文明の創造

『文明の創造』科学篇「栄養」(昭和二十七年)

人間は食物に関しては栄養などを余り考えないで、只食いたいものを食うという自然がいいのである。其の場合植物性と動物性を都会人は半々位がよく、農村人と病人は植物性七、八割、動物性二、三割が最も適している。食餌を右のようにし、薬を服まないとしたら、人間は決して病気などに罹る筈はないのである。
ミニ体験記

[ミニ体験談]幼少期の風邪は浄化停止に要注意!

私は物心ついた頃からたまに風邪を引いていた記憶があります。ただ、ちょっと他の人と違うなと思っていた事は、一晩寝れば次の日にはいつも治っていましたし、風邪を引いて苦しいと思った事がありませんでした
教えの光

地上天国30号 教えの光 (温泉)昭和二十六年十一月二十五日

浄化促進ではない、反つて浄化停止である。温泉の湯によつては硫黄分が多い場合、皮膚から滲透して新陳代謝を停止する事と、病人などはそれによつて浄化作用を極度に停止するので、中毒や人によつては生命迄も危うくなる事がある
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病気の真因 (天国の福音 昭和22年2月5日)

凡そ人間が此世に生を享くるや、遺伝黴毒や最初に述べた天然痘毒素が主なるものとして種々の毒素を保有してゐる事は前項に述べた通りである。そうして之等の毒素の支障によって健康が完全に保持出来得ないから、生理的に体外に排泄せらるべく、断えず自然浄化作用が行はれるやう造られてゐるのが人体である。然し乍ら自然浄化作用が行はれる場合或程度の苦痛が伴ふので、その苦痛過程を称して病気といふのである。
御講話など

御講話 昭和10年10月11日

すべてもこのお天気と同じことでどんなにでも自由になる。しかも昨日もお話したように、十年十月十日ということですが、ちょうど越したのが一日で、その十日目にお祭りするなど一日も違わず、ピタリピタリと行っている。これが絶対力で、ただそれほどの力が目に見えぬから判らぬ。力というと目にも見える顕著なもののように思うんですが、力があればあるほど目に見えない。
メシヤ様の生涯

三度目のブタ箱入り(自観叢書九  昭和二十四年十二月三十日)

前項に述べたごとく、復活した私は一年有余の空白を埋めようとして一生懸命治療に励んだ。すると三年目の昭和十五年十一月またまた玉川警察へ召喚された。
メシヤ様の生涯

豚箱入り(自観叢書九  昭和二十四年十二月三十日)

当時、大日本観音教会(創立は昭和九年十月)の会長をしておった私は当時支部が埼玉県大宮市にあり、その支部長として武井某なる者が、大宮市にあった片倉製糸で女工千人くらいを収容していた大工場があった。その女工連中の病気を多数治した事から医師法違反に引掛り、武井が警察へ留置されると共に、その会長たる私が調べられる事になった
信仰

伊都能売の身魂  (地上天国三十五号  昭和二十七年四月二十五日) 

信仰上の争いもよく検討してみると、ヤハリ小乗と大乗、即ち感情と理性との相違からである。だから其場合、経の棒を半分短かくし、緯の棒も半分縮めれば一致するから、円満に解決出来るのである
栄光

大乗と小乗  (栄光81号  昭和25年12月6日) 

十字の真中に心をおくとすれば、千変万化融通無碍の働きが出来るのである。即ち心魂を中心におく時はいとも小さいが、一度経緯へ拡がれば如何程でも大きくなる。そうして経の働きは厳として犯すべからざる父の如く、緯の働きは自由自在で春の如く、何人も懐かしむ母の如くでなければならない。
御光話録

御光話録4号 昭和二十四年二月八日 (彼岸とお盆について)

位牌には始終留守居がゐて、それが戒名の所に憑依してます。人が拝むと多くの祖霊は集って来るのです。又臨時に拝む時は留守居がそれを受けます。又何か御供へして鐘を叩くと運ぶ役目の霊が出て来てその物の霊気を祖霊の所へ持って行って配る
ミニ体験記

