岡田茂吉 正しき信仰 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日) | 岡田茂吉を学ぶ

正しき信仰 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

 支那の碩学朱子の言に「疑は信の初めなり」という事があるが、之は全く至言である。私は「信仰は出来るだけ疑へ」と常に言うのである。世間種々の信仰があるが、大抵はインチキ性の多分にあるものか、そうでない迄も下の位の神仏や狐、狸、天狗、龍神等を的(マト)としたものが多く、正しい神を的とする信仰は洵に少ないのである。従而厳密に検討を加える時、大抵の宗教は何等かの欠点を包含してゐるものであるから、入信の場合何よりも先づ大いに疑ってみる事である。決して先入観念に捉われてはならない。何程疑って疑(ウタグ)り抜いても欠点を見出だせない信仰であれば、それこそ信ずる外はないであろう。然るに世の中には最初から「信ずれば御利益がある」といふ宗教があるが、之は大いに誤ってゐる。何となれば些かの御利益も認めない中から信ずるといふ事は、己を偽わらなければならない。故に最初はただ触れてみる、研究してみるといふ程度で注意深く観察し、出来るだけ疑うのである。そうして教義も信仰理論も合理的で非の打処がないばかりか、神仏の御加護は歴然として日々奇蹟がある程のものであれば先づ立派な宗教として入信すべき価値がある。又斯ういう宗教もある。それは信者が他の宗教に触れる事を極端に嫌うのであるが、之等も誤ってゐる。何となればそれはその宗教に欠点があるか、又は力が薄弱である事を物語ってゐる。最高の宗教であればそれ以上のものは他に無い筈であるから、他の宗教に触れる事を恐れる処か反って喜ぶべきで、其結果自己の信ずる宗教の優越性を認識し、却って信仰は強まる事になるからである。

 然し斯ういう事も注意しなくてはならない。それは相当の御利益や奇蹟の顕われる場合である。正しい神仏でも人間と同様上中下あり、力の差別がある。二流以下の神仏でも相当の力を発揮し給うから御利益や奇蹟も或程度顕われるので、大抵の人は有難い神仏と思い込んでしまう。処が長い間には二流以下の神仏では往々邪神に負ける事があるから、種々の禍いとなって表われ苦境に陥る場合があるが、一度信じた以上何等かの理屈を付け、神仏の力の不足など発見出来ないばかりか、反って神仏の御試し又は罪穢の払拭と解するのである。

 信仰者にして病気災難等の禍いがあり一時は苦しむが、それが済んだ後はその禍い以前よりも良い状態になるのが、上位の神仏の證拠である。即ち病気災難が済んだ後は、罪穢がそれだけ軽減する結果霊的に向上したからである。それに引換へ禍いが非常に深刻であったり長期間であったり、絶望状態に陥ったりするのは、その神仏の力が不足の為邪神に敗北したからである。

 世間よく凡ゆる犠牲を払ひ、熱烈なる信仰を捧げて祈願するに関わらず思うような御利益のないのは、その人の願事が神仏の力に余るからで、神仏の方で御利益を与えたくも与えられ得ないという訳である。此様な場合、これ程一生懸命に御願いしても御聞届けがないのは、自分は最早神仏に見放されたのではないかと悲観し、此世に神も仏もあるものかと思い信仰を捨てたり自暴自棄に陥ったりして益々悲運に陥るという例はよく見る処である。斯ういう信仰に限って断食をしたり、お百度詣りをしたり茶断ち塩断ちなどをするが、之は甚だ間違ってゐる。個人的にどんな難行苦行を行ったとしても、それが社会人類に些かの裨益する所がなければ徒労に過ぎない訳で、斯ういう方法を喜ぶ神仏があるとすれば勿論二流以下の神仏か又は狐狸天狗の類である。故に正しい神仏であれば、人間が社会人類の福祉を増進すべき事に努力し、その効果を奏(ア)げ得た場合、その功績に対する褒賞として御利益を下し給うのである。序でに注意するが昔からよく「鰯の頭も信心から」と謂う事があるが、之は大変な間違いであって、すべて信仰の的は最高級の神仏でなければならない。何となれば高級の神仏ほど正しき目的の祈願でなくては御利益を与えて下さらないと共に、人間が仰ぎ拝む事によって清浄なる霊光を受けるから、漸次罪穢は払拭されるのである。鰯の頭や低級なる的に向って如何に仰ぎ拝むとも、低級霊から受けるものは邪気に過ぎないから、心は汚れ自然不善を行う人間になり易いのである。それ等を知らない世間一般の人は、神仏でさえあれば皆一様に有難いもの、願事は叶えて下さるものと思うが、それも無理はない。尤も昔から神仏の高下正邪等見分け得るやうな教育は何人も受けてゐないからである。そうして狐、狸、天狗、龍神等にも階級があり、力の強弱もあり、正邪もあるが、頭目になると驚くべき力を発揮し大きな御利益を呉れる事もあるから信者も熱心な信仰を続けるが、多くは一時的御利益で、遂には御利益と禍いとが交互に来るというような事になり、永遠の栄は得られないのである。以上説く処によって、信仰の場合一時的御利益に眩惑する事なく、其識別に誤りなきよう苦言を呈するのである。

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