岡田茂吉 自観叢書13篇『世界の六大神秘家』「キリストの神秘性」昭和24年12月5日発行 日本観音教団編集部客員 須江孝雄 | 岡田茂吉を学ぶ

キリストの神秘性 (自観叢書13『世界の六大神秘家』昭和24年12月5日) 日本観音教団編集部客員 須江孝雄


   一、イエスの誕生とその背景

 イエス·キリストについての優れた研究は古来非常に多い。ましてやイエス·キリストに関する書籍などそれこそ汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)もただならぬものがある。
 けれども、根本的にいって、イエスとキリストとを全然同一視する立場と、一応イエスとキリストとを別けて考える立場との二つの異った見方があることもここに詳論する必要はない、以下に述べるところは、後者の立場に立ちながら、神秘家として、また偉大なる心霊能力の宗教的発現者としてみようとするものであって、しかもイエスについて比較的確実に知り得る資料とされている共観福音書を基にしているのである。
 さて、イエスは、西暦紀元前三十七年から約四十年間継続したヘロデ王の治世に、パレスチナの領土の一寒村に誕生したのである。イエスは大工の息子であった。パレスチナは小さな国であって、大きさは日本の四国とほぼ同じ位であった。けれどもそれはアジア、アフリカ、ヨーロッパに跨る橋のような場所にあったので、東西南洋を統一するべき宗教にとっては理想的な位置を占めていた。
 イエスの時代のパレスチナはローマ帝国の支配下にあったわけであるが、それは当時国勢が最高潮にあったときで、厳格と寛容とを織り混ぜて西欧諸国を統治していたのである。イエスはローマ帝国の黄金時代に生れたとはいえ、イエスが属していたのは被征服の隷属国民であって、ローマ人達は彼らを軽視と侮蔑の眼でみていたのである。
 イエスはユダヤ人であった。彼の故国の過去の歴史は光栄あるものであった。ところが、数世紀前からユダヤ人達はエジプトに奴隷として捕えられておったのであるが、彼らの偉大な指導者モーセが起ち上って、彼らを指導し、パレスチナの新しい故国へと向って砂漠を横断したのである。その後数年にして、ダビデ王やソロモン王の統治のもとに、彼らの王国は赫々(かくかく)としている点では西欧諸国のうちのどの国よりも勝るとも劣らぬものとなったのである。
 けれども、ユダヤ人の主なる偉大さは彼らの宗教的確信にあるとされるのが普通である。つまり彼らは、人類に与えらるべき特別な宗教的お告げを担っているものと感じたのである。そのお告げの要点というのは次のようなものであった。つまり神は唯一であって宇宙の創造者であり、その擁護者であり、また支配者であること。神霊があらゆるものに充ちていること。神は智慧の点においても正義なることにおいても、清浄潔白なることにおいても、力においても、慈悲においても、更にまた真実においても、完全なること。神は神霊であり、従っていかなる偶像も空想も神を崇める場合用いられるべきではないこと、などであった。
 さて、彼らは神をこのように倫理的な人格を持つものと考えていたので、人間の主要な義務は正しい生活を送って神に奉仕することだとされ、それを信じていたのである。いわゆるモーセの十戒なるものはその端的な表現であろう。ユダヤ人は隷属国民ではあったが、自分達にかつての偉大だった頃が再び帰り来るのを夢を捨てずいつの日か神はその救世主を遣わしてローマ帝国の支配からユダヤ人を解放してくれるものと信じていたのである。そしてその救世主に関する多くの説教が聖書の中に見受けられる。けれども、イエスが生れた頃には、彼の故国の人々はほとんど大部分、救世主というのは、神がこの世に遣わした超人間的な指導者であって、世界を審判し、悪人を罰し、善人に酬い、全世界を永遠にわたって統治するものと考えていたのであった。
 多くの人々はかかる救世主がすぐにも出現してくることを期待していた。イエスが住んでいたガリラヤ地方では、ローマ帝国からの独立意欲が殊に強かった。イエスが生れる以前には、国民的な指導者達が幾度か叛乱を起しては、その都度ローマ帝国の鉄腕によって鎮圧されていた。けれどもそのような勇しい愛国者達の不屈な精神は決して冷却しなかった。彼らは辛抱強くその解放者の到来を待望していたのである。
 このような歴史的背景の中へ、真面目な大工の長子として例の有名な奇蹟的懐妊を経てイエスが出生してくるわけなのである。