 [ミニ体験談] 化粧をしなくなった私

化粧をしないことやパーマ液を使わないなどが「ミロクの世の一つの条件かもしれない」とメシヤ様がおっしゃっているのですから、これは私たちが心がけなくてはいけないかなり大事なことなのだと再確認させていただきました。
お蔭話

[お陰話]明主様のクリームに就いての御教えを頂いて (『栄光』230号 昭和28年10月14日発行)

御参拝させて戴きました折明主様の御教えにクリームの害の御教えを戴き、それにつけない方がお化粧したよりも肌が綺麗になるとの嬉しい御教えを戴き、かつてはハタケ故に止むなく止めたあらゆるお化粧も、今日となれば神様の有難い御守護であった事と分り心から感謝の御礼を申し述べさせていただきます
御教え集

立春祭 御教え *人間が善とか悪とか決めるのは大変な間違い(御教え集31号 昭和29年2月4日)

人間、特に信者は、善とか悪とか決める事は大変間違っているのです。又分るものではないのです。ただ、自分が良いと思う事をして居ればそれで良いので、人が善いとか悪いとか言う、それが一番危険なわけです。なにしろ世界人類を救うというのですから、開闢(カイビヤク)以来ない大きな仕事なのです。お筆先に「大きな器には大きな影がさす。だから器が大きくなければ神の仕事はできんぞよ」というのがあります
御教え集

*ミロクの世の一つの条件/女性の美(御教え集24号 昭和28年7月26日)

第一は、化粧品つまりオシロイやクリームを止めると、半年乃至一年は真黒で、南洋の土人みたいになる事がありますが、それを我慢して通り越すと非常にきれいになります。これはこの間のお蔭話にもありましたが、これは化粧できれいになったのと違って、透きとおってきれいなのです。
御教え集

御教え *神人合一という事(御教え集30号 昭和29年1月27日) 

非常に力も増したし、非常に良いのです。その代り時によると困る事や厄介(ヤツカイ)な事があります。自分のやる事が、いろいろな順序が違ったりすると、神様から気をつけさせられると言いますか、自分の神様が気をつけると言いますか、ちょっと工合の悪い事があります。一昨日お茶の先生が来て――私はお茶を習ってはいないが、お茶を点(タ)てた時飲むだけなのですが――茶席
メシヤ様の生涯

神様と私との関係 (地上天国57号 昭和二十九年二月二十五日)

以前のように神様に伺う事は必要がない事になったのである。というのは神霊は私の体内に在す以上、以前のように神と人との隔てが撤去され、神人合一の境地になったからである。つまり神即人である以上、私の行う事は神直接であるから、私の思うままを行ればいい事になったのである。
未発表

メシヤ様御言葉 *メシヤ降誕(未発表 昭和29年6月5日碧雲荘にて)

このメシヤというのは、世界中で最高の位なんです。西洋では王の王ということになってますが、キングオブキングスと言ってその位をもってるんです。だから、私が出てはじめて人類は救われるのです。たいへんな事件なんです。
御講話など

御講話 昭和10年10月6日 玉川鄕・・数字

昭和十年十月十日で、十十十で、これはたいへん意味があるんで、十十十と三つ重なると千になる。十が十で百、また十で千であります。つまり十百千になる。すべてそういうふうになるんであります
御講話など

御講話 昭和10年9月21日 (玉川の因縁、『観音運動』、彼岸、健康の根本)

心臓が絶えず霊気を吸収して血がきれいになる。これが本当の心臓の働きおよび霊気で、いままで未発見のものだったが、今度私が発見した。  要するに霊気が一番重要な役目になっている。要するに、観音力の療法は霊気療法で
文明の創造

『文明の創造』科学篇 「結核と特効薬」 ( 昭和二十七年)

