岡田茂吉 御教え集14号 昭和二十七年九月二十六日 秋季大祭(京都彌勒三会) | 岡田茂吉を学ぶ

御教え集14号 昭和二十七年九月二十六日 秋季大祭(京都)

   今度京都の方に丁度適当な土地が手に入つたのです。で、此処が「五」で、熱海が「六」で京都が「七」になるわけです。丁度ミロクの形になるわけです。日本の国にミロクの形が出来たわけなのです。で、京都は何処迄も日本的に造る積りです。大体土地は一万八千坪ですから充分とも言えるし、まあ神様が何うなさるか分りませんが、大体それで理想的な物が出来るわけです。つまり、箱根が山で経で火です。熱海は水で緯になって、それから京都が土で平です。ですから神様は、ちゃんと日本の国の良い処に、斯ういった所を造られたわけです。日本で、箱根に熱海、京都としたら、先ず天国的の条件はすっかり備わっているのです。ですから、そうなってからが日本の地上天国というのが出来るわけですが、未だ未だその極く初めです。初めですけれども、休みなくドンドン拡がつていきます。天国が拡がると地獄は無くなるのです。今色んな汚(キタナ)い物や悪い物は、みんな地獄の物ですから――地獄を造つているものだからして、何うしてもそういう物は無くならなければならない。之から創造と破壊――創造されるほど破壊が始る。まあ汚い、丸でゴミ溜の様な娑婆だつたのですが、そこに綺麗な物を入れる。そうして段々いくと、汚い物は片附けられなければならない。或いは焼いて壊して了うか、そういつた様な大掃除をしながら、良い物が段々出来て来るわけです。壊し、焼かれ、片附けられますが、そういう大掃除が大変なのです。つまり世の終りです。それは一切がそうなるのです。だから第三次戦争も起りましようし、原子爆弾の射合もありましようし、それから病気で片つ端からドンドン死ぬ事もありましようし、それで始めて綺麗な世界になつて、そうして地上天国が出来るわけです。品物は壊せば後で出来ますが、一番困るのは人間です。然し汚い者は取片附けられなければならないのですが、人間が一番肝腎ですから、一人でも余計助けなければならないというのがメシヤ教の仕事なのです。そればかりではありませんが、それが一番肝腎な事です。それが救いです。メシヤ教――救世(キユウセイ)教――世を救う教え――という、ですからメシヤ教は宗教ではない、救いの業(ワザ)だという事は、そういう事です。そんなわけで、之からドンドン時の進むに従つて色んな面に現われて来ます。それで京都の今度の場所は嵯峨ですが、丁度釈迦堂――有名なお釈迦さんの所、それから去年講演をした法然院という所がありますが、あそこの丁度間になる。法然院というのは法然上人があそこに住んで居られた所です。立派な阿彌陀さんがあります。見た人は沢山あるでしようが、あれは素晴しい物です。大体法然上人という人は、阿彌陀教の開祖と言つても良いのです。法然上人の弟子が親鸞です。親鸞から六代目のが蓮如上人です。今の本願寺の開祖と言つても良い位のものです。そんなわけで法然院は阿彌陀さんの居られる所です。それから釈迦堂はお釈迦さんです。で、其真中が、私の方が居る事になると、観音様になるわけです。で、観音様が真中で、観音様の左が阿彌陀で右が釈迦となり、之が本当の三尊の彌陀とか、三尊仏です。本当言えば三彌勒です。で、阿彌陀は法身の彌勒です。ですから法然上人と、「法」の字を使うのも面白いです。そういう意味で、兎に角仏界のミロクの形が出来るのです。それで、之は仏教の方でも言ってありますが、彌勒三会――三人の彌勒が会うという事です。“彌勒三会の暁”という事が、今度京都の嵯峨に私が居る様になると、彌勒三会という事になる。ですから仏界が非常に変るわけです。今仏界の霊界はドンドン変っているのです。だからそれが現界に写るわけです。仏界が変るという事に就いて、今度京都に――彌勒三会になりますと、そうすると今迄の色んな仏教の開祖、教祖という、そういう人達が霊界で非常に働き出すのです。今もちょいちょい信者さんの内にそういつた仏教の開祖が憑つて、明主様に御詫(オワビ)して貰いたいという事を、随分頼みに出て来るのですが、それというのは、今迄仏というものは非常に良い事をした代りに、又神様を押込めたという罪があるのです。あの五男三女と言つて、伊都能売の神様の家来があるのです。八人の家来ですが、それはお釈迦さんが押込めたのです。で、押込められた為に龍になつてミロクの世を待つていたのです。それが八大龍王です。ですからそういう押込めた罪も相当あるのです。けれども罪の中でも、意識的に行う罪と無意識に知らず識らず行う罪と両方ある。それで意識的に行う罪は非常に重いのです。それは現界の法律と同じです。知らず識らず行う罪は、悔悟して御詫をすれば許されるものです。それで今仏教の方の偉い人の罪は、知らず識らず良いと思つて行つた罪だから非常に軽いのです。それと同じ様な意味に於て、医学――お医者さんも、気持は善ですから――動機善だからして、そう深い罪ではないのです。気が附いて御詫して、今度は別の本当の働きをすれば許されるのです。けれども罪は罪ですから、やはり相当の代償がなくては許されないのです。之は別の話ですが、お医者さんの子孫というものは寔(マコト)に不運です。之は良く見ると分りますが、斯ういう事もそういう現われです。そんな様なわけで、つまり之から色んな事も、そんな様な現われが非常にあるのです。そこで仏界の偉い人達が今度御詫すると共に、その代償として大いに働かなければならない。すると、今にいずれ京都に美術館も造りますから、そんな様な意味で非常に働いて、工合良くいくわけです。

