大経綸

大経綸

御教え *東方の光/日本の使命(御教え集16号 昭和27年11月7日②)(再掲)

今言った様に私のお腹に光の玉があって、その光が大変なものなのです。今迄西から東に、文化と言いますか何から何まで向こうから来たのです。之は逆であった訳です。
大経綸

御教え *東方の光(御教え集16号 昭和27年11月6日②)(再掲)

この事は一番肝腎な事でして、之については色んな神秘があります。乾坤山日本寺ですが、日本寺に行った人は分りますが、山の上に石仏が沢山あります。達磨、観音、釈迦、阿彌陀、釈迦の十大弟子から羅漢と、それは仏教に関係した仏様は全部網羅してあります。それで入口には、お釈迦さんが行をした沙羅双樹(サラソウジユ)――樹下石上と言って、石の上で行をされた。それであそこは日本に於ける仏界の型
御垂示録15号

*エルサレムの開かずの門(御垂示録15号 昭和27年11月1日②)(再掲)

将来救世主が現われる、其時にそれを御迎えするという準備です。其為に四つの門を拵えたのです。それで三つの門丈は開けられるが、一つの門丈は“開かずの門”と言って開けられなかった。今でもありますが、それで一番不思議に思う事は“開かずの門”の上に十六の菊が附いている。
大経綸

或る神秘(井上茂登吉先生)  読後のお言葉  (地上天国二十五号  昭和二十六年六月二十五日) *再掲

それは今度の事の為神様が名を付けられたのである。全く井上氏のいう如く、彌勒を生むという意味である。又小さい観音様があったのは、観音御生誕の型を神様は知らせる為であった。
大経綸

*経と緯 御教え集3号 昭和26年10月8日 ⑥

この経(たて)と緯(よこ)について、面白い事がある。
メシヤ講座

[メシヤ講座] 怯(ひる)まず世界救世(メシヤ)教復興事業を広く進める   2016年3月⑨ (私達の学び目からウロコの内容より)

こうして、メシヤ様の『揮はせらるる大神力』を世に出して行ってこそ、最後の一行の『嗚呼、慶賀すべき時とはなったのである。』という事が言えるのではないかな、と
大経綸

新旧文化の交代 (栄光六十八号 昭和二十五年九月六日)

原子の破壊から絶対免れんとすれば前述の如く悪を善に転化する事である、この力こそメシヤの力でなくて何であらう、唯然し、善悪の大転換が行はれるとしても善化しない悪人も多数あるに違ひないから、此様な見込みのない者は清算されるより致し方ないであらう
岡田茂吉とは?

救世主 (世界救世教早わかり 昭和25年11月20日)※再掲

救世主とは何か、いう迄もなく文字通り世を救うべき大使命を負って生れたる大聖者であって、事実は歴史有って以来、未だ顕現したる事のないのは勿論である。之に就て私自身の偽らざる告白を、赤裸々に露呈し、現在私が行いつゝある聖業に就て書いてみようと思うのである。
大経綸

天地創造記 (世界救世教早わかり昭和二十五年十一月二十日)*再掲

地球の出来た頃からの事をかいてみるが、抑々(ソモソモ)造物主という得体の知れない不思議な親方が、宇宙の中間に頑張っていたらしい。そこでどういう積りか知れないが、其親方は日月星辰や、地球なんていう妙な物を拵(コシラ)えたんだ。それで最初の内は、地球も出来立てのホヤホヤであったから、泥海のようにブヨブヨしていたんだ。
大経綸

本教の誕生 (世界救世教早わかり 昭和二十五年十一月二十日)

主神の御目的は真善美完き理想世界を造るにあるので、それには凡べての条件が具備しなければならないので、神は其時を待たれ給うたのである。其時とは即ち現在であってみれば、人類は此事を先づ認識しなければならないと共に、自己自身の精神革命こそ喫緊事である。
大経綸

御教え *日本の使命(御教え集16号 昭和27年11月7日④)

今迄思想でも宗教でも何でも、その国の特有の色があるのです。処が日本はそういう色を綜合して、白にして、それがつまり本当のミロクの代の文化になるわけです
御教え集

*世界にミロクの世が生まれた(御教え集23号 昭和28年6月16日①)