薬の効き目とは毒の効目であるから、毒が強い程よく効く訳で、浄化停止の力もそれだけ強いから、症状が軽減するといふ訳で、特効薬として売出されるのである。然(しか)し何(いず)れは其の薬毒の浄化作用が起るから、毒の強い程浄化も強く来るといふ次第で、結果は一の苦痛を免れやうとする其の方法が、二の苦痛の種を蒔くといふ事である。それが薬学の進歩と思ふのであるから問題は実に大きいと言はねばならない
日本医術講義録

十、 恐怖心鼓吹の衛生学と黴菌の必要 ( 日本医術講義録 第一篇 昭和十年)

 凡そ、此世に在りとあらゆる物は、人類生活に対し、無益な物は一つもないのである。人間が今日迄の経験や学問により解釈して以て、有害だとか無益だとか決める丈であって、人類生活を向上させ、進歩発展を宰(ツカサド)り給ふ、神の御心に依らなければ、真実の意義は決して解らないのである
御光話録

*麻邇(まに)の玉,如意の宝珠/胎臓界,金剛界の意味(御光話録 昭和23年12月8日)奥付不明

胎臓界は「弥勒胎臓」と言って「弥勒」が未だ出現しない時代の仏教で、夜の世界のことです。金剛界は昼の世界で、金とは太陽の光のことであり、「弥勒下生」後が金剛界になるのです。
文明の創造

『文明の創造』科学篇 「自然を尊重せよ」 ( 昭和二十七年)

医学特に結核患者に対しては、安静を最も重要とされてゐるが、之は前にも述べた如く大変な間違ひである。ではどうするのが一番いいかといふと、何よりも自然である。自然とは自分の身体を拘束する事なく、無理のないやう気儘(きまま)にする事である
文明の創造

『文明の創造』科学篇 「結核と精神面 」( 昭和二十七年)

結核に就(つい)て、割合関心を持たれてゐないものに精神面がある。処が事実之程重要なものはない。誰も知る如く一度結核の宣告を受けるや、如何なる者でも精神的に一大衝撃を受け、前途の希望を失ひ、世の中が真暗になって了(しま)ふ。言はば執行日を定めない死刑の宣告を受けたやうなものである、
御講話など

御講話 昭和10年9月11日  <玉川郷(ぎょくせんきょう)>

今年の一月元旦にここを創(はじ)め、十月一日にはもう越せるというのは非常に早い。馬鹿に早いくらいであります。しかし、そういう順序になってしまったから、人間的の想像はぜんぜんできない。観音様は実にその変わり方も非常に妙を尽くしてやっておられる
日々雑感

[日々雑感] 浄化停止を重ねる事が肺炎をまねく! (新型コロナウィルスの話題騒然の毎日で思うこと)

先日、”新型コロナウィルスと御教え”をアップしましたが、『文明の創造』の「寒冒」の御教えもとてもわかりやすいと思うので、投稿しました。
御講話など

御講話 昭和10年9月1日

平凡な人間なら、学校教育をさすのもよかろうが、少しできると思ったら、学校教育をさせないほうがよいと思うのです。この点がいまの社会は間違っている。どういうわけかと疑問を受けますが、高等教育を受ければ受けるほど理屈に捉われる。世の中のことなんでも理屈つける。
景仰

「景仰」 ニコルスを感心させる

昭和二十四年二月、マッカーサー司令部のニコルス夫妻が、清水町仮本部へ来ました時、明主様は本教について、いろいろご説明されましたが、ニコルス氏は手のひらから目に見えない霊気が出ることに、どうしても納得がいきませんでした。
御光話録

<東西文化の融合する所が日本>(御光話録 昭和23年9月18日 奥付不明)

マッカーサー元帥の書簡の中に「東西文化の融合する所が日本である」とあったがその通りです。皆が附けてゐるバッヂの真中の赤は日本を表しそこで縦と横が合一してゐる形を表してゐるのです。
第九篇  「光への道」

玉川時代 (自観叢書九  昭和二十四年十二月三十日)

