊邪諾尊様のやり方です。それで伊邪諾尊が主神の代表神です。ですから非常に力が強いのです
御教え集16号

御教え *世界平和/光明如来様は私の代理(御教え集16号 昭和27年11月17日②)

それからよく祈願する場合に「光明如来様」と「明主様」と両方に御願したり御挨拶しますが、あれは「明主様」だけで良いのですから、そういった場合はそういう風にすると良いです
御教え集16号

御教え *熱の急所と浄霊の仕方(御教え集16号 昭和27年11月17日①)

熱の原因はほとんど頸くびの廻りです。頸のこの辺が一番多いです。つまり延髄の少し横の方です。ですからこのゴリゴリをみると直ぐ分かります。これをこのくらい(少し)離して、くたびれますから小指を当てて全然力を抜いて、ただ気だけをこっち(反対側)に通るようにするのです。そうすると良く治ります
御教え集16号

熱の一番の急所/明主様と祈願/「太陽の救い」/「活字の浄霊」(御教え集16号 昭和27年11月16日①)

十一月十六日熱の浄霊の急所 よく御守護電報が来た時に見ると、熱の病気と言いますか、その苦しみというのが一番多い様です。ですから熱を取る事です。熱の原因を今教えようと思ってますが、熱はほとんど頸くびの廻りが十中八、九です。頸の廻りの次が頭、腰...
御教え集16号

御教え *伊邪諾尊の仕事/私の事を「主神様」と/活字の浄霊(御教え集16号 昭和27年11月15日③)

だから何でも彼でも『栄光』『地上天国』を読ませるに限るのです。読めば、意味が分かるばかりでなく、それによって浄霊される事になるのです。ですからその人の魂がそれだけ浄まります。その時ただ読んだだけで事柄を忘れても、一つの浄まる力がそれだけ残っているわけですですからよく話を聞きたいという人に、話も良いですがとにかくその時新聞なら新聞を一枚やって、それを読めば最初の浄霊をされたわけですから、案外効果があります。
御教え集16号

御教え *浄霊は力を抜いて/急所と順序/御守護願いに年齢/「明主様」と願う(御教え集16号 昭和27年11月15日②)

御浄霊して治りが悪い時は力をグンと抜く。力を抜く事を癖にして急所は大抵熱で、頸の廻りの固りを発見する
御教え集16号

御教え *メシヤ教は太陽の救い(御教え集16号 昭和27年11月15日①)

メシヤ教は太陽の宗教なのです。宗教と言うより太陽の救いです。これは何時も言ってますが、それを徹底して書いてみたのです
御教え集16号

御教え*日本でできる本当のミロクの代の文化(御教え集16号 昭和27年11月7日③) 

「皇」の字は白の王としてありますが、白というのは「ノ」の字が天から天降ったという形です。そうして日ですから、つまり「ス」が天から下った。それで王というのは日月地 じつげつちを貫くというのですから、あの字一字でもそれ丈の意味が含まれている。そこに各国のそれぞれの色がありますからその色を日本で総合した総合文化、そうして白にする。だから今迄思想でも宗教でも何でも、その国の特有の色があるのです。ところが日本はそういう色を総合して、白にして、それがつまり本当のミロクの代の文化になるわけです。そういう根本を知って居れば、日本という国は如何に尊い大した国かという事が分かります
大経綸

御教え*東方の光/日本の使命(御教え集16号 昭和27年11月7日②) 再掲

今言った様に私のお腹に光の玉があって、その光が大変なものなのです。今迄西から東に、文化と言いますか何から何まで向こうから来たのです。之は逆であった訳です。
大経綸

御教え *東方の光(御教え集16号 昭和27年11月6日) 再掲  

この事は一番肝腎な事でして、之については色んな神秘があります。乾坤山日本寺ですが、日本寺に行った人は分りますが、山の上に石仏が沢山あります。達磨、観音、釈迦、阿彌陀、釈迦の十大弟子から羅漢と、それは仏教に関係した仏様は全部網羅してあります。それで入口には、お釈迦さんが行をした沙羅双樹(サラソウジユ)――樹下石上と言って、石の上で行をされた。それであそこは日本に於ける仏界の型
御教え集16号