昭和六年六月十五日に房州の日本寺が始まりですが、あの時は霊界の奥の方、最奥霊界が黎明になったのです。今度は現界の霊界に日が出たのが一昨々年の私が庵原警察の留置所の中で、日が出たと言えばおかしいですが、非常に神秘があったのです。
大経綸

神仙郷地上天国の大いなる意義 (栄光二百十六号 昭和二十八年七月八日)

神の経綸なるものは最初は極く小さく造り、漸次拡がって終には世界大となるという洵に神秘極るものである。これは現界にも当嵌る。
信仰雑話

観音教団とは何乎 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

以上説く如く世界の大転換期を乗越す資格とは、病貧争絶無の世界に生存なし得る人間であって文字通り病気のない健康人、貧苦から脱出した人間、和を好み争を嫌う人間である。此三大資格を有する人間であれば神は滅し給う必要がないばかりか、来るべき新世界の有能人として遇される訳で、神の意図と人間の理想との食違いはない事を私は信ずるのである。
観音講座

『観音講座』第六講座  日本と外国の使命(昭和十年九月五日) 

光明世界になった時の風俗、都市、農村及刑罰の点をお話する。
観音講座

『観音講座』第五講座 「善悪の真諦と光明世界の建設」

霊界において現界に相応するのは八衢(やちまた)である。天国、地獄の中間に位する所なのである。現在の世間はこの八衢であるのがよく現われている。天国は上に行く程綺麗になり立派になって行く。
大経綸

霊的に観たる熱海の大火 (救世五十九号 昭和二十五年四月二十二日)

原因は自動車運転助手の過失という事であるが、勿論不注意の為である点に間違いはないが、吾々宗教人としては、此原因を霊的に検討する義務があると思うから、茲にかくのである。
大経綸

「世界救世教奇蹟集」 序文 (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)

この著は科学に対する原子爆弾であり、現代人に対する啓蒙書であり、天国の福音でもある。今その理論を説くと共に、裏附けとして我救世教に於ける数多くの奇蹟中から、百二十例を選んで載せてあり、これを読むとしたら余りの超現実的なものばかりで、直ちに信ずる事は出来ないであろう。何となれば古往今来これ程素晴しい奇蹟が多数ある例はなかったからである。
大経綸

地上天国36号 『教えの光』 昭和二十七年五月二十五日 ※北極南極の氷は、段々溶けて、将来は人類の住む土地が殖えてゆく

地球上、北極南極の氷は、段々溶けて、将来は人類の住む土地が殖えてゆくのである。此理由としては、地殻が収縮するので海面が低くなるから、各河川が浅くなつて干いて了う虞れがあるので、その水を供給する為である。
大経綸

五六七大祭 (救世53号 昭和25年3月11日)

人類発生以来今日まで、右のような大神力は出なかった、それは地上天国準備だけの力でよかったからである、言はば本教と同様これまでの世界は楽屋であった訳である、処がいよいよ時期熟して世界は茲に一大転換と共に、天国樹立といふ神の理想実現となったのである 。 此事が根本であって、之を深く認識する事によって初めて大神業に参加され得る資格者となるのである。
大経綸

神の芸術 (地上天国十一号 昭和二十四年十二月二十日) 

外でもない、ラジオやテレヴィジョンの発明によって、全世界に起りつつある凡ゆる出来事を一瞬にして知り得るという事程、それほど物質文化は夢の間に進歩したのである。一体全体これは何を意味するのであるかといふ此点が頗る重要事であって、何よりも之に気付かないとすれば、現代文化を語る資格はないというべきである。
御教え集

秋季大祭 御教え *光明会館(御教え集26号 昭和28年9月23日①)

箱根が出来て熱海に移り、熱海が出来て今度は又箱根に行く、という順序なのです。それで私のやっている事は肝腎な経綸ですから、ちょっとでも順序が違うと直ぐに神様からやられてしまうのです。これは古い信者の人はよく知ってますが、とても面白いのです。
大経綸

