岡田茂吉 昭和10(1935)年7月11日講話 | 岡田茂吉を学ぶ

御講話 10(1935)年7月11日

 ただいま宝島さんから非常に参考になるお話がありましたが、この天理教がそういうふうになった根本は神様のほうの原因がある。以前は病気も治りたいへんいい教えであったものが、どうしてそうなったか。これは天理教に限らぬ。あらゆるものが、そうなっております。
 阿呆文学もだんだんといろんな方面に材料にしてするつもりですが、ズンズンと『光明世界』に載せますから、グーグー寝てる人達に読むようにしてもらいたい。

  「貧乏製造宗」(御発表)

 こういうふうに宗教は貧乏を作る。どういうわけか、これがまだだれも気がついてない。天理教にしろ、あらゆる宗教にしろ、最初教祖の出たときはよい。信者の行いも正しかった。ところで、邪神界のほうでは二千年以前から大きい野望をしてる。それがフリーメーソンであります。新しい宗教とか、新しい思想とかが起ると、すぐにそれを狙う。そして、これもご承知のことですが、将来世界を自分のものにしようというために、ユダヤ人はいまもって国家を形成していない。キリスト教は表面ああなっているが、実権はユダヤ人が握っている。彼は最後にならなければ表面にならない。で、ロシアなどはまだ本当に表面に出ていない。奥の奥で操っている。フリーメーソンは各宗教へ働きかけている。そして世界の人間を残らずフリーメーソンの会員にしようとしている。そのため、金はみんな自分のほうへ吸いとってしまうというやり方で、ご承知の通りインターナショナルなどははっきりと貧乏を謳歌している。つまり、貧乏人を非常に待遇をよくし、金持ちには恐怖を与え、金持ちになるのをイヤにさす。
 日本なんかは最近だんだんそういうことは影が淡くなったように見えるが一しきり金持ちは非常に恐怖心を抱いたもので、それはできるだけ金持ちを造らず、その国家が富まぬようにする。これが彼らの重大なる方針で、金がなかったら国防や軍備などが充分にできぬ。彼の策略としては各国を貧乏にして、自国が大いに軍備を造るので、今日ロシアなど自国の軍備を世界一にならしめようとして、他国を貧乏にしようとしている。この方針はキリスト教も実はそれにかなっている。この前に、「金持ちの天国に入るは駱駝の針の穴を潜るより難し」という、これは有名な標語ですが、実はユダヤから出ているんで、金持ちにさせないためのもので、金持ちが一番恐い、金持ちがいると軍備をされるからです。
 天理教はご多分に漏れず、実はユダヤの悪魔が入ってきて、教祖はこれと戦って敗けているんであります。ですから天理教の神は実はユダヤの神であり、それがためにさかんに金を搾取する。実に残虐なものであります。また実にうまいことを言っている。第一に金はいっさいの罪穢とする。泥棒や人殺しをして貯めた金なら罪というのがあたりまえだが、あたりまえに稼いで得た金を罪穢というはずはない。
 さんざんに吸いとられて食うや食わずになると、天理教のほうでお助けとか、お授けをする仕事にまわされて、食うだけは食わしてもらう。これは純然たる宗教的共産主義で、まだまだほかにもそういう宗教があるんであります。仏立講なんかもそうであります。
 要するにファッショとか共産主義とかは恐ろしがって、政府も識者でもそれを弾圧しているが、滅亡しないといって苦心に苦心しているが、宗教が共産主義だとは宗教だけに気がつかない。それが気がつかぬだけに深刻で、これは善の仮面を被っているだけに厄介で、ふつうの共産党は悪を標傍しているからいいが、宗教は善の仮面を被っているんで始末が悪い。しかしいかにそうしようとも、日本には天照大神がおいでになる。天照大神様だけにはユダヤの邪神も共産主義もかなわない。観音様には天照大神の光と力が観音様を通して救われているのでありますから、ですから、そういうことが判るんでありまして、おそらくこれを知ったら世の中の人は驚くことと思う。
 もし信仰して貧乏になるような宗教ならば、全部ユダヤのものと思って差し支えない。あるいは貧乏人が、もしたくさん出たとしたら、それは邪教だとみていい。
 天理教はたくさんできたら日本はどうなるでしょう。現在でも八十億の赤字が出てる。現在どころか、国防さえも充分でないから、どうなるか判らぬ。でありますから、日本には金持ちをたくさんこしらえなければならぬ。そうすれば赤字公債などもなくなる。満州開発もできる。満州の開発が充分できれば、世界は日本に対してどうすることもできなくなる。そして白人を日本が教えて行く。そうすれば世界の平和は来る。世界の平和を築くのは日本人しかない。ヨーロッパのほうを見ても判るごとく、白人は闘争の人種でどうしても喧嘩しなければ承知しない。
 最近イタリア、エチオピアの喧嘩が始まってきかぬ。どうしてもエチオピアをとろうとしている。もっとも百八十年前エチオピアはイタリアを負かし、それから十年してまたイタリアは敗けたんで、ムッソリーニは今度こそ勝とうとしている。勝とうとしているのもいいが、まるで理屈もなにもない、それに対して国際連盟はどうすることもできない。
 日本の満州問題に対しても、自分の御都合よいことばかりして、どうすることもできない。善悪正邪は彼らには本当に心からない。ないからして日本が世界を支配しなければならぬ。それには日本が大いに力を持っていなければならぬ。そうすればどうすることもできない。日本に国防が充実すれば、ロシアもアメリカもどうすることもできない。それには日本の兵隊軍人がすばらしいものでなくてはならぬ。それには金をたくさん増やすよりしようがない。それには金持ちをたくさん造らねばならぬ。金力を潤沢にしなければならぬというのに宗教で絞ってる。
 それで天理教はどういうことに使っているか判らぬ。鉄筋コンクリートなどのお宮を造るかあるいは貯蔵するか。それくらいなものであります。これは資本の私蔵であります。経済学者もこういうことに目をつければいいと思う。