   二、イエスの洗礼及び復活をめぐる神秘

 そもそもイエスが説き始めた教えの核心というのは、「待ち望める神の国は近づいた、悔い改めて福音を信ぜよ」と言うにあったのである。その福音というのは、神を単に父として信頼し、その世界統治即ち神の国に属する市民として神意に随う正しき道徳的な生活を営む時に、神は愛と恵みとをもって、これを義なるものとするという救いの約束に外ならなかったのである。
 イエスのこの第一声を発する頃からの神秘性に関する話は聖書全篇を被っているが、殊に洗礼及び復活をめぐる神秘は、イエスの心霊能力と睨み合せて考えてみると非常に深い意味がある。イエスが三十歳に達したとき、パレスチナの最南部地方で目覚しい宗教的信仰の復興が起ってきた。あらゆる階級のおびただしい善男善女がヨルダン川の東、荒れた岩の多い砂漠へと続々つめかけ、ヨハネと名乗る預言者の説教に耳を傾けた。そして一人、また一人と洗礼を受けたのである。そのうちの一人にイエスがいたのであ
 イエスが洗礼をヨハネから受けようとしたとき、ヨハネは最初、「私こそあなたから洗礼を受けねばならないものですのに、なぜあなたは私のところにおいでになるのですか?」といってイエスに洗礼するのを拒絶したといわれている。するとイエスは、「今はそうして下さい、信仰生活のどんなことでも実行するのが私達の義務なのですから……」といって洗礼を受けたとされている。
 このようにして洗礼を受け、川から上って来たとき、イエスは以前よりも更に一層深く自分が神との間に持っている特殊な関係を認めたのである。換言すれば神よりの使命を今までにも増して深く意識するに至った。洗礼から復活に至るイエスの活動期間は比較的短いものであった。それは二年にみたぬものであったかもしれない。それにもかかわらず、その間には数々の神秘が充ち、またイエスの神霊力を証することのできる材料は豊富である。それも実にこの洗礼に始まるのである。
 イエスは自分の中に、他人は誰も持っていないある不可思議な力が躍動するのを感じた。神霊界からの通信を直下に感じ始めたわけである。この事を彼が意識した瞬間、彼は天が開け、鳩が舞い降りてくるのを見た。そして天の一角から一つの声がイエスの耳朶に触れた。それは、「お前は私の愛する子供である。私はお前に非常な悦びを感じている」というものであった。この日洗礼を受けた他の一般の人達にとって、この洗礼が意味したことは、単に彼らがいま迄の古い罪を捨て去り、新しい正義の生活に入ることであったわけなのだが、一方イエスにとっては事情が全く異う。彼にとってこの洗礼の意味したものは、神霊界との直接通信が開始される端緒であり、神がイエスに課した使命への献身ということであったのである。
 それではイエスこそ待望久しき救世主であったのだろうか。もし彼が救世主であるとしたらば、どんな方法で使命を全うしたらよいのか。このような問に対する回答はまだイエスにとって明らかになっていなかった。そこで彼は故国の昔ながらの習慣に従って、群集と喧騒とを後に、この問題について瞑想するため遠く砂漠の中へと入っていったのである。
 それから約四十日の間、イエスは荒野の僻地に孤独で残った。この間彼は食事も取らずにひたすら神に祈り、行く手に横たわる彼の使命に対する十分な覚悟を整えていたとされている。またこの間イエスは多くの誘惑と闘わなければならなかったことも伝えられている。荒野の僻地で孤独な神への祈りを断食しながら捧げているそのイエスに、襲いかかった多くの誘惑というものが霊的なものであったことは容易に追想できるところであって、帰幽霊などとの交渉もあったであろう。しかしそれらがいかなる種類のものであったかを詳細にここで実証する事は最早不可能の事に属してしまったが、それらのうち三つのものについては、後日イエス自身で弟子達に語っている。それが有名な「悪魔との問答」である。そしてこの際にイエスが行った返答がまたいかに心霊的な立場からなされたかに人は思いをひそめてみねばならない。