その屋敷の門から入り、庭に降り立つや思はず知らず、「こゝだ。」という声が出た。帰宅後一首の歌が浮んだ。『  月に好く   花にまたよし雪によき   玉川郷は天国の花』
日々雑感

会話形式の御教えに、適宜、見出しをつけることにしました。

こんにちはいつも、ホームページをご覧いただきありがとうございます。御教えをできるだけ部分的に出さないで、全文を載せたいと思って掲載を始めたのですが、御論文はタイトルがあるので内容が一目で分かるのですが、会話形式の御教えは、日にちだけではやは...
御講話など

御講話 昭和10年8月21日

観音様の信仰は、徹頭徹尾現当利益を主としている。どんな偉い人でも、死んでからの御利益がありがたい。現世では不幸だと言って、それをありがたがっている人はない。もし、現当利益の欲しくない人に金をやったとすれば、涙流して喜ぶでしょう。
御講話など

御教え *信仰の妙諦はここだけ/自然災害/現当利益/稲荷(御講話 昭和10年8月11日) 

陽気の不順なのは人間の心が不順で、変動が激しければ人間の心の変動が激しい。それがそっくりそのまま天気に出る。人の悪口を言ったり、悪いことを言ったりすると霊界が曇る。ある程度曇ると掃除されなければならぬ一つの法則ができている。従ってそれは風によって吹き払い、あるいは大雨によって水で流し、火によって浄化したりされる。もしそれが浄化されなかったら、ある程度まで人間は弱る。従って人類は栄えない。衰亡する
御講話など

御講話 昭和10年8月1日

伊都能売に至って本当に人間としての行いができる。今日文化とか文明とかいうけれど、実はまだまだ四ツ足から離れていない。いまの人間は警察や軍隊などなかったら、どうなるでしょう。泥棒、強盗、殺人などで、とうてい生きて行かれぬ。そこを考えると、まだ人間でない。サーベルだの捕縄のようなもので取り巻かれていなかったら、悪いことをする。それが怖さに悪いことをしない状態で、みんな本当でない。
御講話など

御講話 10年7月11日

今度は反対に中心から外部のほうへ向かってよくしていくんであります。それが観音会が麹町に生まれたゆえんなんで、麹町が日本の中心で、また世界の中心です。ですから麹町に出現する救いが本当のもので、これが魂であります。
第九篇  「光への道」

大本教脱退の理由 (自叢九 昭和二十四年十二月三十日)

之はよく聞かれるから、簡単ながら弁明する事にする。確か昭和二、三年頃だったと思うが、
文明の創造

『文明の創造』科学篇 「霊主体従」 昭和二十七年 

抑々人間とは体と霊との二原素の密接合致によって成立っているものであって、勿論体とは眼に見ゆる物質で誰にも判るが、霊とは眼に映らないものである以上、長い間分からなかったのである。処が確実に存在している一種のエーテルの如きものである。としたら方法によっては、把握出来ない筈はないのである。
文明の創造

『文明の創造』科学篇 「無機質界」 昭和二十七年   

唯物科学の到達し得た処の極致点が、現在の原子科学であるとしたら、其の次の存在である処の世界、即ち私の唱える無機質界が明らかにされたのであるから、科学上からいっても、実に劃期的一大進歩といえよう。そうして此の世界こそ曩に述べた如く、科学と神霊との繋がりの存在であって、今茲に説く処の此の文は、つまり科学界と神霊界との中間にある空白を充填した訳である。実に此の空白こそ今日迄科学者も、哲学者も宗教家も知らんとして知り得なかった処の、神秘的謎の世界であったのである
日々雑感

[日々雑感]新型コロナウィルスと御教え

今は世の中が極端にウィルスに敏感になってしまって、天然痘はもとより、30年ぐらい前までは当たり前に子供たちがかかっていた麻疹などまで、今では麻疹の患者さんが出たらニュースになる世の中なのですから、本当に困ったものだなーと心を痛めております。
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無機質界 (結核の革命的療法 昭和26年8月15日)

