岡田茂吉 [みあと]岡田茂吉教祖が関西御巡教で第一声を上げた法然院 2020.4月 | 岡田茂吉を学ぶ

[みあと]岡田茂吉教祖が関西御巡教で第一声を上げた法然院 2020.4月

法然院 茅葺門

”昭和26年5月30日は、立教以来、初めて関西を御巡教になられ京都東山の法然院において、午後1時と3時の2回に亘って、同地の信者に御講和を賜った記念すべき日である” (みあとしのびてより)
法然院を調べてみるとどれもこの茅葺門が写っている。私も写真の中でこの門が一番良かったので掲載しました。銀閣寺の近くで哲学の道からすぐのところにあります。
名称からも分かるように浄土宗を開いた法然上人が晩年過ごされたお寺です。
釈迦を代表する嵯峨の釈迦堂清涼寺、阿弥陀を代表するこの法然院、そして、先日アップさせていただいた平安郷の春秋庵が観音を代表するものであり、霊的意義があるということです。

去年の春に行つた時に、釈迦堂に行つた帰りに法然院に行つて皆に話をしましたが、法然院というのは、法然上人があそこに居て修業されたのです。ですから素晴しく大きな阿彌陀さんがあつて、作も随分良いのです。あんな立派な作は他に無いかも知れません。で、法然上人は浄土真宗の開祖ですから、つまり南無阿彌陀仏を最初に弘めた人です。で、法然の弟子が親鸞です。親鸞から六代目の蓮如上人に至つて全国的に教えを弘めたのです。それが今の浄土真宗です。本願寺です。そういうわけで法然上人は仏教の方では大した仕事をされたわけです。今度の地所というのは、丁度釈迦堂と法然院との間位になつています。そうすると釈迦、阿彌陀、その真中が私の方は観音ですから、それで三位一体の形になつたわけです。真中が観音様で、そうして観音様の左側が阿彌陀さん、右が釈迦と、それが本当の順序なのですが、やつぱりそういう工合になるのです。三尊の彌陀――そういう形になるのです。ですからお釈迦さんは七の彌勒です。仏教の方で言うと、釈迦が七の彌勒、阿彌陀が六の彌勒、観音さんは五の彌勒。日の彌勒、水の彌勒、土の彌勒となつていて、それで五、六、七になるのです。そういうわけで箱根は何時も云う通り「五」になつて、熱海が「六」になつて、今度の京都は「七」になるわけです。ですからそういつた、地理的に日本の中にミロクの姿が出来たのです。兎に角位置丈は現界的にミロクになつたのです。それで去年釈迦堂にお参りして、法然院に行く途中で――私は初めてあそこを通つたのでヒヨッと広沢の池を見て、之は良いなと思つて、廻りを見ると平で突当りに低い山があるので、非常に気に入つたのです。

御教え集14号 昭和二十七年九月二十五日 秋季大祭 (京都平安郷)https://meshiya.jp/ko646/

コロナで緊急事態宣言が出る前に一人で京都に行ったのですが、法然院に行ったのがもう、閉館時間ギリギリでした。一人で阿弥陀様を拝観させていただきました。後で調べたらどうやら春の特別拝観期間だったようです。これもあとで御教えを読んでみたら、メシヤ様がこちらの阿弥陀如来様を随分褒めていらっしゃる。阿弥陀様の周りの床には椿が25リン間隔を置いて置かれていました。折角のチャンスでしたのに、もうあまり時間がないと慌てて、一人で間近で拝観させていただく絶好の機会でしたのに、あまりじっくりと見させてもらわず、阿弥陀様もせっかく来ていながらこいつはなんだと思われたかもです。失礼いたしました。

五色散り椿

一本の木に五種類の椿の花咲くという椿も見れたので、駆け足でしたが、丁度良い時に拝観させて頂いたようです。

平安神宮

お庭は桜が満開
結婚式をしていました

メシヤ様が平安神宮の近くにお宿を取られた時は、良く平安神宮にお寄りになられていらしたようです。四季折々の花が楽しめそうです。桜も見応えありました。

京都御所

京都御所は岡田茂吉教祖が立ち寄られたかたは定かではありませんが、今は見学予約をしなくても拝見できるようなっていました。広くてとても落ち着いた空間でした。京都市内としては人も普段から少ないらしいので穴場かもしれません。

哲学の道など

法然院の近くの哲学の道

例年はもっとすごい人出なのだと思います。

法然院近く
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