霊界叢談「化人形」(天国の福音 昭和22年2月5日)

この話は頗すこぶる面白い霊的事象であったと、今でも思っている。それは当時ある人から「化ける人形があるんだが、霊的に解決できまいか」と言われたが、それはこうである。ある処ところに等身大の阿亀おかめの人形がある。それの持主になった主人は必ず悩まされるという。それは決って真夜中で、四隣しりん寂せきとして声なき頃、その阿亀の人形が寝ている主人の上へ跨またがって首を絞めるというのである。時にはその人形がニヤニヤと笑う事もあるという訳で、転々として持主が代り、現在の持主は恐ろしがってある家に預けてあるから、そこへ行ってくれというのである。私の好奇心はジッとしている事を許さない。早速出かけた。所は深川の某所で二階の一間に通された。みると成程なるほど等身大の阿亀が十二単衣じゅうにひとえを着、桧扇ひおうぎを片手に差上げての舞姿である。明治以前の作らしく相当古びているが、実に傑作で生けるがごとくである。私はその前に端座たんざし、人形に憑依ひょういしている霊に向って「私に憑ってくれ」といった所、早速私に憑ったらしく、私は急に悲しい気持がしてならなかった。帰宅後悲しさが込み上げて涙さえ出るのである。翌日M夫人を招よび、憑霊ひょうれいに対し「M夫人に憑って人形に関する事を詳細に語れ」といった処、早速M夫人の口を藉かりて次の物語をしたのである。

「私は本名荒井サクと申し、今から四十年位前、京都のある妓楼ぎろうの女郎じょろうであったが、その家の主人と関係ができたので、その妻君さいくんが嫉妬を起し妾めかけを苛いじめたが、終ついには主人も私を嫌い、果ては共々私を虐待するので、いっそ死のうと思い、近くの川へ身を投げて自殺したのである。その後暫しばらく地獄にいたが地獄からやっと抜け出し、どうかして怨みを晴らそうと意おもい、右の妓楼へ行ってみると二人とも死没していない。私は無念の怨み晴らすに由よしなく、しかも祭られていないので、生前愛していた阿亀の人形を居所と憑ったので、人形は元客から貰ったものである。また自分は生前京都の妻恋稲荷つまこいいなりを信仰していたので復讐を願った所、稲荷の本尊の弟狐と、その情婦である女狐めぎつねが共同で私を援たすけてくれる事になった。処が困る事には当の仇がこの世にいないので、つい人形の持主になる主人を目がけては怨みを晴らそうとしたのである」と涙ながらに自己の非を詫びるのである。それで私も大いに同情し祀まつってやる事にしたが、それには狐を離さなくてはならない。それはなかなか困難である。例えば私が荒井サクと問答しているといつしか狐となり、またサクの霊となるといったように、人獣同化霊の初期の状態を遺憾なく表わしている。しかし私が根気よく狐霊を説得したので、ついに分離する事になったが、それに対し、狐霊は条件として「私の家の軒下に毎日茶碗に飯を入れて一ヶ月間続けてくれ」というので、その通りにしてやり解決したので今でも荒井サクの霊は私の家に祀ってある。

いつも荒井サクの霊が憑る前、M夫人の眼には見えるのである。夫人が、「今サクさんが来ましたよ」というので「どんな姿か」ときくと「鼈甲べっこうの笄こうがいを沢山頭に扠さし、裲襠うちかけを着て、隣へ座りました」という。またこういう事もあった。私は霊友に右の話をした処「自分も一度霊査してみたい」というので、十人位の人を鳩あつめ心霊研究会のような会をした。その時右の友人がM夫人に対し霊査法を行いながら、狐霊を侮辱するような事を言ったので狐霊は立腹し、曰いわく「ヘン馬鹿にしなさんな、これでも妾わたしは元京都の祇園で、何々屋の何子といった売れっ子の姐ねえさんでしたからね、その時の妾の粋いきな姿をお目にかけよう」と言いながらいきなり立って褄つまをとり、娜しなを作りながら座敷中彼方此方あちらこちらと歩くのである。私は「モウよい、解ったから座りなさい」ーーーと言って座らせ覚醒さした。M夫人に質きけば「何にも知らなかった」と言う。覚醒するや私に対むかって「今ここに狐が二匹おりますが、先生に見えますか」というので、私は「見えないが、どんな狐か」ーーーと訊くと、

「一方は黄色で一方は白で本当の狐位の大きさで、ここに座っている」というかと思うと「アレ狐は今人形の中へ入りました」というので「人形の何所どこか」と訊くと、

「腹の中央にキチンと座って、こっちを見て笑っている」と言うのである。私は実に霊の作用なるものは不思議極まるものと、熟々つくづく思った。かくして化人形ばけにんぎょうは解決したのである。

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