御教え *世界情勢(御教え集16号 昭和27年11月6日①)

スターリンの腹の中を分かるという人は、恐らくないだろうと思います。というのは、スターリンも自分で分からないのです。スターリンの奥にスターリンを操っている者があるのです。これはやっぱり霊界ですから、非常に神秘で奥深いのです。
御教え集16号

御教え *浮世絵展覧会/浄霊で治った事を医者に話す/「東方の光」と大本教(御教え集16号 昭和27年11月5日)

天から何か落ちてきて、その女の「ホト」を突いて、それからどうだという事があります。そういう様な意味で、房州というのは閨房けいぼうというわけです。その「ホト」から生まれたわけです。昼間の世界が生まれたわけです。という事は、神様で言うと天照大御神様が生まれたわけです。これは面白い神秘があるのです。そうして私が六月十五日にその神事を行って十五日の夜帰って来て、明くる日に下駄屋の職人で海に飛び込んで死んだ
御垂示録15号

*神様に無礼/上座/火素が強くなって来た(御垂示録15号 昭和27年11月1日⑤)

何でも考えるには一番簡単な考え方です。それが真理です。ちょっとでもややこしいものなら、それは真理ではないのです。だから真理というのは一番易しいのです。それをゴチャゴチャにするのが邪神です
御垂示録15号

*薬毒は発育を妨げる/メシヤ教は白/自然栽培(御垂示録15号 昭和27年11月1日④)

色がないという事は、太陽と同じです。太陽は七色がこなれて白色になっているのです。それで私は先に「寸鉄」の時に「白光生びゃっこうせい」としていたのは、その意味です。色々な色が含まれていて、その色が見えては仕様がないのです。つまりコントロールされて白になっているというのが理想的のものです。
御垂示録15号

*御浄霊の順序/御神書の写し/執着は蛇になる/自分は祖先が生まれている(御垂示録15号 昭和27年11月1日③)

どっちでも良いです。というのは、どっちか余計やる処がありますから、同じという事はない。その方を先にやれば良い。それから額の熱ですが、触ってみて暖かかったら、何処かに浄化があります。それから前(頸部淋巴腺)から触るのです。そうすると一番良く分ります。それから離れてやるのです。
御垂示録15号

*エルサレムの開かずの門(御垂示録15号 昭和27年11月1日②)再掲

将来救世主が現われる、其時にそれを御迎えするという準備です。其為に四つの門を拵えたのです。それで三つの門丈は開けられるが、一つの門丈は“開かずの門”と言って開けられなかった。今でもありますが、それで一番不思議に思う事は“開かずの門”の上に十六の菊が附いている。
御垂示録15号

*アメリカが狙う日本美術/『アメリカを救う』/七の御神業/神様は医学の審判を始めた(御垂示録15号 昭和27年11月1日①)

アメリカが狙う伴大納言絵巻の流出阻止、『アメリカを救う』出版の意義、七の御神業による目に見える発展、そして医学を「善意の罪悪」と説いた昭和27年11月の講話。
御教え集15号

浄霊に力を入れてはいけない(御教え集15号 昭和27年10月27日)

一生懸命浄霊したらいけないのです。治りが悪いのです。だから先に随分言いましたが、決して一生懸命にやってはいけないのです。一生懸命と言っても、腹の中は一生懸命でも良いですが、その一生懸命が手に出てしまうから力が入るのです。ですから軽い気持ちで力を抜くのです。そうすると治りが良いのです。
御教え集15号

*京都平安郷/浄霊で治るが急所/『アメリカを救う』(御教え集15号 昭和27年10月25日)

半分値です。それが今度京都に行く前の晩に決まったのですから、実に神様のは一日も違わないわけです。
御講話

京都劇場 御講話 *『アメリカを救う』/日本人の優秀性/浄霊の奇蹟/京都・平安郷(御教え集15号 昭和27年10月20日後半)