日本人種の霊的考察(下)『地上天国』24号、昭和26(1951)年5月25日発行

上のごとく、日本民族は大体四種に分けられる。そしてまず大和民族からかいてみるが、これはさきに述べたごとく、先天的平和主義で闘争を嫌う事はなはだしく、それがため当時の天下は、実によく治まっていたのである。もちろん未開時代であるから、文化も至極幼稚ではあったが、不自由な生活の中でも、鼓腹撃壌(こふくげきじょう)の世の中であったには違いない。
大経綸

日本人種の霊的考察(中) 『地上天国』23号、昭和26(1951)年4月25日発行

日本の民族は四種に分ける事が出来よう。すなわち天照天皇を擁立していた純粋の大和民族と、瓊瓊杵尊系統の天孫民族と、素盞嗚尊系統の出雲族と、そうして右の土匪あるが、この土匪の系統こそコーカサス地方から蒙古、満州を経て、北鮮から青森付近に上陸したもので、漸次本土深く侵入し、ついに近畿地方にまで及んだのである
大経綸

日本人種の霊的考察(上)『地上天国』22号、昭和26(1951)年3月25日発行

この問題を説くに当って、断っておきたい事は、以下の所説は史実にもない事柄ばかりであるから、そのつもりで読まれたいのである。しかし日本人なら、是非知っておかねばならない事なので、ここにかいたのである。それならなぜ今までにかかなかったかというと、何しろ事柄が事柄なので、終戦前までは誤解され易い点が多々あるのでかかなかったのである。
御教え集

御教え *宗教ではないのだから、教義などは要らない(御教え集32号 昭和29年3月6日①)

つまり浄霊をすると疑ぐっても治るというわけです。ところが先は理窟で来ますが、理窟の方が下で、こっちは理窟より上です。それで、研究すればよいのですが、今までの理窟で分らなければ“駄目だ”と、今のインテリなどは見るのです。実に難かしいのですが、しかし本当に分れば、これは又理窟よりかもっと良いものだから、これは離せないという事になります。
御教え集32号

御教え *人間は神様に騙されて薬を飲んだ(御教え集32号 昭和29年3月5日)

体を弱らせるほどいろんな便利な物や、それから美しいものを感じるという感覚、一つの、神経が鋭くなるとか、或いはものに感じやすい体を弱らせるほどいろんな便利な物や、それから美しいものを感じるという感覚、一つの、神経が鋭くなるとか、或いはものに感じやすいということになるので、それには、体を弱らせなければ仕方がないのです。それで弱らせるには毒を飲ませるのです。しかしそれを毒と言ったら人間は飲まないから、それを薬に思わせようという神様のトリックです。薬というものは良いものと思った人間は、神様に瞞(ダマ)されたわけです。
大経綸

『文明の創造』宗教篇 「経と緯」 昭和27年

観音力の働きもそれであって、即ち経にも非ず、緯にも非ず、といって経でもあり、緯でもあリ、何れにも偏らない応変自在であるから、千変万化、自由無碍(むげ)というのも此意味である。此理によって人間の心のあり方もそうなくてはならない。即ち心は常に原則として経緯結びの中心に置くべきで、之を一言に言えば常識である。
大経綸

『文明の創造』宗教篇 「善悪発生とキリスト教」昭和27年

文化の進むに従って、必要であったものも不必要となり自然淘汰されるとしたら、最後に至って人間と雖(いえど)も自然の法則から免れる事は出来ないのは勿論である。としたら人間に対するそれは何かというと、勿論人間に内在する悪である。曩(さき)に述べた如く今後の時代は、悪は有害無益の存在となる以上、悪人は淘汰されて了うのは当然な帰結である
御教え集

*龍神/狐霊の話し方/アメリカの雑誌『シーン』の取材(御教え集33号 昭和29年4月16日)

救世教の救いというものは人間ばかりでなく、霊界が救われるのです。やっぱり霊界が根本だからして、どうしても霊界が救われなければ人間界は救われる事はないのです。
御教え集

奈良県公会堂 御講話 *水素爆弾(御教え集33号 昭和29年4月12日 前半)

水素爆弾というものは必要なのです。ミロクの世にするにはどうしても一つの重要な道具です。結局において善い方に使うに違いないのですが、それまでにやっぱり、今言う、人間の魂の改造上必要なのです。
大経綸

