御講話 昭和10(1935)年9月11日  <玉川郷(ぎょくせんきょう)>


 お話の前に、お知らせすることがあります。それをお話いたします。
 ご承知の通りだんだん進展してきますと、本部ができなければならないんでありまして、ご承知の通り、この家が仮本部となっております。そして、今年の一月元旦から仮に本部として使い始めたんであります。とうてい将来はもっと、ずうっと大きな本部ができなければならぬ。しかし人間がやっているんじゃないから、いくらこちらでやきもきしたところで、観音様のほうの仕度ができなければならぬ。
 応神堂を五月五日に引っ越して、いまの自観荘へ私が住むことになった。自観荘へ越してみると、どうもどっか本部となるべき所を、あらかじめ調べておく必要があると思われてしょうがない。六月五日の日が休みですから出かけた。それは玉川方面へ気が向いてしょうがない。それで、玉川沿岸の高い所を調べてみると、六郷橋から玉川の手前のほうの沿岸を調べてみると、砧(きぬた)という所があり、小田急の線路のじき手前なんですが、その辺までグルグルまわって歩き、家へ帰ったのが五時半だった。それでだいたいの地形だけ判ったが、どうもここという所がない。今度はおよそこの辺と思う所を、もう一遍調べようと思ったんで、その話を会長の竹村さんの奥さんに話したところ、会長さんはこれを聞いて、それは結構だ、また行きましょう、というので、十五日の日に出かけた。で、今度は無駄な所は、必要がないから、ここと思う所を通って歩いているうちに、竹村さんが玉川方面の御出身ですから、菩提寺に立ち寄って住職に聞かれたのです。それで先の亡くなった田(でん)健次郎という人、これは男爵で、いままで生きておれば一遍は総理大臣くらいになってる人で、その人の屋敷が売り物になってるということなんで、それを見ようと行った。そのときもここと思うようなとこはみなまわってみた。場所のいい所としては、岩崎別荘とか成城学園などまわったが、それらしい所はない。どうしても本部になる所は、ふつうの所とは違って、おのずからそうなっている所でなくてはしようがない。ふつうの畑や森などでは駄目であります。
 それで田さんの所を見ると、木の間からかすかに茅葺(かやぶき)が見える。それで、そこは竹村さんの親戚のまた親戚で、そこへ行って聞いてみた。そして見ると実にびっくりした。あんまりよくて立ちすくんだ。そして一も二もなく、これだと言って、これは用意してあったものだと言ったのです。それは庭の地形といい、また高さも一番高い所だし、全部で七千五百坪あり、特に半分がよく、三千二百坪というのが別になっていて馬鹿にいい。そこから見おろすとちょうど下は桃畑です。そこの所だけが桃畑で、そこよりほかは全部田圃で、その先が玉川があり橋が見え、そこから武蔵野の丘続きになっている。おそらく東京中探しても、あのくらいの眺望の位置の良い所はないと断言してもいい所であります。  ところで、ちょうど三千二百坪と四千二百坪と別々になっており、三千二百坪のいいほうは、そのときの向こうの親戚の話では面倒なことがあるから、四千五百坪のいいほうを手に入れるように言われたが、私としてはいいほうを先に手に入れなければならぬと思った。ところが、その御親戚は良いほうはまるっきり手づるがないと言われる。それから帰る早々玉川郷(ぎょくせんきょう)と名をつけた。
 しかし、これが全部手に入るには、二十万円くらいいるんですが、一文も金がないんですから、ここへ入れるなどということは、まるっきり空想に等しいことで、病気が治るよりも、もっともっと奇蹟がなくては駄目だ。しかし、どうしてもここに違いないと自分で決めた。これは決めるわけはないのですが、どうしてもそう思われる。すると、大森支部の岡庭さんの所へ病気治しに来た人があり、聞いてみると、田さんの長男の篤という人がそこに住み、男爵を襲名しているわけで、その病気治しに来た人は田さんの息子と、ほとんど君僕の友達くらいの間柄なのです。その人が聞いてみてあげましょうというので聞いてくれた。それがきっかけで、また見にも行ったりしてるうちに、奇蹟から奇蹟のうちに、とうとうその二百坪のいいほうだけ、今日手に入ることに話が決まった。そして決まってみると金もごくわずかで、個人としては算段のできるくらいの金で入れるくらいになった。いずれは建物も建てなくてはならぬが、ほとんど奇蹟の連続で入れることになった。