世界への発信を目指した『アメリカを救う』の構想、押しつぶされてきた日本人の優秀性、浄霊による奇蹟の力、そして神様が選ばれた京都・平安郷について岡田茂吉が語った講話の記録です。
御講話

京都劇場 御講話 *浮世絵展覧会/京都の土地/芸術/健康人間(御教え集15号 昭和27年10月20日前半)

浮世絵展覧会、京都の土地、芸術、そして戦争したいという人を無くして健康人間の世界をつくることについて述べた京都劇場での御講話(前半)です。
御教え集15号

名古屋市金山体育館 御講話 *東方の光というのは私の事なのです(御教え集15号 昭和27年10月18日)再掲 

その東方の光について今日話そうと思って居りますが、東方の光というのは私の事なのです
御教え集15号

御教え *平安郷あたりが平安朝文化の中心だった(御教え集15号  昭和27年10月17日)

あの辺が平安朝時代の文化の中心だったそうです。藤原時代の色んな絵に山が画かいてありますが、今度の地所の周囲に二つ三つ山があって、それを画いたものです。それからよく水に月が写ったりしているのは、広沢の池を画いたのです。それからそこの地所の前の通りは蔦つたの細道と言って、よく巻絵なんかにあります。そんな様で、あの付近一体は藤原時代の当時の偉い人の住居があったのです。歌人などが多かったのです。紫式部とか清少納言という人達があの付近に住んでいたのです。そういうようで、あの付近が、どことなく落ち着いた、雅みやびた感じがするのです。私はあそこに「平安郷」と名前をつけましたが、そんなに深い事は知らなかったが、丁度名前が良く合っているわけです。つまり平安朝文化の中心です
御教え集15号

御教え *『アメリカを救う』/岡田茂吉は大和民族の頭領(御教え集15号  昭和27年10月16日)

世界中で一番優秀な国民は日本人です。金に譬たとえれば、白人は銀に相当するが、日本人は金なのです。それだけの異ちがいさです。それだから今度「アメリカを救う」という本を出したのですが、アメリカ人というのは、我々からみればずっと下なのです。そういう自覚がないから、アメリカの真似ばかりし、あるいはヨーロッパの真似をしているが、それは国民の自覚がないからです。自覚と言っても、取ってつけた様なものでは仕様がないのです。この事は本当なのです。それを今まで日本人は知らなかった
御教え集15号

御教え *運命/苦しむ様な事はしない(御教え集15号  昭和27年10月7日②)

何か考えてちょっと考えが出ないと、止やめてしまうのです。それをどうしても考え通そうとはしないのです。止めるのです。そうして忘れていると、ある場合にヒョッと気がつくのです。ああこれだという事になる。ですからちょっと考えて良い考えが浮かばないと止よすのです。考えが浮ばないという事は時が来ないのです。それで時が来ると神様の方でヒョッと知らせますから楽なものです。ですから、苦しまないで実にスラスラ順序良くいくのです。とにかくこの味というものは、今までの頭では信じられないのです。ですから私は苦しむ様な事はしないのです
御教え集21号

御教え *仏滅となり仏達を救う(御教え集21号 昭和28年4月16日②)

京都の平安郷に美術館を造り、殿堂も造りますが、そこで仏滅となり仏達を救い、救うという事は浄めるのです。仏の働きというのは神様の働きと違い、非常に間違った事もやったのです。しかしこれは間違った事をやらないわけにはゆかない点も大いにあったのです。そのために非常に穢れているので、それを浄めなければならないのです。浄めて初めて神様の資格になるわけです。それで平安郷でそういった仏様をみんな浄めるのです。そうして神様に戻るわけです。そういう意味があるのです。
御教え集21号

御教え *仏滅/八大龍王/太陽の光(御教え集21号 昭和28年4月16日①)

霊界がだんだん明かるくなるにつれて、仏滅という事がよく分かって来たのです。大体仏というものはみんな神様の化身です。これはお釈迦さんが、仏滅の世の間は神様では駄目だから、隠退して時を待つか、さもなければ仏になって働けという事を言われているのです。そこで日本の八人男女やたりおとめという五男三女は、仏になるのは嫌だというので、それでは龍神になって時を待てというので、八大龍王となって時を待ったのです。それでお釈迦さんから名前をもらって、それでお釈迦さんに封じ込められたという事になってます。
御教え集21号