 之を一層判り易く言えば、唯物科学の到達し得た処の極致点が、現在の原子科学であるとしたら、其次にある処の世界即ち無機質界の発見に成功したのであるから、実に科学上からいっても一大進歩である
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霊主体従 (結核の革命的療法  昭和二十六年八月十五日)

無機質界と人間の病気との関係をかいてみるが、即ち無機質界とは吾々のいう霊界である。そうして人間は体と霊との密合一致によって成立っているものであって、言う迄もなく体とは眼に見ゆる物質で誰にも判るが、霊は眼には見えないが、立派に存在している一種のエーテルの如きものであって
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無機から有機へ (結核の革命的療法  昭和二十六年八月十五日)

病気の本体は霊の曇りであり、此曇りから黴菌は発生するという、其順序を詳しくかいてみるが、初め透明体である人霊に曇りが発生するか、又は濁血の移写によって曇りが出来る訳は、既にかいた通りであるが、然らば曇りから何故病菌が発生するかというと、曇りの濃度化が或程度に達するや、自然に超微粒子が発生する。此原理こそ最高科学であって
みあとしのびて

[みあと] 梅香り、国宝陳ぶ、熱海瑞雲郷にて愉しむ。

バスからはそんなに咲いているように見えませんでしたが、こんなに梅が咲いていました。まだまだ3月初めまでは楽しめると思うので、機会がありましたら是非、メシヤ様のお造りになられた梅園に足を運んで下さい。
結核信仰療法

黴菌の発生  (結核信仰療法 昭和27年12月1日)

  茲で一体人間の霊なるものは、何であるかというと、科学的に言えば非常に密度が高く超稀薄なものであって、現在進歩した原子顕微鏡でも、到底見る事は出来ない程の超々極微粒子であるにも拘わらず、之こそ前記の如く人間の本体であるから、全く想像もつかない程の神秘幽幻なものである。此理によって病原の最初は此霊の全部又は一部に曇りが発生する
御教え集

*「地上天国の模型」完成(御教え集23号 昭和28年6月7日)

今度の六月十五日は箱根地上天国の完成記念祭です。ですから此処は、つまり地上天国の模型が出来たわけです。それで地上天国というのはミロクの世ですから、今日ミロクの数字が出るという事はそれに関連した大変な意味になるわけです。
大経綸

最後の審判とは何か (栄光213号 昭和二十八年六月十七日)

世界的大清算であって、長い間溜りに溜った処の罪穢の浄化作用である。従って余りに穢(キタナ)くどうにもならないものは、地上から永遠に抹殺される外はないから、恐ろしいのである。
文明の創造

『文明の創造』科学篇「肺患と薬毒」 ( 昭和二十七年)

三期結核は薬毒病と言ってもいい位で、斯ういう患者を私はよく治療したが、その目的は薬毒を除るだけである。何よりも薬毒が減るに従って、漸次恢復するに見て明らかである。但し此の薬物を除る方法こそ私の発見した浄霊法である。
ミニ体験記

ミニ体験談:食べ物が喉を通らなくなった人に憑いた生霊を説得、食べることができるようになる。

苦しまれているSさんが、霊線を通じて分かっている人の所へ救いを求めて来られたのだと思うと話されていました。
文明の創造

『文明の創造』科学篇 「肺炎と結核」(昭和二十七年)

抑々肺炎と結核という病気の初因は、勿論感冒からである。というのは前項に述べた如く、折角感冒という浄化作用が発生するや、医療は極力停止させようとして、種々の手段を行う。之も既に述べた通りである
文明の創造

『文明の創造』科学篇 病気とは何ぞや「寒冒」 (昭和二十七年)    

毒素排泄作用の苦痛が病気であるとしたら、病気こそ浄血作用であり、健康上最も必要なもので、神の恩恵中最大なものと言うべきである。故に若し人類から、病気を取除いたとしたら、人間は漸次弱って、遂には滅亡に到るかも知れないのである。
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