 実は日本を弱らせるユダヤの邪神がやっているのであります。でこの邪神の癖として、必ずいっぽうにエロ問題を起す。先刻宝島さんが言われた桃色問題を起すことがたくさんあると言われたが、これは当然なことで、各宗教はみんなそういう具合に邪神が占領している。ですから最初よくてもしまいにはだんだん崩れて行くんであります。
 今度観音会の教えは……教えと言ってもはまりませんが、いままでの習慣上判り難いから、教義を立てるんですが、それにつき「観音講座」というものを開くことになりました。
 いままでの宗教または宗教に類似のものにないものを発表するんで、これは、天地経綸の真相で神様が観音会によって光明世界を建設さるるという、あらゆる意味を発表さるるのであります。最初の一回だけは、私一人でやるつもりで第二回目からは、他の人が手伝うようになると思いますから……
 この講座はほとんどいままで聞かれたようなことのないことが多いのですから、一通りお聞きになれば、いままでの判らなかったことがほとんど判る。これはお釈迦様でも説かなかったことでありますから、これをお聞きになれば迷いがなくなるわけであります。これで迷う人はしようがない。
 信仰を宣伝されて判らないとか、もっと聞きたいとかいう人は、この講座にお出になったほうが一番よい。これは講義録はできない。ここへお出でにならなければいけない。ここの霊気に触れればよい。その人の魂が触れれば、居睡りしていても来なくてはならぬ。お聞きになるうちにその方の志望によって、将来講師になられる。講師として大いに働くことも、たいへん結構なことができますから、お聞きになって申し込むようにしていただきたいと思うのであります。
 この講座によって、各聖者、キリスト、釈迦、阿弥陀などの本体が判るから、これら聖者はいままで手形を発行している。いまに支払うと言ったのがいまもって支払えない。今度は観音会によって、その手形をみんな支払うんであります。観音様は几帳面で借金は嫌いなんで、人の借金なども払ってくださる。
 二、三日前にこういう話がありましたが、葱を食うと血がきれいになるとはどういう意味だかと言うのです。私は葱を食うよりも魂をきれいにしたほうが血はきれいになると答えた。これはつまらないようなことで、たいへん大きい意味で、いままでは血をきれいにするとか、身体をきれいにするのに外部からやったが、それは根本ではない。中心からやるのが根本なんであります。それが観音運動になる。
 日本が世界の中心で、日本の中心へほうぼうから、西のほうからいろんなものを持ち込まれてきた。これもそうであります。
 また病気治しでも外部的に薬とかラジウムとかレントゲンとか、太陽灯とかお灸とか、そういうものを使った。宗教や道徳も外部的に教え込んだ。これも葱を食って血をきれいにするということと同じことであります。
 今度は反対に中心から外部のほうへ向かってよくしていくんであります。それが観音会が麹町に生まれたゆえんなんで、麹町が日本の中心で、また世界の中心です。ですから麹町に出現する救いが本当のもので、これが魂であります。実際、陛下のお膝元から外へ遠心的に外部へ働きかけるので、実は、天照皇大神様のお仕事を天皇陛下がおやりになることになります。ところが、天皇陛下が病気を治したり、世の審判ができ得べきものではない。医学の革命とか、宗教の改革とか、そういうことはできない。陛下はどこまでも尊厳犯すべからざる地位であって、これは天照大神の御力によって観音様がいたされるよりしようがない。ですからお膝元でこの仕事が始まったわけで、御稜威(みいつ)八紘(はっこう)に輝かすということは、実は観音会のすることで、外国でできたあらゆるものの間違いを正していくんでありまして、それは光明によって、いままでの間違ったものが浮かび出る。はっきりする。
 世の中の人がいままで間違ったのは、明るくなかったからで、仏教の語に寂光浄土ということがありますが、寂光は月の光で寂しい光ですから、そんな寂光の浄土などを作られてはたまらない。薄暗い夜だから種々な間違いや悪いことが起る。どうしても太陽でなくてはいけない。要するに観音会は太陽の光で、陛下の御光を間配るようなものでありますから、どうしても麹町から始めなければならぬ。
 極楽などということはあまりおもしろくない。極楽は無為徒食の世界で、ただ座ってなにもせず字の通り極楽なところなんであります。気のきいたのはいやがる。蓮の台(うてな)といって蓮の台に二人で乗って、仲よく暮らすということがありますが、本当なんで、二人くらい乗れる蓮の葉があって、漕がなくとも思う所へ自由に行く。後はお説教を聞く。伝教とか弘法とかがお説教をする。とても楽だがおもしろくない。神の世界は進展主義で活気があるんで、神様のほうへまわしてくれという霊もありました。極楽とか寂光浄土とかはつまらない。神様のほうの光明世界がよい。これは光明世界の建設したりなどする、建設発展の世界であります。要するに寂光浄土などというと結構と思うが、実は、夜の世界なんで月夜のことで暗(やみ)よりはいい。そのときお釈迦様の時代は暗だったから、月の光でも結構だった。

三の数字

 今度、宣伝使の位は小宣使、中宣使、大導師となり、これが各三つになり九階級になります。その一番上に救世主が乗るので、これが五六七の世の型であります。
 五六七の世はすべて三階級で、三階級がまた三つになる。学校も小学、中学、大学というようになり、小学三年、中学三年、大学三年と三年ずつで九年になる。
 すべてあらゆるものは三六九になる。
 三三九度の盃など不思議に合っておりまもりであります。

    *小見出しはHP構成上、こちらでつけました。

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