大光明世界の建設 東方の光(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

 

 仏教では、娑婆即寂光之浄土と言う、此寂光と謂う事を有難がっているが、之は大(おおい)に間違っている。何故なれば、寂光とは寂しい光りである。それは、月の光りを指したのである。斯一事(このいちじ)を以てみても、仏教時代は夜の世界であった事が判る。故に、陽光の浄土とか、明光の浄土とか言うのが、本当の明かるい世界の事である。

 昔から、東方観世音菩薩と言い、西方阿弥陀如来と言った。観音は、東方の国、即日本から顕われる謎である、又、東方の光の言葉がある。之も同じく日本から、光が顕われると言う予言である。東から顕われる光は 勿論、太陽である。是等一々を考え合せた丈でも、観音と東方の光は、日本から出なくてはならない宿命である事が分ろう。

 大太陽が、一度出ずるや、月は光を失い星は光を潜むるのは当然の天体物質現象である。此天体現象に由って想像して見ても、今後に於ける事象を判断し得らるる筈である。

 法華経は、一天四海妙法に帰すと言っている。妙の字は、実は、明の字を秘めてあるのである。それは、観音が未だ現われていなかったからである。

 故に、此意味は、一天四海、日月神(じつげつしん)たる、観音の教に帰すると言う事である。即ち、之に由って万教は帰一するという予言である。

 皇太子殿下満御一年の、御誕生日たる昭和九年十二月二十三日の良き日に、第一号を発行した、「東方之光」という、本会の新聞が、全く偶然でない事を知るであう。

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