『文明の創造』宗教篇「霊界に於ける昼夜の転換」  (昭和二十七年)

誰しも夜と昼は一日の中にあるではないかというであろう。成程それには違いないが、私のいうのは大宇宙のそれであって、此事を知るとしたら、人智では到底想像もつかない程の大神秘を会得する事が出来、それによって今後の世界の動向も分り、未来の見当も略(ほ)ぼつくのである。
大経綸

『文明の創造』宗教篇「最後の審判」 (昭和二十七年)

飽く迄論理的、実證的であって、寧ろ科学的、哲学的といってもいい程のものであるから、現代人と雖も之を精読すれば、理解し共鳴しない訳はあるまい。換言すれば今日迄何人も説き得なかった処の、高遠にして人間が触るる事を恐れていた、深い微妙なる謎の本体とも云うべきものであって、之を徹底的に開明するのである
大経綸

『文明の創造』宗教篇「伊都能売神(いづのめしん)」(昭和二十七年) 

日本古来の神々は印度へ渡航し、化身仏となられたので、其化身仏の総領が伊都能売神であって、当時日本に於ける最高の地位であられたのである。処が其頃素盞鳴(すさのお)尊を中心とする朝鮮の神々が渡来され、伊都能売神の地位を狙って犯そうとしたが、
御教え集

秋季大祭 御教え *京都平安郷/箱根・熱海・京都/創造と破壊(御教え集14号 昭和27年9月26日)

今度京都の方に丁度適当な土地が手に入つたのです。で、此処が「五」で、熱海が「六」で京都が「七」になるわけです。丁度ミロクの形になるわけです。日本の国にミロクの形が出来たわけなのです
御教え集

秋季大祭 御教え *光の玉が世界的に大きくなった時がミロクの世(御教え集26号 昭和28年9月23日②)

それから私のお腹にある光の玉は大分大きくなってます。ドンドン大きくなりつつありますが、これが世界的に大きくなった時がミロクの世です。そこまで大きくならないうちに、いけない者は片付いて行くわけです。まだ今のところの大きさは、この会場くらいの大きさですが、これがドンドン大きくなって行きます。という事は火素が増し浄化が本当に強くなるという事です。
メシヤ様の生涯

神様と私との関係 (地上天国57号 昭和二十九年二月二十五日)

以前のように神様に伺う事は必要がない事になったのである。というのは神霊は私の体内に在す以上、以前のように神と人との隔てが撤去され、神人合一の境地になったからである。つまり神即人である以上、私の行う事は神直接であるから、私の思うままを行ればいい事になったのである。
御教え集

*「地上天国の模型」完成(御教え集23号 昭和28年6月7日)

今度の六月十五日は箱根地上天国の完成記念祭です。ですから此処は、つまり地上天国の模型が出来たわけです。それで地上天国というのはミロクの世ですから、今日ミロクの数字が出るという事はそれに関連した大変な意味になるわけです。
大経綸

最後の審判とは何か (栄光213号 昭和二十八年六月十七日)

世界的大清算であって、長い間溜りに溜った処の罪穢の浄化作用である。従って余りに穢(キタナ)くどうにもならないものは、地上から永遠に抹殺される外はないから、恐ろしいのである。
御教え集

立春祭 御教え *節分の意味/国常立尊(御教え集31号 昭和29年2月6日)

今年の節分は非常に意味があるのです。私としても非常に大きな奇蹟があったのですが、それはまだ言うわけにはゆきませんが、いずれ話をします。この節分という意味は、大本教と非常に関係があるのです。ごく古い、神代というのですが、神代と言っても、空漠(クウバク)たるものでなくて、神格を得た人間が住んで居た時代で、いわばの前の昼間の世界といったようなものです。
大経綸

御教え *大芝居(御教え集18号 昭和28年1月3日②)

建設が進むに従って破壊も進んでいくというわけです。ここのところに実に微妙な神様の経綸があるのが分ります。それが分らないで見ると、何がなんだか見当がつきません。つまり芝居なら筋書ですが、それを救世教信者は分っていて見るから、つまり芝居の役者でなく見物人、お客様の方です。
大経綸

