それからこの間京都に行く時に名古屋に寄って、名古屋の体育館の会場で「東方の光」について話をしたのです。それはあの時だけしか話しませんから、今度『栄光』にもっと精しく書いて出そうと思ってます。それを読ませます。
御論文「東方の光」
「東方の光」という事が一番肝腎なのです。私の事を「お光様」と言い出したのは『静岡新聞』なのです。『静岡新聞』が初めて「お光様」という事を書いたのです。それで私はうまい事を言うなと思ったのです。それはいくらか侮辱の様にも聞こえますが、また素晴しく立派な文字になってますから、それが一般に「お光様」と言われる様になったのです。ですからあれも神様から言わせられたものです。で、今言った様に私のお腹に光の玉があって、その光が大変なものなのです。今迄西から東に、文化と言いますか何から何まで向こうから来たのです。これは逆であった訳です。東が霊で西が体ですから、体主霊従というのはそこから来たと言っても良いです。その為に体的文化が発達して来たという、本当の幸福な文化は出来なかったというのは逆であったからです。始終言う医学でもそうです。体を治すと言うのです。こっちは霊を治すのです。ですからこっちは浄霊で、医学の方は浄体と言いたいが、「浄」でなく「濁」です。ですから当然東から霊的文化が生まれなければならないのです。それで、それに対して霊的は中心ですが、やはり霊ばかりでは仕様がないので、体が肝腎なのです。そこで西から作った体の文化を、東から出た本当の、つまり中身です。それに依って西の文化を、今迄悪い事に使っていたのを良い事に使う様に変えるのです。爆弾を落とす飛行機を、早く旅行の出来る様にする。人間を苦しめた物を楽しむ物にするという事が、やはり東から出なければならないのです。ですからそう考えれば別に不思議もなければ、変ってもいません。ところが今迄は西の文化ばかりで、それが本当の様に思うから、それと反対の東の文化が一寸分かりにくいのです。こんな事(御浄霊)をして病気が治るという事が分からないというのは、そういう様な訳です。
それで、房州の乾坤山日本寺というのは、とにかく乾坤山というのは天地乾坤と言って宇宙を言うのです。それから日本寺というのは、日の本寺ですが、こういうのも神様がそういう名前をつけたというのは面白いと思います。お寺の名前で日本寺というのはありません。で、あそこから日の神様、天照大御神が出られたのです。それで日蓮上人は七百数十年前ですが、今年は日蓮上人の七百年祭と言っているが、あれは法華経を唱えてから七百年です。それで清澄山というのは日本寺から一、二里東の方ですが、その時が最奥天国の霊界に日が出たのです。それから段々現界に写る迄にそれだけの年限がかかったのです。それで日本寺のある処は保田という所です。「ホタ」というのは、「ホト」という言葉が転化したのです。「ホト」というのは女の陰部です。『古事記』にありますが、何とか言う女の神様に、天から槍が落ちて来て「ホト」に怪我をさせたという事があります。それで東京湾というものが女の陰部になるわけです。それで東京が子宮にあたるのです。ですから体的にはそういうわけなのです。それで私は東京から生まれたというわけなのです。これは細かく話すともっと面白いのですが、大体それで分かると思います。それで富士山が臍になるのです。日本の国というのは龍の形ですが、これは国常立尊という神様が大地を造る時に龍神になって造られたその形なのです。それが日本の形になっている。で、瀬戸内海は口を開いているところです。それで山陰山陽が上の方になって、四国が顎になるわけです。それで九州を呑込んでいる形なのです。九州というのは世界の型なのです。北海道から千島の方が尾になって、日本海が背中になって大平洋が腹になっている。これからそういう神秘がいろいろありますから分かって来ます。丁度出雲が鼻になるのです。それで素盞嗚尊が朝鮮から出雲に渡来してあそこで日本を統治されたという事は、あそこが鼻になるのです。それで鼻が素盞嗚尊になるのです。ですから色々な事にそういう事が現われて来ます。始めという事を「ハナ」とよく言います。それから越後の方は「コシの国」で腰というわけです。そこで越後の新発田は肛門になるのです。それであそこは後ですが、前の方は東京になる。そうすると女ばかりですが、やはり男と女と両方になる。将来は伊都能売になる。それで伊豆半島が男の道具になる。そんなわけで色んな神秘は中々面白いのです。で、日本はつまり霊的の根本になるわけです。ですから富士山なんかは日本の臍ばかりでなく世界の臍になるのです。富士山が丁度地軸の大黒柱みたいな中心なのです。ですからあれはただ形の良いというばかりでなく、そういった様な重大な意味があるのです。ですから世界中の今迄の文化は西で出来た文化ですが、それが日本に来た。それは目茶苦茶に出来たものですが、それを日本ですっかり整理して本当の良いものにして、それをまた西の方に、さっき「濁水が押し寄せて来たのを綺麗にして押し返す」という事がありましたが、そういう意味です。そうして色んな悪の目的に作ったものを、今度はすっかり清いものにして世界中に押し戻すわけです。それがメシヤ教の仕事なのです。とてつもない大きなものです。そういう様なわけで、私は先に大本教にいた時分に、ある所で講演した時にこういう話をした事があります。その時分にフォードの自動車会社が方々に支社を作って、車は車、エンジンはエンジン、ボデイはボデイと専門的に拵える工場を持って、そこから本社の方に送って本社の方で組立てて完全な自動車として売出すという組織になってますが、日本は丁度そういったフォード会社と同じ様なもので、方々で出来た文化を組み立てて本当に使い道になる様にして、そうして人間がその御蔭を蒙るという様に考えれば良く分かる。ですから日本には支那文化も西洋文化も、各国の文化がみんな入っている。それをみんな組み立てて本当のものにして世界中の人間の役に立てるというように考えると一番良く分かる、と言って講演した事がありますが、それ が日本の使命なのです。