御教え *仏教美術館(御教え集21号 昭和28年4月15日①)

仏様と言っても元々神様の化身ですから、元の神様に帰って救世教のために大いに働こうとしているのです。それは多賀夫人のあれが『地上天国』に出てますが、ああいうように働かれようとするのです。それにはやはり罪が残ってますから、それが或る程度浄まらなければ働けないのです。ですからみんな私に縋すがり付いて来るのです。ですからそういう仏様が、仏像などでこれから手にはいります。そうして更に仏教美術館を造ります。それについてこっちは、借りたり買ったりした仏様の霊を浄めて働かせるのです。と共に、あとは彫刻美術として、或いは絵画美術として、それを多くの人が見て楽しむというわけです。そうするのが本当なのです。
御教え集15号

御教え *日本画/運命(御教え集15号  昭和27年10月6日)

運というものは、霊の曇りと平均するものです。つまり曇りのあるだけは、どうしても苦しみはぶつかって来るのですから、一切は相応の理と言って、すべて何でも食い違いはないのです。人間には、食い違いがある様に見えるのは、つまり人間が上っ面だけを見て判断するからです。仮に一家にどうしても信仰に入らない人があって、その人が反対したりするが、そうすると反対された人の方は、始終やきもきしてますが、そのやきもきする方に曇りがある。その人に曇りが無くなって魂が浄まると、他の人が悩み苦しめる事は出来なくなる。するとその人は信仰に入る事になる。あの畜生、人を酷い目に遭わせやがる、あいつの為にとんでもない事になった、あいつはとんでもない損をさせた。またいくら言っても入らないとか、そういうのはやっぱり御自分を見なければいけない。それはそれだけの曇りがこっちにあるからなのです。それによってこっちの曇りを除ってくれるのです。ですから自分を酷い目に遭わせたり苦しめたりするという人は、自分の曇りを除ってくれているわけです。浄化作用の仕事をやってくれているわけです。そこまで来ると、感謝してもよい事になって来るのです
御教え集15号

御教え *メシヤ教/『アメリカを救う』/日本画(御教え集15号 昭和27年10月5日①) 

今薬が毒だとか医者が病気を作るとか言うのも、小さな内に言うと、やっぱり頭が変だ、そんなものに触れる事は出来ない、という事になります。ところが相当の勢力が出来てから言えば、なるほどそれはそうかもしれないという様に、受け取り方が真面目に、要するに軽蔑的の考えでないわけです。本当にあれだけ大きくやっているのだから、やっぱりそれだけの理屈があるだろうという見方になって来るし、それが大変なものです。大変な違いです。
御垂示録14号

*家族の犠牲/御神体に斑点/集団浄霊/観音さんは融通無碍/自然農法(御垂示録14号 昭和27年10月1日⑤)

座敷牢に入れるとか病院に入れるとか、しかるべくした方が良いです。そうしてその子供を一人犠牲にするという肚になる事です。
御垂示録14号

*印相/御神体/墓/小児麻痺/大難を小難に御守護(御垂示録14号 昭和27年10月1日④)

それは、生きているという事が苦痛だから、生まれ変わらしていただくという事です。ですからお蔭をいただくと死にます。これは大変なお蔭です。そうすると本人も普通の人間に生まれ変わって、一家も苦痛から解放されるから幸福になるわけです。ですからそういうお蔭をいただくと死ぬ事になる。そういう点は神様は気が利いてます
御垂示録14号

*日蓮上人/蓮の花/名前(御垂示録14号 昭和27年10月1日③)

安国というのは、暗闇の世界ですから、立正安国というのは大変なものです。やはり悪龍の仕組なのです。で、日蓮上人は狐になっていたのです。この間多賀さんの奥さんに日蓮上人の他の坊さん――日蓮上人の弟子か何かが狐になって困っているから人間にして貰いたいと、そんな願いを出してましたが、日蓮上人も一時狐になってましたが、その部下が狐になっていて、それが沢山いる。で、日蓮上人はもう救われましたが、高頭さんの信者さんかに、この間お詫びしてくれと言ってます。だから仏教の方の教祖なんかも、しばらく地獄で苦しんでいたのです。地獄に行ってないのは弘法大師くらいです。あとは殆ど地獄に行っている。
御光話録1号~