 最初は竹村さんが御親戚へ行かれるので、自動車を降りてると、清水さんが入る。私も入ると、家内は人の家へ入っては駄目だと言う。しかし通り抜け無用と書いてあるから、見てもかまわない。書いてあることなんだからと、そうっとおそるおそる行ってみた。清水さんがお庭を拝見さしていただきたいと頼みますと、どうぞご覧くださいとのことで、おっかなびっくり見たわけであります。
 その次に玉川のほうに安い地所があるというので、どうかと思って案内と一緒に行ってみると、たいした所じゃなく、ついでにそこへ行ってみようと行ってみた。そういうときに清水さんは、まったくいい意味で図々しいので、充分ご覧なさいと言ったんで、ゆっくりとよく見た。ところが見れば見るほどいい。たいていな家は、最初見たときはいいが、二度三度となるとアラが見えるものですが、見れば見るほどいい。しかしなんとも当てはなし、どうなるかと思いつつも話は進んできて、家の中を一遍見たらどうかと言うので、三度目に行って家の中をすっかり見た。すると、家の中も思ったより使い道になる。
 しかし、なにもこちらのほうでは入る当てもなんにもない。いったいどうなるかさっぱり判らぬ。そうするうちにだんだん話が進み、いろいろややこしくなったが、とにかく来る一日に越すということに決めた。
 今年の一月元旦にここを創(はじ)め、十月一日にはもう越せるというのは非常に早い。馬鹿に早いくらいであります。しかし、そういう順序になってしまったから、人間的の想像はぜんぜんできない。観音様は実にその変わり方も非常に妙を尽くしてやっておられる。いま約半分が手に入り、後半分は無論手に入ることになる。どういうふうに手に入るか、また、観音様がすばらしい奇策妙法を施されるだろうと思っています。
 あっちへ越したら見物だけでも価値があります。これから紅葉もいいし、なんだか遊山のようになりますが、藤もあり、これは東京第一だそうで、白紫と両方あって、今上(きんじょう)陛下が行幸遊ばされたときのお泊まりの部屋もあり、記念のため相当の方法をするつもりです。また、お手植えの松もあります。なぜそういういい所を、未だにそうして人が入らずにいたかというと、第一番にそのためで、陛下のお泊まりのお部屋は、うっかり普通人が入れば困る。そういう点が残しておく因(もと)になる。いままでに三度も話があったんですが、みなそのために破談になった。そういう重大な記念物的意味があり、田さんもやたらに人に後を譲れない。支那料理屋などもよい価で言ってきたこともあったが、そういうものには譲れず、今度観音会について先方は大いに喜び、欲得でなく譲る気になったものなんであります。



 陸軍のパンフレットが最近出ました。あれはよく問題になるものですが、それをある人から寄贈されて読んでみたところ、観音運動にある意味において共通した点があり、そのお話しますが、こういうことがある。
 世界と日本との非常時の根本が書いてある。なかなかおもしろく書いてあると思ったんであります。それはなんだというと、世界からいうと、世界を二つに分けて、二つの国に分けると、満足国と不満足国とあり、満足国は世界のあらゆる部分を分捕って、そして現状維持をどこまでもして行こうとしている。不満足国のほうは、国が狭いにもかかわらず人口が増える。それをどこかへ掃かなければならぬ。これは日本を指して言ったことですが、時勢はこういう具合にして、不満足国をそのままにしておくと、どこかの掃け口を求めて、利害の衝突ということになる。
