岡田茂吉 明主様 フランスのパリ・マッチ誌主筆 レモン・カルティユ氏夫妻と御対談 その2(栄光164号 昭和二十七年七月九日) | 岡田茂吉を学ぶ

明主様 フランスのパリ・マッチ誌主筆 レモン・カルティユ氏夫妻と御対談 その2(栄光164号 昭和二十七年七月九日)

世の苦しみを癒す手
フランスのパリ・マッチ誌 主筆レモン・カルティエ夫妻により
世の苦しみを癒す手として紹介された岡田茂吉教祖の手

 カ氏「キリストとかマホメットとか釈迦だとかああいう様な方々はやっぱり一種の神の使命を受けて此世に現れたので−」

  明主様「勿論そうですがああいう人達は神様から与えられた力が少ないんです。弱かった。ですから私の弟子でキリスト位の奇蹟を表わすのは沢山あります。ですから 私のメシヤ教は宗教じゃないんです。宗教では人類を救えないんです。只、宗教は 私が出る迄人類が救われる程度のつなぎであったんです」

  カ氏「バイブルなんかにキリストが、死んで三日目に蘇生させたとあり、信者は固く之を信じてますがカトリック信者にそう言わせる様にするには、やっぱり信者の人 を蘇生させる様な事を目に見せてやらないと信じないですが、そういう様な事が出来るので−」

  明主様「私の弟子で立派に出来ます。弟子で、一旦死んだ人が生き返る様な事をやってます。ですから、あなた方でも私の弟子になれば、キリスト位の事は出来ますよ」

 カ氏「言換えてみれば、兎に角死亡した者を再び生返す御力がお有りになるという事 で−」

  明主様「そうです」

  カ氏「お弟子さんでも−」

  明主様「出来ます」

  カ氏「キリストの様に、食物が無くなると食物を与えるとか、土地をもっと豊富にするという御力は−」

  明主様「出来ます。そういう事は沢山あります」

レモン・カルティユ氏夫妻と御対談  ”カトリック信者にキリストの霊が働きかける”

 カ氏「私としては是非全世界に弘まる事を非常に希望しますが−」

 明主様「無論そうなります。それからカトリック信者が今にメシヤ教信者になります。それは誰がそうするかというと、キリストがそうするんです。キリストの霊が みんなをメシヤ教の信者になる様にするんです」

 カ氏「カトリック信者が必ずそういう風になるという事は、何か−お告げか何かで御存知なので−」

 明主様「そうではない。私が何もそんなに働きかけなくても、先方で何うしても私に働きかけなければならない様にキリストが霊界から働きますからね。キリストでも釈迦でも、今迄私の生まれるのを待って居たんです。キリストも釈迦も予言者です。キリストは天国は近づけりと予言されたが、自分で天国を造るとは言わなかった。釈迦もミロクの世が来るとは言ったが自分が実現させるとは言わなかった」

 カ氏「基督教信者は自分の神様以上のものはないと信仰して居りますが−」

 明主様「そんな事はありませんよ。天の父があります。天の父が私の行る事です」

レモン・カルティユ氏夫妻と御対談  ”メシヤの降臨について”

 カ氏「キリストはメシヤであると−」

 明主様「メシヤではないです」

 カ氏「という事になっておりますが、カトリック信者が何ういう風に入って来るのでしょうか。二度目のメシヤ−。ユダヤなんかは未だメシヤが来てないと思って居るのですが降臨という事について−」

 明主様「それは私が精しくお話する事が出来ないです。私がメシヤの降臨とかキリストとすると、ワーッと来て仕事が出来ないです。今色々仕事があるし、書くのも沢山ある。私のバイブルですね。それが出来る迄は公然と言わないんです。だから、ぼかしてあります。そういう意味ですからね」

 カ氏「恐入りますが、出来れば御手の写真を撮りたいと思いますが−」
 
 明主様「良いですよ」(明主様がお手をかざしになるのを正面より写す)

 カ氏夫人「世の苦しみを治す手、という題で出します」

 カ氏「何時バイブルがお出来になりますので−」

 明主様「そうですね。来年あたり出来ますがね。それは『文明の創造』という本です。

 カ氏「出来ましたら、私達の方に成可く早く送って戴きたいと思います」

 明主様「それから今迄の出版物が色々ありますが、それをみんなあげます。その中には私の弟子でキリストと同じ様な事をした人の手記とか色々出てますからそれをお読みなさい」

 カ氏「英語で−」

 明主様「いや、日本語です」

 カ氏「非常に感謝して居ります。心から御礼を申し上げます」

 明主様「美術館を御覧になりますか。それから、之を言って置こう。此処に造ったのは、世界に天国を造る其世界の天国の極く小さい模型なんです。そういう意味ですからね」



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 御対談中終始和気藹々として、時折放たれる洒落にドッと笑う。特に面白いと思ったのは、ロジ・カルティユ夫人が明主様に「『世の苦しみを治す手』という題で出し度いから御手を写真とらせて戴き度い」と咄嗟に申し出た時である。全く奇抜な題ではあるとその機智に感心した。之に対して明主様は「あゝ、いいよ」と心易く横向いて手を翳されるとピカッとフラッシュが光る。まことに何のこだわりもなき流水の如き瞬間であった。御対談を終らせられて御退座、一行は美術館へと急ぐ、そこに再び明主様お出ましになり、御自ら御案内される。

 目を瞠る様な大きな部屋に、些か処狭しと思える程並べられた古今の名画、名器の前に、驚嘆の声を挙げたのも無理はないが、彼等としてどうして之程のものが集ったのか、疑問の焦点であったでありましょう。到頭
「どの様にしてお集めになられたのですか」と御質ねした。明主様はすかさず
「奇蹟ですよ」とお答えされる。
「実に驚嘆すべきものです。本当に奇蹟です」とカルティユ氏はいたく感激する。明主様は更に言葉をついで、
「私もそう思っています。死ぬ様な人が治って、非常に感謝して金をあげる。それが斯ういうものになるんです。命が助かったんだからね」と。カルティユ氏は成る程と肯く。そして、
「私達がこちらに参りましたのも小さい奇蹟の一つとして考えましても……」と洒落気たっぷりに言えば、
明主様「勿論そうですよ」と大笑い。
カルティユ夫人が茶器の並べてある処を覗いて
「これが一番良い様ですね」と指差せば明主様も
「この中で之が一番良いですよ。偉いものですね」と鑑識の程をお褒めになる。夫人は之等様々の名品に陶然として見入っていたが余り素晴しいので
「盗難の心配はないか」とえらく心配してお伺いした。明主様は気軽に
「別に何の心配もしません」とお答えになる。夫人は茶目気たっぷりに
「では心配がなければ、私が今晩入ってあの茶碗を取って行こうと思いますが」と言えば明主様は御笑いになり乍ら

「試に取って御覧なさい。神様がギューッとやりますからね」と。まことに愉快な一時であった。


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