 イエスの断食期も終りに近づき、その最後の日に彼が食事を求めていたとき、最初の誘惑がやってきた。近寄ってきたのは悪魔のサタンであった。世にいう最高の悪霊である。その悪霊は、そこらに転ろがっている小さい平らな石を指しながら、「もしお前が神の子だというなら、その石に命令してパンにさせてみろ」と言った。するとイエスは、「人間というものはパンだけで生きているのではない、むしろ神の口から発せられるあらゆる言葉によって生きているのだ、ということが聖書に書かれている」と答えたのである。この歴史的事実を単に極く通俗的な解釈でみてさえも、物資的な恵みよりもむしろ神霊界からの通信の方が人間の心の本質的な糧として一層必要なのだと説かれたものと思われるのである。すると次に悪霊サタンはイエスを非常に高い山の頂上へまたたく間に連れていった。心霊的にやったことは勿論であろう。そして即座に世界の全ての王国をイエスに示しながら、「もしお前が平伏して私を崇めるなら、これをみんなお前にやろう」と言った。ところがイエスは、「人間というものは主の神を崇め、また神に仕えるだけのものだ」と返答した。
 これとても、悪霊サタンを崇拝する代償に、物質的世界の支配権を獲得したところで永遠の悦びを自分のものには出来ないのだという至極常識的な解釈すら成立する。ともかく、イエスが神霊界の実在をはっきり認めていた神秘力を示すものであろう。すると今度は、その悪霊がやはり心霊的にイエスをエルサレムに連れてゆき、ある寺院の高い尖塔の上に立たせて、「お前がもし神の子ならば、ここから飛び降りろ、神はお前を護るような役目を持っている聖霊を遣わして、お前の足が石で砕けないように聖霊達の手で受止めさせてくれる、と聖書に書いてあるから」と言った。するとイエスは、再び聖書の一節を引用しながら答えて、「お前は主なるお前の神を試してはいけない」と言ってきり返したといわれている。
 これら一連の物語りは、実にイエスの神秘的な心霊体験そのものをも現わしている。それが、聖書においては絵のような言葉で、イエスの生涯の使命に関する悪霊との闘争を叙述しているものであることは、ここに最早再説する必要はない。けれども、イエスに襲いかかって来た誘惑は、この荒野の僻地に起きた悪霊サタンとの心霊的な神秘のかけひきだけに尽きているのではない。それはあらゆる形の因縁関係を形成しながら、その都度都度に浄霊して征服しなければならぬ誘惑となって来襲したのである。そしてイエスは神秘的な心霊生活の涯に至るまで、彼がこの荒野の僻地で行った決断に対して文字通り誠実であった。その忠実さの故にこそイエスの肉体的な死が結果したことは聖書執筆者達が筆をそろえて書きたてているところである。
 勿論、イエスの馬小屋から十字架に至るまでの地上生活は非常に重要である。けれども特にイエスの神秘性を中心問題とするとき、人はイエス復活後の四十日間に現われた心霊現象の重大な意義に思いをひそめるべきである。
 マグダラのマリアは磔刑にされたイエスの死体をゴルゴタの丘(髑髏(されこうべ)の丘)へ引きとりにいった。そのときマリアは復活のイエスに遭うなどということを夢にも思ってはいなかったのである。ところがイエスは、「マリアよ!」と彼女の名を呼んだのである。復活の第一声である。マリアは師イエスの呼び声に電気で反射するように、「師よ」と言った。このマリアに、復活のイエスに身を投げかけようとするマリアに対して、イエスが言った言葉は実に意味深長である。「われに触るな。我いまだ父の許に昇らぬ故なり。我が兄弟たちに往きて「我はわが父、即ち汝らの父、わが神、即ち汝らの神に昇る」といえ」と言った。マリアの眼の前に、心霊科学上でいう「全身物質化現象」をとって顕現してきたイエスは自分に触れてはいけないと言ったのである。そこに人は現界と霊界の境にある決定的な断層を意識できるであろう。そしてその断層を超えてイエスの愛の神秘性がそこはかとなく意識することもまた不可能ではないであろう。




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