 それがこの前に問題を起したためか婉曲に書いてある。国内においてもまたそういうように、現状維持派と、どこまでも積極的に進展して行かなければならぬという派で、どこまでも軋轢(あつれき)するという。これは非常に適切な見方と思う。
 だいたいに軍人は非常に頭がいい。政治家の意見など聞くと実に頭が悪いが、軍人のほうは非常にいい。それはなんだかというと、軍人は実際に国を思う念強く純なためで、私の心や、自分の党派の利益などということはない。本当に日本をよくしようという純情のために頭がいい。政治家はどうしても我党ということにとらわれる。政治家はうまいことを言いながら、結局において国家全体の利益よりも政党の利益を計り、また、政党の利よりも自分の利益を計ることになる。政党の利益を計っても、国家が進展すれば結構だが、今後の日本を背負って立つとしても、日本を進展さすという上において、ロシアがご承知の通り、ますます軍備を充実して支那に向かって働きかけている。これが支那全土を赤化するつもりで、だんだん勢力を増して行くことを考えたらじっとしておれぬ。
 米国は一九三一年になれば、日本よりも海軍力は非常に多くなる。どうしてもそれに対する国策をやって行かなければならぬ。で、それに対する国策をやってくれれば政党もいい。しかるにはなはだ微温的で、どうしても国を真に思う者はじれてくる。それが非常時となると書いてある。
 観音会がやってることは、現在は病気を救うこのことになっている。これがちょうど現状維持派に対しての改革をしようとしているのと同じで、ただこれは世間の非常時よりも危険はない。だれも心配したり傷つけたりすることはなく、反対に、かえって人が助かる。なぜかというと、病気に対する方法としては、西洋医学一点張りで固めている。網の目を張ったように一分の隙もないようにできている。これを正して病人がなくなり、日本人の体格が良くなればなにをか言わんやですが、講習を受けた人は特によく判りますが、西洋医学で満足すべきところでない、たいへんな間違ったもので、観音力のほうが馬鹿によく治る。先刻もどなたかのお話で、博士が親切に苦心に苦心しても治らぬというものが、岡庭さん所へ来てだんだんよくなったという話ですが、これからいうと博士と、素人同然のもので、少し講習を受けた人が、博士で治らぬものが治る。こういう事実が発生したからにはこれでみても現状維持では駄目で、一日も早く誤った西洋医学を改革しなければならぬ。
 それで、日本はどういうふうに進展したらいいか、先刻の改革派の問題意見も必要ですが、そういうことをするより、なによりも先に、まず人間が健康であること、日本人の健康が根本の問題ですから、どうしてもこれに向かって全力を尽くすことで、最初の手始めに、まず日本人を不健康から救わなければならぬ。
 近ごろの事実をみると、病人など衰弱して骨と皮になって死ぬのは少なく、丈夫でピンピンしていて死ぬ。床次(とこなみ)逓相などもたいへん元気で、もう少ししたら出庁せねばならぬと、書類を持って来いと言っていた翌日に死んだ。こういうこともたくさんある。
 これをみても医学はますます早く解決つけるようになってきたんじゃないかと思う。
 いいほうの解決をするには、なかなか難しく、悲観のほうの解決を……こういうことを思いきって書くこともしゃべることもできない。
 人間を助けることをオッカナびっくりしなければならぬ。さかんに人の寿命を縮めることを自由にしているほうは自由にしている。これが世界の満足国で、どこまでも現状維持派のやってることと同じであります。
 パンフレットにこういうことがある。強国がたくさんの国を擁して、それに反対し、また反抗の行動を執る者は、世界平和の攪乱する者……と、これはおもしろく言ってあります。先の軍縮の際の五対三というようなわけであります。
 世界の現状をみると、強国なら強国がたくさんの植民地を擁してる。ちょうどエチオピアのような場合に、その強国のやることに対し、すなわち現状維持派に対して反対のことすると、平和を攪乱するものとされるというわけです。
