岡田茂吉 [日々雑感] 昭和25年は、破壊と建設、正邪の戦い真っ只中! | 岡田茂吉を学ぶ

[日々雑感] 昭和25年は、破壊と建設、正邪の戦い真っ只中!

 こんにちは、
 御論文「霊的に観たる熱海の大火」はお読みいただきましたでしょうか?。『自観叢書』の発刊と同じぐらいの時期なので続けて掲載してみました。また、「子供の不良化」「平均浄化」も同じく『救世59号』の第一面に掲載されていた御教えです。今までに何度も学ばせて頂いた御教えですが、昭和25年2月4日立教の頃に発表された御教えなのだなーと感慨深く読ませて頂きました。

 また、《『東方の光』 下巻 より》 熱海大火で火事で奇跡的に焼け残った新聞を掲載させていただきましたが、その紙面は「救世」59号の二面になります。

 昭和25年は大変な節目の年だったようです。以下「東方の光」より抜粋させて貰いました。

教祖は昭和25年(1950年)1月号の『地上天国』誌で、

「愈々(いよいよ)1950年、昭和25年の年になった。というだけならいつもの年と変りはないが、実は今年こそ吾等からいえば大変な年である。という事は吾等の唱導する処の夜の世界が昼の世界に転換する、その節(ふし)に当たるからである。」

と書いている。その言葉を裏付けるように、この年、教団の内外に大きな事件が相次いだ。

一月には教祖の高弟、中島一斎が帰幽。
・二月四日、立春を期して「世界救世(メシヤ)教」が創立され、
・四月には、熱海市中心の大半が焼失するという大火が起こった。次いで
・五月には教団の熱海・清水町仮本部をはじめ、教祖の住んでいた熱海・水口町の碧雲荘などが突如家宅捜索を受け、
・間も無く教祖自身が留置されるという事件が発生した。
・しかもその留置中のことであるが、後に詳しく述べるように、教祖は、みずからの神格についてきわめて重大な神秘体験をしたのである。
・朝鮮戦争が起こったのがさらにその翌月の六月のことであった。

『東方の光』 下巻 p249 より (箇条書きに編集させてもらいました)

「世界救世(メシヤ)教」を開教し、本格的な神業を推進するにあたって、教祖は、

「私が御神業に身を投じた抑々(ソモソモ)の第一歩は昭和三年(1928年)二月、節分の日であったから、今年で恰度(チョウド)二十三年目である。此二十三年間に基礎工事が成ったので、愈々本格的に発足すべく陣容を整え、世界人類救済の大旆(タイハイ)を翳(カザ)して、本格的活動に入らんとするのである。言はば今迄は楽屋で扮装していたようなもので、扮装が出来上ったので、茲に舞台へ登るようなものである。」

と書いている。

『東方の光』下巻 p252 より

 此の大変な節目の年、昭和25年は、正邪の戦い、破壊と建設のまっただ中といった感じですね。信者さん方も、強い信念を持って、良くメシヤ様についていかれたものだなと思います。

 その当時と比べ令和の今は、舞台の幕も開いて、ミロクの世のはじまり!はじまり!と言った処でしょうか・・・。
いや、いや、でもまだ舞台に登場する役者が揃っていないから、私がアルバイトでビラを配って役者を募集しているといった処でしょうか・・笑。
 早く役者が揃わないと・・・。
 ・・・・舞台がはじまらない。
 
我こそはと思う人は是非、直接メシヤ様に申し出てくださいネ。
ミロクの世のメンタルテストがあるかもしれませんね・・・笑

私はアルバイトのチラシ配りなので詳しい事はわかりません。
直接メシヤ様にお尋ねください。
 
             八尾屋


タイトルとURLをコピーしました