岡田茂吉 [日々雑感]『信仰雑話』の掲載が終了して、気付かされた事。 | 岡田茂吉を学ぶ

[日々雑感]『信仰雑話』の掲載が終了して、気付かされた事。

熱海瑞雲郷 梅園

 こんにちは、『信仰雑話』の掲載は昨日の「結論」で完了しました。

 こうして、御教えを一つづつアップさせて頂いてみると、素晴らしい内容に感心させられました。

 『信仰雑話』を書き下ろされたメシヤ様が、
 ”人間として生きていく上で基本的な大事な事だよ”と、多くの人に理解できるようにお説きくださった思いが、ヒシヒシと伝わってくるようで、メシヤ様の御心を大切に、これからも繰り返し読み続けさせていただきたいと思いました。また、メシヤ様を初めて知る方にも是非読んでいただきたい御教えだと思います。

 今年は、緊急事態宣言が出ているのでMOA美術館の「紅白梅図屏風」はお目にかかれないかなと思っていましたが、首尾よく箱根、熱海の聖地に身をおかせてもらうことができ、今年も梅園に下りてゆっくり梅を楽しませてもらいました。とても素敵なお庭なのですが、なかなかの斜面ですので、年配者の多くなった教団の信者さんで、この梅園まで降りてこられる人もあまりいないのではと思いました。
 
 メシヤ様は雨が降っても毎日一時間以上は散歩されたとおっしゃっていますが、お住まいになられていた箱根も熱海も起伏の多い地形ですから、大変良い運動になったのではないでしょうか。

 咋近の健康志向と緊急事態宣言が出て運動不足解消のため、体力が衰えないように日々の運動など、テレビでも良く紹介されていますネ。私も年齢からも運動に少しづつ気をつけるようになって来てはいますが、とてもメシヤ様には及びません。

 しかし、こういうような毎日運動をするという事についても、メシヤ様の行動は現代にピッタリで、ラジオを聴きながらのながら族的な所といい、時代の先取り感がありますね。あの昭和の時代に、意識して運動をしている人はそう多くはなかったのではないでしょうか・・・?

 しかし、熱海のお庭の海の見える良い景色と、空気の中で、起伏の多い散歩が出来たら、ただ街の中を歩くのとは全然違って、どんなに体に良いだろうかなと、この辺に住んでいらっしゃる方がとても羨ましく思えました。

 熱海にお住まいの方から、最近は若者の観光客が多いと聞いていましたが、確かにMOA美術館も若い方が多かったです。今回はまたさらに若者が増えているように感じました。
 
 過去に20年余りの年月を”MOA美術館児童作品展”の奉仕にどっぷり浸かって多くの時を費やさせてもらった私ですが、児童作品展が若い方々が美術館に訪れて下さることに少しでも繋がってくれていたら嬉しいなと、勝手に結びつけながら帰路につきました。(笑い)

 さて、聖地から家に帰ってからですが、少し用事が立て込んでいたせいもあり、左膝に御浄化を頂きました。私は以前右膝を悪くして、チョット大変だった時期が二度程あったのですが、御浄霊をいただいて、すぐ回復はするのですが、原因は、産後の冷えや長年の腎臓の凝り、そしてそれが腎臓下方部、仙腸関節の毒素固結に繋がって膝に影響を与えていたので、膝痛は取り敢えずすぐ解決しても、腎臓から腰部にかけての固結を減らし冷えが無くなるまでには、しっかり毎日のように御浄霊を頂いても一年はたっぷりかかりました。膝によい靴に変える事に気がついてからは、どこまでも歩けそうな気がするくらい回復しましたが、もっと若い頃から靴や歩き方、そして冷やさないようにする事などに気をつけていたら、膝痛など起こらなかっただろうと反省しています。

 私事ですが、腎臓は右よりも左の固結の方が大きく、右は膝の浄化をしているせいもあって比較的柔らかい状態を保っているように思います。右の鼠蹊や臀部に毒素が溜まってくると、夜寝てからでも御浄霊の請求が来るというのか、寝てから急に右の鼠蹊を浄霊をせずにはおられなくなり。しばらくすると今度は右の臀部をするように、次は股、次は腎臓などと溶けてきて、御浄霊を続けて、気付いたら明け方だったりする事がこの一年で二度ほどありました。

 それに比べ、左は、以前、山登りをした時左足が痛くて、山道を歩けなくなったことがあったのですが、それ以外はあまり浄化する機会がなく、腎臓も固いままでした。しかし、ありがたいことに、聖地のお庭を散策させていただくことで、家に戻ってから、左膝が浄化して来て、結構歩きにくくなり、ずっとこのままの状態が続いたらどうしようと思ったぐらいですが、御浄霊をいただいたり、浄化が進むほどに、大分よくなって来てありがたく思っています。御教えを拝読させていただく中での覚りや気づきが許される中でも、グッと浄化に変化が現れる事を今回、初めて学ばせていただいたように思います。

 さて、話は最初に戻りますが、今回、『信仰雑話』のほとんどの御教えの日付は昭和24年1月25日となっていますが、最後の「結論」の御教えは昭和23年9月5日になっていることにふと、気付きました。 メシヤ様は「結論」の内容をみんなに伝えたい、理解してもらいたいという事で、『信仰雑話』を書き下ろされたのではないのだろうかと思いました。この様に明確な目的のもとに御教えをお書きなっていらしたのだと思われます。考えれば、当たり前の事ですが、私にとっては、一つの大きな気付きを頂いたようで嬉しかったです。

 気付きは人それぞれ違うものだと思いますが、小さな事でも、お互いの気付を出し合い共有できるようになったら、お互いに向上が許されて楽しいですネ!

 そんな楽しい座談会ができるような時が来る事を願っています。

       八尾屋



 

タイトルとURLをコピーしました