福岡正信と岡田茂吉——日本の自然農法、二人の先駆者

粘土団子を手にする福岡正信と、両手に土をのせた岡田茂吉の似顔絵
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自然農法を続けて25年になりますが、福岡正信さんのやり方は試したことがありません。ただ、粘土団子の動画は見たことがあります。種を粘土で包んで投げ入れ、そこで育ってきたものが、その土地に合った作物。かぼちゃが育てば、次の年からはそこにかぼちゃを植えればいい。とても理にかなった考え方だと思いますし、それで海外の人たちを支えたことも素晴らしいと思います。

一方、私が実践している岡田茂吉の自然農法は、自然の仕組みをよく観察して、それを応用するやり方です。

自然に選ばせた福岡さんと、自然に学んで応用した岡田茂吉。同じ「自然農法」でも、歩んだ道は違いました。

自然農法について調べたことがある人なら、『わら一本の革命』という本を知っているかもしれません。福岡正信さんのこの本は、何十年にもわたって、世界中の農家や家庭菜園をする人に影響を与えてきました。

けれども、現代の農業に疑問を持った日本人は、福岡さんだけではありませんでした。同じ時代に、よく似た問いを持ち、自分のやり方にまったく同じ名前をつけた人がいます。

それが岡田茂吉です。

福岡正信とはどんな人?

福岡正信さんは1913年、四国の愛媛県で生まれました。農業の研究者として学び、横浜の税関で植物を検査する仕事をしていました。

1937年、肺炎から回復する途中で、ものの見方が大きく変わる体験をします。近代の農業科学に疑問を持つようになり、仕事を辞めて実家の農園に戻りました。

戦時中は高知県の農業試験場で働きました。戦後の1947年からは、田畑を耕さずに米と麦を育てる自然農法に、本格的に取り組みます。

そのやり方には、四つの原則があります。耕さない。肥料や堆肥を作らない。耕したり除草剤を使ったりして草を取らない。農薬を使わない。

1975年に『わら一本の革命』を出版し、1978年には英語版が出ました。今では20以上の言語に訳されています。

晩年は海外にも活動を広げました。種を粘土で包んだ「粘土団子」を使い、乾いて荒れた土地を緑に戻す活動を、いくつもの国で行いました。1988年には「アジアのノーベル賞」とも呼ばれるマグサイサイ賞を受けています。そして2008年、生まれ故郷の愛媛県伊予市で、95歳の生涯を閉じました。

同じ時代のもう一人の先駆者

岡田茂吉(1882〜1955)は、1930年代の半ば(昭和10年ごろ)から、肥料を使わずに作物を育て始めました。福岡さんが転機を迎えたのと、ほぼ同じころです。

1951年(昭和26年)には、この方法を始めて10年以上がたっていました。その年、もっと多くの人に伝えるために、小さな冊子を出しています。戦後の日本は食べ物が足りず、岡田茂吉は自然農法を、作物をもっと多くとる方法として示しました。

考え方の中心にあるのは土です。土には、健康な作物を育てる力がもともと備わっている。肥料を使うと、しばらくは良い結果が出ても、だんだん土が肥料なしではやっていけなくなる。害虫が出るのは、土が汚れているしるし。土の力を引き出すには、まず土をきれいにすること。岡田茂吉はそう考えました。

同じ名前、違う道

二人とも、自分のやり方を「自然農法」と呼びました。けれども、二人はそれぞれ別々に考えを深めたと見られています。

共通点はたくさんあります。どちらも化学肥料や農薬を使いませんでした。どちらも、近代の農業が進む方向に疑問を持ちました。そしてどちらも、人の力でおさえこむより、自然を信じました。

それでも、歩んだ道は違いました。

福岡さんは、自然に道を示してもらうことを選びました。耕す、堆肥を作る、草を取るといった、当たり前とされてきた農作業を一つひとつ見直し、本当に必要なのかを問い続けました。自然が自分でできることは、自然にまかせたのです。

一方、岡田茂吉は、自然の仕組みをよく観察して、それを応用しました。

たとえば草取り。1949年(昭和24年)の「無肥料栽培」で岡田茂吉は、自分はたいていの野菜を種のまきっぱなしで育て、時々草を取るくらいの手間で、よい野菜ができていると書いています。1951年に田んぼの除草について聞かれたときは、「除草は問題ではない。良いと思う時にすればいい」と答えました。肥料をやめると米の育つ力が強くなり、雑草の勢いは弱くなる。だから草取りが楽になる、というのです。

堆肥の考え方にも、その姿勢が表れています。岡田茂吉にとって、堆肥は肥料の代わりではありませんでした。1953年(昭和28年)の講話では、毎年同じ作物を作っていると、土がその作物を育てることに慣れて「熟練工」のようになり、だんだんよくできるようになる、と語っています。堆肥を入れると、かえってその邪魔になる。本当は堆肥も何も入れないほうが、土の活動力が増すというのです。

堆肥を使うのは、土が固まりやすい所、冷えやすい所、乾きやすい所など、土の状態を整えたいときです。それも、よく腐って土のようになったものを使います。固まりやすい赤土なら、最初の2、3年だけ混ぜればよいとしています。堆肥を肥料のように考えてたくさん入れ、うまくいかなかった人もいたそうです。

なぜ、土を固めないことを大切にしたのでしょうか。岡田茂吉によると、植物を育てるうえでいちばん大切なのは根の先です。細い根がよく伸びるようにすること。そのためには、土を固めないようにすることだと書いています。

岡田茂吉は、農業をする人の心の持ち方にも目を向けました。植物は生きていると書き、土そのものも生きているものとして見ていました。

まとめると、こう言えるかもしれません。福岡さんは「自然にどこまでまかせられるか」を問い、岡田茂吉は「自然はどう働いているのか、それをどう生かすか」を問いました。

岡田茂吉の自然農法を知るには

『わら一本の革命』で自然農法に出会った人にとって、岡田茂吉は、同じ「自然農法」へのもう一つの入り口になるはずです。

このサイトでは、岡田茂吉が書いた自然農法の論文を、わかりやすく紹介するトピックスと、原文の両方で読むことができます。まずはトピックスの「自然農法解説」シリーズから。原文で読みたい方は、この記事で取り上げた「無肥料栽培」(昭和24年)をどうぞ。

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