御教え *霊主体従/人によって生れてきた使命がちが(御教え集27号 昭和28年10月6日③)

 霊体を説明するには掌が一番よいです。手の平はいろんな役をし手の甲はあんまり役をしません。手の平は体の方です。ですから霊というのは目で見てはあんまり動いてないのです。その代り主にはなってます。人間の体で言えば、背中は霊です。それで背中の方に病原があるという事は、背中の方がもとだからです。だから本当に仕事の急所をやる人ほど動きません。下の方の事をやる人ほど動くのです。ところが霊を知らないで体だけで見るから、そこで労働者が威張り、労働者が肝心だという事を言い出し、それが共産主義です。ですから共産主義というのは霊を認めなければ共産主義の理屈は本当です。それはうまくできてます。ところが霊を認めれば共産主義というのは屁のカッパみたいなものです。ですからよく前から共産主義について私に意見を聞く人がありますがあんなものは何んでもない、今に無くなってしまうと言ってました。それは体だけであって、主なる霊という事を無視しているために永久性がないから、共産主義というのは長く続くものではないと言っても、外れません。そういうわけで働いているのが目に見えない者ほど、かえって大きな働きをしているわけです。だから主人公や主脳者というものは動いてはいけないという事を私は前から言っているのはそういうわけです。よく、明主様は地方の方にはお出かけになりませんか、と言われますが、それには車の心棒の例えで、心棒は動いてはいけないと言うのですが、それで分かる筈です。そういうようで、よく先に立ってやらなければいけない、つまり主脳者とか長という人が先に立って采配さいはいを振れという事を言いますが、それは嘘なのです。昔から、戦争で大将などが先に立って采配を振ったらきっと負けます。やっぱり大将は幕の内に引っ込んで、姿を見せないというやり方の方が勝ちます。それはやっぱり霊主体従の法則に合っているからです。東条首相が戦争の時に南洋まで飛行機に乗って行きましたが、その時私は、これは駄目だと言ったのです。首相が官邸に居て碁でも打っているようなら勝つが、ああいうようではきっと駄目だと言ったのです。それから話は違うが、あの時代の実業界で社会に相当有名になった、浅野セメントを作った浅野総一郎という人が居ましたが、この人は朝早くから起きて、方々を駈け廻っているのです。それで一時パッとゆきましたが駄目になりました。そういう事も、私は不思議だなと思っていましたが、霊主体従の法則を知ってから、なるほどと思いました。そういうように、目に見えて働いたり動く事を良いと思う事は逆なのです。だから教団の支部などでも、支部長があんまり先に立ってやるよりか、部下とか、或いは新しい信者といった人にできるだけやらせるというようにした方がよいです。戦争が始まった頃に陣頭指揮という事を言いましたが、軍部は軍需会社の社長が陣頭指揮をやらなければ駄目だ、引っ込んで居ては駄目だと言ってましたが、陣頭指揮をやるようでは駄目です。もっと昔時せきじは戦争の時には、山賊などは親分がやらないと子分が動かないからやったのですが、そうでなく平和的の事をやるには、今言った法則を守らなければいけないわけです。だからただ活動する、あせったりいろいろするという事がよいわけではなく、やはり自分の地位と境遇に準じて理屈にあったやり方でなければいけないのです。だから骨折ってうまくゆかないという事がよく世間にありますがそういう点をよく見ると分かるわけです。

 昔からよく言いますが、あんなに働くのにどうして年中貧乏をしているのだろう、又あの人は年中ブラブラしているのに割合に懐が温かいと言うが、その事を知ればよく分かります。そうかと言ってなまけるのと、今言う霊的働きとは、外観はちょっと同じように見えるので間違えるのでしょうが、そこに面白いところがあります。結局頭を働かせるという事です。それから体を働かせるという事も、人間生まれながらにして自ずから決まっているのです。だから頭を働かせるべく生まれた人と、体を働かせるようにできている人と、喋るために生まれて来た人もあります。あいつは口から先に生まれて来たと言いますが、やっぱりそういう人が政治家なら始終演説をするとか、宗教家なら講義をするとかで、そういう人も肝心だから、その役目でよいのです。

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