  京都は無論、拵える物は日本的の物です。熱海は徹頭徹尾西洋風の物です。之は、会館でも展望台でも美術館でも、全部西洋風です。京都は徹頭徹尾日本風にする積りです。箱根は両方です。此処は中心ですから、西洋と日本と両方になつてます。今度美術館の別館を造りますが、それから休憩室と、みんな西洋風にする。そうして此処(日光殿)は日本的の建物です。それで「日光殿」という名前が附いたのです。日の光は、やはり日本です。ですから京都のは、あそこは「平安郷」という名前を附けましたが、平な処ですから、どうしても「平」という字が入らなければ面白くない。昔から平安の都といつているのはそういう意味です。大体、京都と言つても、日本美術の中心であり日本の文化都市としては京都が元ですから、大いに日本的にはなつてますが、今迄の京都の色んな物は甚だ統一がないのです。バラバラです。それは仕方がないのです。京都に於ける太平というものは続かなかつたのですから――。断えず戦争だとか紛争だとか、そういう事が多かつた。で、江戸に来て徳川三百年――そこに来て初めて平和が続いた。江戸の文化は相当でした。京都、奈良は長い間殆ど平和は続かなかつたのです。其為に日本文化というものに統一がなく、寄せ集めです。古い美術と言うと奈良朝時代の仏教美術です。そうかと言うと平安朝の貴族文化です。それから其次に飛んで鎌倉に行きましたが、之は多少は鎌倉に残つてますが、其間京都は振わなかった。其次は足利の東山文化、室町です。それから桃山という様な、其時分の文化は、つまり貴族文化或いは其時代の主権者の文化です。だから庶民的、大衆的の文化というものは無かったのです。大衆は殆ど下積にされて、只命令に依って生きている丈で、後は、今でも残っている様な物は、其当時の主権者が贅沢或いは権力を見せるという様な必要から生まれたものです。それから徳川時代に入って、今度は大名文化です。大名が、欲しい儘に色んな物を作ったのです。漸く元禄に至って庶民の文化が出来始めたのです。町家の金持が贅沢と競争――競う楽しみです。そんな様で色々良い物が出来ましたが、之は僅かの間です。直きに幕府から禁止令が出て萎靡(イビ)して了つたのです。只、桃山文化は非常に絢爛(ケンラン)たる豪華な、秀吉の性格を表わしたのが出来たと同時に、反対の佗(ワビ)の文化の茶の湯が出来たのは良い事です。今日でも茶の趣味が残っているばかりでなく、近来非常に盛んになって、米国辺りでも非常にそういつた趣味が理解されて来たのです。此間此処に来たメトロポリタン博物館の東洋美術部長のプリーストという人も、そういつた佗(ワビ)の茶趣味が非常に強いのです。で、茶席を見せた時が一番褒(ホ)めてました。そういったわけですから、又竹を非常に好んで、自分は竹が一番好きだと言い、竹林や三階に竹を植えてありますが、そういうのを喜んで居たが、私は意外に思つた。米国でそういった佗を好むのは珍しいと思った。兎に角日本の茶の趣味というのは大変な功績です。之は京都にもよく出てますが、統一された日本文化――それが京都にはないのです。それから大衆的に楽しめるというものも無いのです。ですから私は将来どうしてもそういった意味の地上天国を造りたいと思ってます。つまり今迄の日本文化の良いというものをみんな採入れて、現代人の感覚に合う様にして、綜合し統一されたそういうものを造ろうと思ってます。そういった土地の環境から状態が良いです。それは、神様がちやんと仕度してあるのですから、良い筈です。

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