開設にあたって

世界救世教早わかり

救世主 (世界救世教早わかり 昭和二十五年十一月二十日)※再掲

救世主とは何か、いう迄もなく文字通り世を救うべき大使命を負って生れたる大聖者であって、事実は歴史有って以来、未だ顕現したる事のないのは勿論である。之に就て私自身の偽らざる告白を、赤裸々に露呈し、現在私が行いつゝある聖業に就て書いてみようと思うのである。
メシヤ様の生涯

宗教となる迄 (自観叢書九 昭和二十四年十二月三十日)

戦時中の事はあまりかく必要がないが、兎に角、奇蹟の多かった事は素晴しいものであった。戦禍による災害を蒙ったものは殆んど一人もないといってもいい位だ。雨霰と降る爆弾が其人をよけてゆき聊かの被害もなかった話や、煙に取巻かれ、進退谷った時、道案内するかのように、煙の幕の一部に人の通る位の間隙が出来た事や、飛行機から機銃掃射をされたが、弾はその人を除けて前後左右に落下した事など数限りない生命拾いの体験を、毎日のように聞かされたものである。
メシヤ様の生涯

運命の転換 (自観叢書九 昭和二十四年十二月三十日)

昭和十五年十二月一日愈(イヨイヨ)よ治療をやめ、いはば一個の浪人となったのである。それは寧(ムシ)ろ霊的にみて、一段階上った事になるので内心は喜ばしく思ったのである。というのはそれまで治療という極限されたいはば、第一線に於る体当り的兵隊の仕事であったからでもある
メシヤ様の生涯

一つの苦しみ  (救世六十五号  昭和二十五年六月三日)

その中で最も苦痛なものを一つかいてみよう、これは言う迄もなく現代医学に関しての事であるが、之に就ては私は長い間口に筆にその医学の誤謬を指摘して来たのであるが、本当を打明けていうと今日迄思い切って赤裸々には言へなかったのである、出来るだけ加減をし刺戟を避けるように注意し来ったのである、何となればもし真実をはっきり露呈するとしたら大変な事になるかも知れない懸念があったからである、然し仮に発表したくも神様から時期が来る迄は固く禁じられていたからでもある。
メシヤ様の生涯

三度目のブタ箱入り(自観叢書九  昭和二十四年十二月三十日)

前項に述べたごとく、復活した私は一年有余の空白を埋めようとして一生懸命治療に励んだ。すると三年目の昭和十五年十一月またまた玉川警察へ召喚された。
メシヤ様の生涯

豚箱入り(自観叢書九  昭和二十四年十二月三十日)

当時、大日本観音教会(創立は昭和九年十月)の会長をしておった私は当時支部が埼玉県大宮市にあり、その支部長として武井某なる者が、大宮市にあった片倉製糸で女工千人くらいを収容していた大工場があった。その女工連中の病気を多数治した事から医師法違反に引掛り、武井が警察へ留置されると共に、その会長たる私が調べられる事になった
メシヤ様の生涯

神様と私との関係 (地上天国57号 昭和二十九年二月二十五日)

以前のように神様に伺う事は必要がない事になったのである。というのは神霊は私の体内に在す以上、以前のように神と人との隔てが撤去され、神人合一の境地になったからである。つまり神即人である以上、私の行う事は神直接であるから、私の思うままを行ればいい事になったのである。
文明の創造

『文明の創造』科学篇「病気とは何ぞや」(昭和二十七年)

愈々之から病気についての一切を解説する順序となったが、抑々病気とは何かというと、一言にしていえば体内にあってはならない汚物の排泄作用である。従って体内に汚物さえなければ血行は良く無病息災で、年中溌刺たる元気を以て活動が出来るのである
メシヤ様の生涯

大森時代 (自観叢書九  昭和二十四年十二月)

