大経綸

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黴菌の発生  (結核信仰療法 昭和二十七年十二月一日)

  茲で一体人間の霊なるものは、何であるかというと、科学的に言えば非常に密度が高く超稀薄なものであって、現在進歩した原子顕微鏡でも、到底見る事は出来ない程の超々極微粒子であるにも拘わらず、之こそ前記の如く人間の本体であるから、全く想像もつかない程の神秘幽幻なものである。此理によって病原の最初は此霊の全部又は一部に曇りが発生する
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御教え集23号 昭和二十八年六月七日 「地上天国の模型」完成

今度の六月十五日は箱根地上天国の完成記念祭です。ですから此処は、つまり地上天国の模型が出来たわけです。それで地上天国というのはミロクの世ですから、今日ミロクの数字が出るという事はそれに関連した大変な意味になるわけです。
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最後の審判とは何か (栄二百十三号 昭和二十八年六月十七日)

世界的大清算であって、長い間溜りに溜った処の罪穢の浄化作用である。従って余りに穢(キタナ)くどうにもならないものは、地上から永遠に抹殺される外はないから、恐ろしいのである。
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御教え集31号  昭和二十九年二月六日  立春祭 

今年の節分は非常に意味があるのです。私としても非常に大きな奇蹟があったのですが、それはまだ言うわけにはゆきませんが、いずれ話をします。この節分という意味は、大本教と非常に関係があるのです。ごく古い、神代というのですが、神代と言っても、空漠(クウバク)たるものでなくて、神格を得た人間が住んで居た時代で、いわばの前の昼間の世界といったようなものです。
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或る神秘(井上茂登吉先生)  読後のお言葉  (地上天国二十五号  昭和二十六年六月二十五日) 

それは今度の事の為神様が名を付けられたのである。全く井上氏のいう如く、彌勒を生むという意味である。又小さい観音様があったのは、観音御生誕の型を神様は知らせる為であった。
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『神幽現 三界の御経綸』 (観音講座 第六講座より)

今度、愈(イヨイヨ)光明世界になるのは天照皇大神が出現になられる岩戸開きがあるのであります。昭和六年六月十五日、私が房州日本寺に天照皇大御神を御迎えに、大勢の信者さんを御供にして参詣に行ったのであります。此の時大神様が霊界へ御出現なられたのであります。
2020.02.18
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御教え集18号 昭和二十八年一月三日③ (大芝居)

建設が進むに従って破壊も進んでいくというわけです。ここのところに実に微妙な神様の経綸があるのが分ります。それが分らないで見ると、何がなんだか見当がつきません。つまり芝居なら筋書ですが、それを救世教信者は分っていて見るから、つまり芝居の役者でなく見物人、お客様の方です。
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『文明の創造』総篇 地上天国(文明の創造 昭和二十七年) 

此の様な末期的惨状を、神としてそう長く放任して置けないのは当然である。という理由と、来るべき理想世界の住民としての健康人を作らんが為との、二つの理由によって茲に医学の迷妄を発表するのである。
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霊層界 (自観叢書三 昭和二十四年八月二十五日)

霊界の構成は曩に述べた如く、天国、中有、地獄の三階段が三分されて九段階となっており、一段は又二十に分れ、一段階二三ンが六十段となり、三六十八即ち総計百八十段となる。私は名づけて霊層界といふ。
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御教え集5号  昭和二十六年十二月二十三日  御聖誕祭  その2

それから、五六七の世に就いて、「文明の創造」の天国篇を書始めたですが、天国 篇の最初の――大体基礎的の意味ですね。そう言う事を書いたんですが、今読ませます。
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「文明の創造」 天国篇(栄百三十七号  昭和二十七年一月一日)

私は科学篇、宗教篇を次々かいて来たが、之から最後の天国篇をかくのである。併し此所論は真の意味に於ける前人未説のものであって、文明世界設計の根幹ともなるものである
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『文明の創造』総篇  悪の発生と病 (文創 昭和二十七年)

前項の如く悪の九分九厘に対して、善の一厘が現はれ、絶対神力を揮って既成文化を是正すると共に、新文化を打ち樹てる。早くいえば掌を反えすのである。之が今後に於ける神の経綸の骨子であって、其破天荒的企図は想像に絶するといってよかろう。
2019.12.17
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御講話 昭和10年5月1日

病気の原因は一つですから、その病気の原因というのは罪穢であります。それで、その罪穢を除(と)る機械ができれば、病気はみんな治るのであります。治す方法は一つなのであります。その人の弱い所へ罪穢が溜まり病気になるのですから、その罪穢を除る薬なり、機械ができればよいのであります。それは、薬や機械では除れぬ
2019.12.02
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御講話 昭和10(1935)年4月5日

天津金木(あまつかなぎ)は、天照大神様が押し込められしためお身代わりとしてお作りになり伝えられたるものにして、これが判れば、森羅万象すべてのことはみな判るのである
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自観叢書第3篇『霊界叢談』序文 昭和24年8月25日発行

そもそも今日学問も人智も進歩したというが、それは形而下の進歩であって、形而上の進歩は洵(まこと)に遅々たるものである。文化の進歩とは形而上も形而下も歩調を揃えて進みゆくところに真の価値があるのである。文化が素晴しい進歩を遂げつつあるに拘わらず、人間の幸福がそれに伴わないという事は、その主因たるや前述のごとく跛行的進歩であるからである。これを言い換えれば体的文化のみ進んで、霊的文化が遅れていたからである。
2020.01.12
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⦿(ス)の文化 (栄光百七十三号 昭和二十七年九月十日)

言い換えれば九分九厘の悪を一厘の善の力で往生させるという意味である。恰度○全体が黒く塗りつぶされようとする時、チョン一の力で、反対に黒を消して白全体にして了うので、之を世界的にいえば空虚な文明に実を入れる。即ち魂を入れるのである
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文明の創造 総篇 序文(文創 昭和二十七年)

此の著は歴史肇って以来未だ嘗てない大聖著であり、一言にしていえば新文明世界の設計書であり、天国の福音でもあり、二十世紀のバイブルといってもよかろう。即ち現在の文明は真の文明ではなく、新文明が生まれるまでの仮の文明であって、聖書にある世の終りとは、この仮定文明世界の終りを言ったものである。また今一つの“普く天国の福音を宜べ伝えらるべし、然る後末期到る”との予言も、この著の事であろう。
2020.02.10
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全人類待望の炬光 大聖観音力の顕現 併而仏説の開扉 (東方の光三号 昭和十年二月二十三日)

古来仏誕の国、印度に於いて面白い伝説がある。正法千年、像法千年、末法千年であって、今日は正像の二千年が過ぎ、已に末法に入って六百年を経過してゐる訳である。
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千手観音様の霊写真に就て (光明世界一号 昭和十年二月四日)

昭和九年十月十一日、午後二時頃、全く未知の人、東光男なる名刺を持って、面会を求められた。余は、その姓名を見るや、興味を覚へ、早速、面会に及び、其来意を訊ねたるに、同氏曰く、「自分は予(カネ)てより、霊感に依って「観音力所有者」を探しゐたり、而(シカ)も本年は、自宅より東方に方(アタ)って、見当るとの霊感ありて、
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世界救世(メシヤ)教教義 (救世五十三号 昭和二十五年三月十一日) 

抑々、世界の創造主たる主の大神(ヱホバ)は、此地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行はせ給いつつある事を吾等は信ずるのである
2019.11.13
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