御教え *法難→散花結実(御教え集18号 昭和28年1月2日①)

丁度覆い被さった黒雲が晴れるという様な気持がします。しかし今度は神様の方から言うとそれが必要だったのです。これは一昨二十五年に散花結実という事を言いましたが、あれで花が散ったわけです。ですから検察庁の役目は、つまり低気圧の役目をしたわけです。
大経綸

霊層界 (自観叢書三 昭和二十四年八月二十五日)

霊界の構成は曩に述べた如く、天国、中有、地獄の三階段が三分されて九段階となっており、一段は又二十に分れ、一段階二三ンが六十段となり、三六十八即ち総計百八十段となる。私は名づけて霊層界といふ。
大経綸

『文明の創造』総篇  悪の発生と病 (文創 昭和二十七年)

前項の如く悪の九分九厘に対して、善の一厘が現はれ、絶対神力を揮って既成文化を是正すると共に、新文化を打ち樹てる。早くいえば掌を反えすのである。之が今後に於ける神の経綸の骨子であって、其破天荒的企図は想像に絶するといってよかろう。
大経綸

自観叢書第3篇『霊界叢談』序文 昭和24年8月25日発行

そもそも今日学問も人智も進歩したというが、それは形而下の進歩であって、形而上の進歩は洵(まこと)に遅々たるものである。文化の進歩とは形而上も形而下も歩調を揃えて進みゆくところに真の価値があるのである。文化が素晴しい進歩を遂げつつあるに拘わらず、人間の幸福がそれに伴わないという事は、その主因たるや前述のごとく跛行的進歩であるからである。これを言い換えれば体的文化のみ進んで、霊的文化が遅れていたからである。
大経綸

『文明の創造』 総篇 「序文」( 昭和二十七年)

此の著は歴史肇って以来未だ嘗てない大聖著であり、一言にしていえば新文明世界の設計書であり、天国の福音でもあり、二十世紀のバイブルといってもよかろう。即ち現在の文明は真の文明ではなく、新文明が生まれるまでの仮の文明であって、聖書にある世の終りとは、この仮定文明世界の終りを言ったものである。また今一つの“普く天国の福音を宜べ伝えらるべし、然る後末期到る”との予言も、この著の事であろう。
東方の光

全人類待望の炬光 大聖観音力の顕現 併而仏説の開扉 (東方の光三号 昭和十年二月二十三日)

古来仏誕の国、印度に於いて面白い伝説がある。正法千年、像法千年、末法千年であって、今日は正像の二千年が過ぎ、已に末法に入って六百年を経過してゐる訳である。
メシヤ様の生涯

千手観音の霊写真に就て (光明世界一号 昭和十年二月四日)

昭和九年十月十一日、午後二時頃、全く未知の人、東光男なる名刺を持って、面会を求められた。余は、その姓名を見るや、興味を覚へ、早速、面会に及び、其来意を訊ねたるに、同氏曰く、「自分は予(カネ)てより、霊感に依って「観音力所有者」を探しゐたり、而(シカ)も本年は、自宅より東方に方(アタ)って、見当るとの霊感ありて、
大経綸

金龍物語 (口絵霊写真の解説) (光明世界三号 昭和十年五月二十一日)

八大龍王の上に、一の主龍神が被在(アラ)れた。御本体は、伊都能売神龍と申上げ、実は、高貴なる御神霊が、黄金の龍体と化せられ、琵琶湖の湖底深く潜み給ひ、八大龍王と倶に、時を待たれ給ひたのである。
岡田茂吉とは?

『天国の福音書』 序文  救世(メシヤ)教とは何ぞや       (天国の福音書 昭和二十九年八月二十五日)

この文を書くに当って、前以て断っておきたい事は、我がメシヤ教は純然たる宗教ではないのである。と言っても、一部には宗教も含まれてはいるが、全部でない事は勿論である。では、何故メシヤ教の名を附けたかというと、何しろ有史以来夢想だもしなかった処の劃期的救いの業である以上、止むを得ずそう附けたまでであって、特殊の名前を附けるよりも、この方が分り易く親しみ易いからで、これを卒直に言って宗教以上の宗教、即ち超宗教であり、空前の救いの業と思えばいい

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