明主様「確に、ただの武芸者でなく、精神的に尊いものをもっていますね」
夢声氏「ええ、今私は『週刊朝日』で対談をやってますが、第一回は徳川義親氏、二人目が女優の轟夕起子、三人目が長谷川伸、四人目が大野伴睦、五人目が大阪の旭堂南陵、六人目が照葉に会って、昨日すまして来ましたが、次が植物学の牧野富太郎さんの番になってます。どうです一度おやりになりませんか。私の主義として、絶対相手を傷つけるようなことはしないつもりです。私が介在してマイナスになるのでは、申し訳ありませんからねえ」
明主様「え、やりましょう……あんたは曲者型ですよ」
夢声氏「曲者型は恐れいります。それはそちらさんも。」(笑)
明主様「わたしゃそういう人が好きですね。何もない人は面白くない。何か一クセ あると面白い、つまりバランスのとれた人間ですかね。」
夢声氏「そのバランスを説教するのですか。」(笑)
明主様「それを説くのは難しいですね」
夢声氏「お手伝いしますか」(笑)
明主様「徳川さんとは関係あるんですか。」
夢声氏「いいえ、関係はありません。だから『週刊朝日』の対談では、新案両徳川としているんで、わたしが偽物になってしまいます。そう、わたしがニセになったのが一度あり ます。一昨年放送局で隠し芸会をやった時、徳川さんがおはやしの笛を吹くことになっ て、三味線がないと面白くない、市丸ならいいだろうと云うことになったが、これが 隠し芸大会で専門外のことをやらなきゃなんない。夢声の笛なら、私の三味線の方がうまいと思ったんでしょう。引受けちゃったんですが、さて当日、放送局で会ったのが徳川違い(笑)……そのときはわたしが偽物になったんです。」
明主様「夢声というのはどういう意味ですか」
夢声氏「いいえ、わたしの本名は福原俊雄、先生が清水嶺山だったので福原嶺川という事にして、芝の第二福宝館に月給十円で出ていたが、どうにもならなくなって大阪へ出奔(しゅっぽん)しましてね。「日活」では大変怒ったが、赤坂の葵館に入ったのですが、そこの支配人から福原嶺川ではまずいから、一時便宜上偽名しろと言われて、皆に相談しまして、まあ、楽屋とか事務所の連中が面白半分に、葵だから徳川とつけたり、声というのは当時、多かったので、徳川声とまではいったのですが、夢がなかなか見つからない。一時毒掃丸(どくそうがん)とつけられようとしましたが、しまいになって夢のような声だから夢声、徳川夢声はどうだろうということになったので、わたしが付けた名前ではありません。それがかえってよかったんですね」
明主様「そうですね、わたしのこともお光様なんて言いいますが、これはわたしが付けたのでもなんでもないんです。新聞屋がつけたので、確か『静岡新聞』だったか。」
夢声氏「その方が通りがいいですよ」
明主様「又、うまく合ってますよ」
夢声氏「フランスの印象派なども、自分から付けたのではないんですね(ただ事物をそのまま写すのでなくて、一度頭の中で印象を画いて筆にするのが、本当の画だという主張ですから)。猫の印象とか、太陽の印象とか、やたらに何々の印象という画題をつけたんですね。それを新聞か何かが印象派と書いたもので、しまいに自分でも、印象派だと思うようになったのですね。」
明主様「それが一番自然でいいですよ。一つは感じだから。」
夢声氏「わたしは、科学も少し進歩したら、霊というようなことも測定出来るので はないかと、思ってますが。」
明主様「それは、出来ます。」
夢声氏「何か、放射能がガイガー氏の放射能測定のように。」
明主様「つまり、機械で測定出来るようになりますよ。その論文を、今書いていますが、現在の原子科学は中間子理論で行き詰っているんだそうです。これも湯川さんが 中間子を予想して、たまたま宇宙線の写真の中に発見されて、確証されたんですが、これをもっと突進めると機械では測定出来ません。ズーと先へ行くと神に到達します。やがては科学の進歩によって実証されるでしょうが、現在ではこの中間子の極点と神との間が空白になっているんですが、そこまで科学者の頭が行っていないので分からぬのです。わたしはこれを科学的に説明して、理論神霊学と名付けてますが、これを読めば分からないはずはない。実験的神霊学としても、こうやると(御手を翳(かざ)される)直ぐ病気がよくなる、盲腸炎なども実によく治る、これが実験神霊学です」
夢声氏「そうですね、電気技師が感電死する時など、指からパッと放電しますね。目をつぶって、こうやると(指を眼元に近づける)感じが分かります。わたしは腹が痛い時など、手を腹に当てていると、暫くするうちに治ることがよくあるんですが、たしかに手から大変ないいものが出ています。霊気といいますかね。」
奥様「手当てといいますからね。」
明主様「これを説くのはなかなかむずかしい事です。」
夢声氏「どうも、有難うございました。」