御教え *相手を知る/邪神の邪魔(御教え集17号 昭和27年12月6日②)

人間は一目見てできるだけ見てとるというような稽古をしなくてはなりません。一つの癖です

 今回アイゼンハウアーが朝鮮を視察して帰ったようですが、しかし知れないようにうまく秘密を守り通して視察したという事は、なかなかやり手だと思います。この一事でも確かにアイゼンハウアーという人は大いにやるだろうと思います。新聞記者の四十何人とかをすっかり隙喰すきくわしだそうですから、なかなかすばしこい・・・・・・のです。やっぱり人間はすばしこくなくては駄目です。すばしこくと言っても、なにも体をすばしこくしなくてもいいのです。つまり精神的にすばしこくです。体は落ち着いていてもいいが、要するに敏感でなくては仕事はできません。ですから私は非常に素早いのです。体も割に素早いですが、仕事とか、物事を見る素早さです。そういう事はある程度修行するとできます。人の喋る言葉とか何かする事とかを一つか二つ見て、これはこういう事を言っているから必ずこういう了簡りょうけんがあるに違いない、こういう事をするところを見るときっとこういう癖があるに違いない、と見抜くのです。それを早く見る事です。それから人の家に行っても、ちょっと見て、ここのあるじはこういう趣味を持っている、こういう生活だという事を見てとるのですが、これは少し注意して見れば訳はありません。よく私の所に面会に来る人の、お辞儀の仕方や最初の言い方から見て、これはこういう了簡で来たなと分かるのです。その素早さです。ですから私が京都や奈良に行きましたが、別に大して時間はかかりません。とても早いのです。他の人はみんなまごついてますが、それで分かるのです。それを眺めて首をひねる様では本当は役に立たないのです。人間は一目見てできるだけ見てとるというような稽古をしなくてはなりません。一つの癖です。そうするとある程度、得がいくのです。これは男に限らず女でもそうです。亭主などをちょっと見て、ああこれは他に女ができたなと分かる。帰りが遅いと、ああ今夜はおかしい、変な所に行ったに違いないという事を見てとるのです。そうしてそれを知ったからといって、どうするという事ではなく、それでヤキモチ臭く「お前さん遅いじゃないか、この頃変ですよ」と、そういう事を言ってはいけない。かえって皮肉にやるのです。そういう時はかえって変な顔をしないで、わざと待遇良くするのです。そうすると親父の方でも、かえってくすぐったくなって、これはあんまり心配させたりするのは気の毒だという感じが出るものです。それを、まともにヤキモチをやいたり変な挙動をするから、親父も変な事になる。「オレが社会に出てやっていて、食うに困らせないでやっているのに、たまにはいいじゃないか、男としていいじゃないか」となる。それは、信者さんはそういう事はありませんが、男というのは変なものがあるのです。しかし他の事でいろいろありますから、そういう事をとにかく早く見てとるという稽古をする事が肝腎です。そういう事のためにどのくらい得をするか分かりません。それで今の世の中の人間はみんな嘘をつきますからあからさまにむき出すという事はできません。神様を知らない以上そういう人間はあります。あいつはこう言うから腹の中はこうだろう、という事を見抜かなければなりません。

これは、「私が神様を拝まぬ理由」という論文ですが、知っている人もありますが、新しい人は知らないから『地上天国』に出そうと思って書いたのです。

御論文「私が神様を拝まぬ理由」

ミロクの世になるまでは邪神の邪魔がある

 昨日の『読売新聞』に「神様は金儲けがお上手」「ヌレ手で粟、税務署もまかり通る」という見出しでデカデカと出ていたのです。読んだ人は大勢あるでしょうが、よくみると救世教と立正交成会の二つですが、立正交成会の方は付録の様なもので大体は救世教の事です。いろいろと作って、虚々実々の事です。御守りを今度改正し「浄」という御守りになって、それを取り代えるのに何十万人だから一人いくらとして何億とか書いてありましたが、その書き方がいくらかうらやましそうな、くやしそうな、しゃくさわる様な感じが出てましたが、こっちから言うと大きなお世話だと言いたくなるのです。いくらたくさん金がはいろうと新聞社に関係した事ではないのです。新聞社にはいるべき金をこっちが横取りしたものではないのです。日本の新聞にそういった古い低級な観念がまだ残っているのです。それは個人の金儲けというのなら、少しはうらやましい気持ちも起るでしょう。御自分の月給から比べるとそういうグチが起るのも無理はないのですが、ああいう収入を世の中の為に使えば、はいる事が結構なのです。美術館を造っただけでも大いに感謝しなければならないのです。それで今アメリカでは日本美術を非常に狙っているのです。ところが日本の方では大体文化財保護委員会で博物館に買わせるのです。ところが博物館は今のところそういう物を買う費用は一カ年の予算が二千万円です。そうするとこれはというのを三点か五点買えば無くなってしまいます。

 今読んだとおり、こちらには宗教の開祖が霊界で大いに働くのです。買ってくれというのが二、三点申し込みがありますが、こっちの金が続かないからいい加減に引っ張って延ばしているのです。とにかく買うという約定やくじょうだけして手金だけ払っておいたのもあります。だからこういう事に金を出しているので、政府でもできない事をしているのです。そうかと言って民間でもできないのです。古い財閥はそういうのに目が利いて買いたい意志は充分にありますが、そういう金を支出するだけの余裕ができてない。今は成金が相当ありますが、そういう事に目が利かないのです。だから怖がって買いません。そういう人は新画は買います。だから新しい画が馬鹿に高くなったのです。新しい絵なら贋物も割に少ないし、床の間に掛けて楽しめますが、仏像は床の間にも置けないから、よほど趣味がなくては買えません。そういう事がときどきあります。美術館に出ている敦煌とんこうの絵もそうです。あれは問題になった絵で、博物館に持っていったところが、博物館では安く値を付けたので、持ち主は手を引いたのです。それで、あれこそアメリカに行く寸前だったのです。私の所で買わなければアメリカに行くところだったのです。道具屋はアメリカと貿易しているので、だから何でも彼でも先方も買ってくれと言い、こっちも買うという事で買ってやったのです。

 そういったように非常に国家のためになることをやっているのですから、新聞とかが収入が多いと言うのは、知らないから仕方がない様なものですが、実に情けない人達なのです。しかしこれは長い事はなく、いずれは分かります。地方新聞などでもそういうような書き方をしているのをまだときどき聞きます。北海道の新聞で救世教の事を非常に悪意に書いた新聞を見ましたが、こういう事も、もうよいだろうと思っていてもなかなか出て来るのですから、先方もなかなかしつこい・・・・・・のです。その蔭にはみんな邪神がやっているのです。それでミロクの世になるまでは、やっぱり邪神は活動します。それでいよいよ彼等がギャフンとスッカリ参ってしまってからミロクの世になるのですから、その時まではこれは仕方がないのです。しかし邪神の方も、霊界がだんだん明かるくなるに従って勢いが無くなり、だんだんしなびて来ましたが、なにしろ邪神というのはみんな龍です。そういう事をやっているのは大体黒龍です。共産主義の方は赤龍です。それで私の方は金龍です。これは龍同志が闘っているのです。だからしつこいのです。狐などもずいぶんしつこいですが、しかし龍と比べたらまるで違います。よく蛇を殺して、尻尾になっても動いてますが、それと同じで龍というのは実に大変です。 

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