 また、こういうことが書いてある。世界の人口の少ない国や、資源の足りない国が、やむを得ず他に資源を求むるのに対して、他に求むることはならぬ。また、たくさんの人口、また国を持ってる国は、それを平均させることがなければ、世界の平和は絶対に来ない。これはまことに卓見で、これが最後の結論と思う。
 例えば、英国はあっちの濠州など持っていて、他国民の出入りを禁じ、アメリカは非常に大陸の移民制限をやっている。これは不合理であります。
 日本は世界一人口稠密(ちゅうみつ)な国で、たくさんに広い土地を持たねばならぬ国で、なんらかの方法によって移民をさせることにならなければ、絶対に世界の平和は来ない。これが最後の解決すべきことで、これをわれわれのやってることに当てはめてみれば、医者のほうでも民間療法でも、本当に病気の治るものならなんでもする。そして、お互いに人の助かるようにすれば、なんのイザコザはない。西洋医学より何十倍も治るものが出ても、それは用いない。ちょうどいまのこれも同じことであります。
 私の観音力治療と医者のほうと比べると、百対一で、現代医学が一なら観音力は百の割合ですから、どうしてもお医者を減らし、観音力で治すようにしなければならぬと思う。

 偶像崇拝ということを言われてる。昔から特にキリスト教のほうで言っている。なにか木仏でも金仏でも拝むと、偶像崇拝だという。そういう意味からいうと、キリスト教もやはり偶像崇拝です。天を拝しますが、天なら天として見えざる神を想像して拝する。やはりこれも偶像ですが、観音会はそうは言えぬ。観音様は生きた人間を使うから、生きた人間は偶像にならぬ。故に、あるいは今度の「観音運動」のために偶像崇拝ということを言ったんだと思うくらいであります。


 この前にお話しましたが、高等の学問を受けた人は割合に偉い人にならぬというお話した。近ごろよく論文などがあって、人物がだんだんなくなってきたと、床次氏が亡くなったについて新聞などの論説に出ているが、後その人に代わるべき人間がだんだん小さくなる。昔の原敬とか、伊藤公などのような人物は、その人亡くなると出なく、いまはなくなったと言っている。これは事実に違いない。
 ひとり政治家のみでなくして実業家芸術家などにしても、いままであったような優れた芸人や絵かきなどもたいへんになくなった。画のほうなども明治時代の名人としての雅邦、芳崖、是真など、また、最近にしても栖鳳、大観などの後継になるような人がない。芸人でも先の団十郎、菊五郎、左団次などに匹敵する人はない。今日若いからといっても、そう若いものでない。私は芝居をよく見たが、第一身体の威厳からして違う。団十郎などの身体の威厳はすばらしいものだった。団十郎はいまもって好きです。
 私の子供のときからみると、だんだんと人物が小さく平凡になった。それはどこが原因かというと、学問の発達で、そのため理屈に捉われるためで思うことができない。政治など理屈に外れたことをするのが偉い。それで人物が少なくなったのは、たしかに学問の発達のためで、その代わり中腹の人が多い。以前はくだらぬ者も多かった。ところが、今日はくだらぬ奴と偉い奴とがならされて、偉い奴もくだらぬ奴も少なくなった。ちょうど、山が谷になったようなものであろうと思う。

 観音様をお祭りして、トントン拍子におもしろいように行くものですが、どうかすると思うように行かぬことがある。そのときにフラフラとして変だと思うことがある。どういうわけかと言うと、どこかに間違ったことがある。そこを考えればよい。
 観音様は非常に几帳面で、間違ったことはお嫌いですから、もし思うように行かないときには、スラスラ行かぬとかいうときは、必ずどこかに違いがある。そこを直して行くと、またスラスラ行く。それを心得ておかなくてはならぬのであります。

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