御教え *紅卍教(御光話録10号 昭和24年5月23日)

《お伺い》紅卍こうまんじ教の霊党、至聖先天老祖しせいてんろうそ、扶乩ふーちの術などについてご教示をお願い申し上げます。《御垂示》紅卍教っていうのは今から三、四十年前に、支那の済南の在方ざいかたに百姓みたいのがあって 支那って所では、極く古い昔から丁ていの形をした棒を使い、それを人間が両方から持っていると、この先が自動的に動くんです。「ミコ」っていう字は丁に人を二つ書いて、「巫み」と書くでしょう。之が古い時代にもあったんです。
御垂示録14号

*二・二六事件/大本教聖師様/釈迦と阿弥陀が観音を生む/伊都能売というのは力(御垂示録14号 昭和27年10月1日②)

力というのは霊と体が密着して力が出るのです。経と緯が組んで力が出るのです。それが私です。「チ」は霊で、「カラ」は体だから、霊体が一致して「力」が生ずるのです。つまり伊都能売というのは力です。だから力を持っているというのは今迄世界に出なかったのです。その力が世界的に広がっていけば良いのです
御垂示録14号

御教え *政治家/間の抜けた考え(御垂示録14号 昭和27年10月1日①)

悪い事をやる奴は随分間抜けです。どこか抜けているのです。けれどもそういう為に私達は、そういう事はやっても駄目だという事が分かるので、良い事をやった方が得だという事になるのです。良い事をやっては損だという事は、やっぱり考えがどこか間の抜けた所があるのです。それでうまく出来ているのです。神様がそういうようにこしらえてあるのです。
御教え集14号

秋季大祭御教え *主の型,太陽の黒点(御教え集14号 昭和27年9月25日①)再掲

神様のおやりになる事は凡て型でやっているのです。主すの型です。﹅チョンです。このチョンが段々拡がって行くのです。世界に、戦争だとか思想問題とか色んな変り事がありますが、あれは行成いきなりそういう事が起って来るのではないのです。地球の中心――世界の中心に最初何かが出来るのです。何かと言つて――丁度、植物なら種です。それが拡がっていくのです。断えずそういう工合になって、世界というものは変化して行くのです。
御教え集14号

秋季大祭御教え *私は主神の仕事をさせられている/現界の霊界/弥勒三会/実がなる(御教え集14号 昭和27年9月27日①)

つまり日本的の、今まで出来た秀れたものを出来るだけ活いかして、欣然きんぜんたる一つの二十世紀的のものを造ろうと、こういう理想なのです。何しろ神様が手伝っているから立派なものが出来ると思ってます。それで真善美が揃うわけですが、大体時期がそういったようなところまで来たわけです。けれども日本だけではない、世界を救わなければならないのだから、極く最初の一段階、一つの区切りと言っても良いですが、そんなようなわけで神様は、段々拡がり、形も整うという様な具合にいくわけです。
御教え集14号

秋季大祭御教え *平安郷が手に入る(御教え集14号 昭和27年9月24日①)

箱根が「五」です。これは山で火ですから五です。で、熱海は「六」です。これは、山も低くて海があるからです。それから京都は「七」になるから土です。で、こういう事になるのです。五は神様です――まあ神界になるわけです。それから六が物質界になるのです。要するに科学文化です。ですから今迄の世界は六の世界になるのです。つまり水の世界です。それから七が仏界です。そういう風に考えても良いのです。ですから京都はどこまでも七で、七というのは「地」で、平な所でなければならない。ですから京都という所はそういう意味になってます
御教え集14号

御教え *日蓮宗(御教え集14号 昭和27年9月23日②)

日蓮宗の華が今咲く。観音の実が育つ時 ― Lotus blooms, Kannon’s fruit ripens.