『妙智之光』地上天国十六号 (2) 昭和二十五年八月十五日

      【問】私は今年五月二十六日入信させて頂きました。末の弟が入隊して間もない昭和十九年十一月、突然喀血し医者の療養五年、病は一進一退の所を此御道によりお救い頂き、御守護の有難さに感謝のほか御座いません。その様な御利益を頂き乍ら、父が心臓弁膜症と腎臓萎縮で昭和二十一年七月死去致しました為か、兄が感謝がないのみか、かえって反対であります。浄霊は勿論一度も頂きませんし、お話を伺おうとも致しません。永い間家を離れて暮らした為か、親弟妹とも溶け合って親しく話す事が出来ず、何となく心の底に溝がある様に感じられます。如何に致したら此お道の事を解つて頂けましょうか。無理にもお守りを頂く様にしたなれば宜敷いでしょうか、それとも黙って時期を待つ方が宜敷う御座いましょうか。

    【答】無論時期を待つのがよい。決して無理に判らそうとしたり、本人の自由意志を押えつけたりしてはいけない。信仰は或程度霊の曇りが除れぬと入れぬものである。
    浄霊は、特に先方から頼まぬ以上決してすべきではない。

        【問】私は去る十二日より御書体から無数の光の文字が出るのを判然と見させて頂く様になりました。その御書体の中で「真善美」のお額が一番お光がつよく見えますが、此お額は五年前或信者が頂いて表装も出来、お祭りする様に迄なって死んでしまいました。それを又或教導師が頂きお祭りする直前死んでしまいましたので、それを私が頂きお祭りしているのです。やはり御書体を頂いてお祭りするには、或程度浄化された者でなければいけないでしょうか。

    【答】書体の字の意味によつて種々になるのである。以前或弟子に「如意」の字の書を与(や)った処、落して無くして了った。この字は普通の人には良すぎる為にそうなったので、それ以来、「如意」という書は与えない事にした。
  「真善美」の書は誰が頂いても差し支えない。これを頂いた為に死んだのではないので、死ぬべき運命になっていたのが、それを頂いて霊的に救われたものと解すべきである。

        【問】先夜、家中揃って光明如来様御礼拝の際に、御神前の恵比須様の方だけが横に首をふって居るのを二度はっきり拝んだのです。如何なる訳でしょうか。(一度目は首を長くのばし二度目は普通でした)

    【答】大黒様は向かって右、即ち光明如来様の左へ置くのが本当であるから、その位置に直してもらいたい為に、見せたものであろう。

        【問】人類に最も近似すると謂われる猿猴(えんこう)類の憑霊はありましょうか。

    【答】あるにはあるが、極少い。猿猴類の生まれ変わりもあるし、憑依もある。私が大本を信仰している当時、そういう人があった。当時相当有名であった来馬琢道という仏教学者があったが、此人の講演中、アメリカなどで大木が切られ倒れるのをみていると、自分は悲しくなって仕方がないといっていたので、私は此人は猿の生まれ変わりだなと思った事がある。天狗の憑霊は男に多く、狐のそれは女に多い。

        【問】山口県及び九州地方の人は、とかく自分の入信を他人にかくす傾向が非常に多う御座いますが、之は人間性の問題でしょか、それとも未だ発展の時期になっていない為でしょうか。

    【答】両地方に限らず、何処でもそうで、之は新聞雑誌等で悪く書いたりするから誤解者が多いので、そういう傾向も或る時期まではやむを得ないであろう。然し何れは反対に信仰するのが、名誉となるようになるから、それ迄待つ事である。

        【問】『主婦之友』新年号の本教の記事は、我々の知っている本当の事をかいてあるので嬉しく思いました。
 霊主体従の意味から、なぜ男子の読む雑誌がわからず、女子の読む雑誌が早く分ったのでしょう。

    【答】婦人雑誌社としては、宗教の事は女の方がより読みたがるという商業主義的考えからであろう。男は唯物思想の方が多く、宗教を迷信的に観たがる癖がある。

        【問】落綿加工をする際、綿の種などの屑が多量に出ますが、これを堆肥として耕作するのはよろしいでしょうか。

    【答】不可である。堆肥は自然のいろいろの枯葉がよい。

        【問】食糧と健康について、
 明主様は御朝食後甘藷を、御就寝前にお茶漬かおしるこをお召し上がりの由承りましたが、之にはどの様な効果がありましょうか。又病人が野菜を多食致します時、どういう野菜が一番よろしいでしょうか。

    【答】之は、栄養が多過ぎるのを調節する為である。今の人は栄養過量の為病気になる人の方がズット多い。副食物のうち、野菜は霊気が強く、肉や魚は体的栄養である。
 果物がいけないのは下痢している時だけである。
   栄養の根本は、好きなものを食うのが一番よいのである。野菜は、日本人には日本の野菜がよい。

        【問】六十三歳、男、ふだんより頭重く他人に会うのを嫌い、背中に常に悪寒を感じます。御浄霊四回にて背中は少々温かみを感ずるようになりましたが、頭の重圧感はとれません。此家は以前より真言宗でしたが、先代より日蓮宗に替え、日々の礼拝は日蓮宗、法事等は真言宗で行なっております。何か祖霊の警告でしょうか。

    【答】祖霊の警告もあるし、浄化もある。
  日蓮宗と真言宗とまぜこぜにすると、祖霊としては両方へ行かなくてはならぬし、中には日蓮宗を嫌がる霊もあるから、真言宗一つにした方がよい。日蓮宗は一代法華といわれ、一代限りでやめてもよいのである。

        【問】私は十年以前入院、ひどく尿道が痛み人事不省となつた事もあり、終戦後もしばしば悩みつゝおりました処、最近は御浄霊を頂き心持ちが追々よくなりますので一昨年十月入信、引続き家族四人共入信致し、光明如来様をお迎え致し、家内一同で御守護をお願いを致しました処、昨年夏頃から大変楽になり、少しは歩ける様になり喜んでおりました。本年七月末頃から又浄化を頂き、追々尿道の痛みを増し堪えきれない位になりました。毎日浄霊はかゝさず主人(教導師)には、二、三日毎に教導所の先生にもお願いして浄霊を頂いておりますが、浄化が烈しく毎日泣かんばかりでおります。何か霊的の関係で御座いましょうか。快癒致しましょうか。

    【答】霊的ではない。元は淋病で、前に使用した薬毒が滲み込んでいて、毒素に変化し少しずつ出て来る。それが尿道粘膜を破って出るので、そこへ尿が滲みて痛むのである。再浄化は何遍も起るが、その度に前より良くなり、段々治るので、今少し辛抱すれば必ず治る。

   

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