医学の本体(栄光195号 昭和28年2月11日) 

現代医学が如何に幼稚なものであるか、又如何に恐るべきものであるかは、常に警告している通りで、左の御蔭話はよくそれを立証しているから、これを読んだならその誤診の甚だしいことと、手術の結果は反って色々の余病が発生し、遂に死の一歩手前にまで追詰められるその経路がよく分るであろう。このような例は今日日本だけでも、何万何十万あるかわからない程であろうが、当局も専門家も、智識階級も全然知る由もなく最も進歩した医学と思い込み、奨励さえしているのでるから、神様は如何に悲しんでおられ給うかと、御察しする次第である。観音様の又の御名大悲菩薩と唱えられるのも、御尤ごもっとも千万と思うのである。

枯れ木に花を咲かした御浄霊の偉力

『栄光』195号、昭和28年2月11日
 S市 K大教会 H.T(61)


 謹みて、枯木にも等しいと医者に見放された命をお救い頂きました絶大なる御守護の程を、溢れる感激と共に御奉告申し上げさしていただきます。

 思えば身体の変調に気づきましたのは二十七年三月下旬頃でした。四月に入ると共に起きている事が苦しくなり床につきましたが、これが死の淵まで行く大病の最初でございました。

 無論医療には万全を尽し主として、胃腸薬、マイシン、三、六粒を三回、最初は薬効あらたかで、具合よくなっておりましたが、日を経るに従って効を現さなくなりました。食事は重湯から一週間たっておかゆ、又ぶり返して重湯へもどり、一時よくなり又、と言うように繰り返す事幾度、こんな風では自宅療法はおぼつかないと思い、市内某大病院内科に入院加療の身となりましたのが、五月中旬でございます。

 主任の博士の診断では「胃癌であるから手術すれば一ヵ月で治る。手術しなければ三ヵ月かかる」と申しますので、何ヵ月かかっても切りたくないと思っておりましたところ、レントゲン三回撮った結果、「どうも胃か腸の一部に悪い物が認められる。腸内か外か、はっきりしないが、どちらにしても切開より外に処置なし」との強硬な診断で、万止むなく手術の一大決心をしました。誠にその時の気持は命を落すか落さないかの一大岐路ですので、非常な決心が必要でございました。

 三、四日後、手術を受けましたが、二時間程かかると言われたのに三十分で終りました。切開は胃の上部から、臍下二寸までほとんど、全腹と言える程切り、十二針縫ってあります。結果は「胃癌でなく十五糎センチ程の腸の癒着であり、肝臓も悪くなっている」との事でした。

 経過は意外にも腹膜に水が溜り出し、尿が出なくなり、日一日膨れは増すのみで、尿は血尿となり、苦痛がひどくなって参りました。

 注射は静脈、皮下、日に両方を二本から四本うち、衰弱は日とともにはなはだしくなり、二十日後には食物を充分に取らぬよう禁ぜられ、その結果は衰弱の極に達し身体の自由もきかなくなってしまいました。一カ月目はお腹は益々膨れ、尿は出なくなり、苦しくて堪えられず、無理に押し出しては身体の疲労を増すばかりでした。医師側では家内一同に、「年ではあるしお腹は薬では減らないし、治しきれないから近い親類には知らせて置くように」と、すっかり見放されていたのでした。無論家族は私にかくしておりましたで私は夢にも知らず、フト思いついた出産の時に出血を止める注射を看護婦にしてくれと頼みましたところ、二、三本うってくれ、それで血尿は無くなり栄養と言われる食事をとり幾らか元気付きました それまでには十二人の人の輸血を受けています。私自身としてはもう病院にいるのが嫌で早々に退院し、家へ帰り着いた時は実にホッと生まれ変った思いが致しました。

 家に帰って間もなく、ひどい黄疸となり、その色の激しいことは着物にうつる程でした。痒かゆみも物凄くひどうございました。

 家族の者が心配の余り再び病院に訴えましたところ、博士いわく「あなたのお父さんは肝臓が悪い上に腹膜の水はひかないし、年ではあるし、まあ気の毒だが枯木に水をやるようなものだ、枯木に水やって芽を吹いたためしはない」とまで極言致しました。死の宣告が下されたのです。私は日に日に体はだるく、元気は無くなり苦痛ははなはだしく、家族の者は毎晩寝もやらず看病に尽しましたが、苦痛は増すのみとなりました。その頃私の家におられた救世教の信者の宮崎キヨ様からお道の話を家内が聞き、その夜催された座談会に息子が出席致しました。

 席上多数の信者の方々から「理屈はぬきにまず御浄霊を戴きなさい」と熱心に奨められました。初めは私は信用出来ませんでした。それと申しますのが、何十万もの金を注ぎ込んで、なお治療出来なかったこの病気が、そんな事で治るはずはないと思ったのです。ですが息子始め家内一同熱心に奨めますので、翌日教会に御出張お願い致しました。

 御浄霊いただきましたところ意外にも何とも言えず爽快な気分となり、又その折のお話に「信じなくとも構わぬ、治していただいて、ああ、命をいただいた有難いと思った時、信仰する心になるのだから」との今までに無い幅の広い教えに成程と引かれるままに、三日後には、何と自分で歩いて(十分ほどの道のりです)教会へ御参詣さしていただくことが出来ました。その後は大変な速度で日に日に爽快感は増すばかりとなり、細々した仕事もして見たくなり、一カ月後にはすっかり健康体の人と変らない顔つき体つきにならせて頂きました。その後二、三回下痢のお浄化もいただき、引続き入信のお許しも頂きました。

 この有難さ、この溢れる感激、喜びはとても書き現すことも出来ません。

 明主様の御前にただただ有難うございますと、ひれ伏すのみでございます。

 明主様誠に有難うございました。それから話は元へ戻りますが、退院後黄疸で苦しみの最中、かねて知合の唐津の鍼灸師、藤本氏(九州鍼灸会会長兼佐賀県会長です)が所用で出佐の折、家に立寄られ、その時肝臓腎臓が悪いからとお灸をすえて貰い、「二十日したら来るからその間お灸に精出すように」と約して帰り二十日後再び来られ、私を一目見るや非常な驚きを示し、色艶、動作総てが俄然、健康人そのものになっているので「どうしてそのようになることが出来たか」と熱心に問われ、御道のお話を諄々じゅんじゅんとさしていただきましたところ「フーム救世教の御浄霊の御力には驚異の外ない」と感嘆し「今度は診てやる積りで来たが、その元気な現実の姿を見て一切の道具を出す必要はない」と感激一入の様子でした。

 「今食事は何でも甘い物でもお酒でも好きなようにいただいて良い」とのことに、何でも安心して沢山いただき、普通の人が見たらつい先頃までの大病人とはどうしても思えぬ体にさしていただきました。

 私はこの偉大なる一大事実を世の多くの病いに喘ぐ哀れな人々に知らせるべく努力さしていただいております、家族の者も日々感激の裡うちに過ごさして頂いております。

 私はもやし製造業でございますが、この頃は工場にも出入出来るようにさしていただき、製品もだんだん向上の一途をたどらして頂いております。

 明主様誠に有難う存じます。幾重にも御守護の程、御礼申し上げます。

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