愈よ全身全霊を打込み、神の命のまま進む事となった。何しろ神の意図が半分、自己意識が半分というような訳で、普通人より心強い気もするが、普通人より心細い気もする。勿論それ程の経済的余裕もなく、先づ数ケ月維持する位の程度しかなく、確実な収入の見込もない、実に不安定極まる生活ではあるが、然し絶間ない奇蹟や神示の面白さで、経済不安など忘れて了ふ程
メシヤ様の生涯

はしがき (自観叢書第九篇 「光への道」 昭和24年12月30日)

之は私の自舒伝である。最初わが半生の記と名づけたのであるが「光への道」の方が感じがいいのでそう名づけたのである。私の前半生は洵に平凡で世間ありふれた経歴で、面白くないから書かない事にしたのである。
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祖霊と死後の準備 (自観叢書三 昭和二十四年八月二十五日)

世間よく仏壇を設置するのは長男だけで、次男以下は必要はないとしてあるが、これは大きな誤りである。何となれば両親が生きているとして、長男だけが好遇し、次男以下は冷遇または寄付けさせないとしたら、大なる親不幸となるではないか。そういう場合霊界におられる両親は気づかせようとして種々の方法をとるのである。そのために病人が出来るという事もあるから注意すべきである。
光明世界

千手観音の霊写真に就て (光明世界一号 昭和十年二月四日)

昭和九年十月十一日、午後二時頃、全く未知の人、東光男なる名刺を持って、面会を求められた。余は、その姓名を見るや、興味を覚へ、早速、面会に及び、其来意を訊ねたるに、同氏曰く、「自分は予(カネ)てより、霊感に依って「観音力所有者」を探しゐたり、而(シカ)も本年は、自宅より東方に方(アタ)って、見当るとの霊感ありて、
大経綸

世界救世(メシヤ)教教義 (救世五十三号 昭和二十五年三月十一日) 

抑々、世界の創造主たる主の大神(ヱホバ)は、此地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行はせ給いつつある事を吾等は信ずるのである
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『天国の福音書』 序文  救世(メシヤ)教とは何ぞや       (天国の福音書 昭和二十九年八月二十五日)

この文を書くに当って、前以て断っておきたい事は、我がメシヤ教は純然たる宗教ではないのである。と言っても、一部には宗教も含まれてはいるが、全部でない事は勿論である。では、何故メシヤ教の名を附けたかというと、何しろ有史以来夢想だもしなかった処の劃期的救いの業である以上、止むを得ずそう附けたまでであって、特殊の名前を附けるよりも、この方が分り易く親しみ易いからで、これを卒直に言って宗教以上の宗教、即ち超宗教であり、空前の救いの業と思えばいい

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個人と先祖など(基本その2)  昭和9年(?)論文

今、現在生きてゐる吾々個人は、突然と涌いた処の、何れにも係りのない存在ではなくて、実は何百人か何千人か判らない、多数祖先の綜合されて一つになった、其尖端に存在呼吸する一個の生物であって、それが、無窮に継承されてゆく中間生命の、時間的個性の存在である。大きく観れば、祖先と子孫とを繋ぐ連鎖の一個であり、小さく言へば、親と子を繋ぐ楔子(クサ ビ)でもある。
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霊と体など (基本)  昭和9年(?)論文

森羅万象如何なる物と雖も、霊と体とから成立ってゐるのである。生物でない、茲にある此火鉢でも、座蒲団でも霊があるのであって、もし、霊が分離すれば、その物は直ちに崩壊するのである。
第四篇「奇跡物語」

黄泉比良坂の戦 自観叢書第4篇『奇蹟物語』昭和24年10月5日

この標題について、時々たずねられるから概略解説してみよう。これはもちろん古事記にあるものでそれを如実に私が体験した経緯をかくのである。
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私の信仰の経路 昭和10(1935)年1月11日

私の生まれたのは、浅草橋場で浅草観音様の裏のほうであって、明治前に私の曾祖父が武蔵屋喜左衛門といって、その界隈での幅利きで橋場から五、六丁離れた所の浅草町という所で質屋を営み、そうとうの財産家で義侠心に富み、いまの町長くらいの資格であり、人を助けることが好きで鳴らしたものであった。