京都劇場 御講話 *『アメリカを救う』/日本人の優秀性/浄霊の奇蹟/京都・平安郷(御教え集15号 昭和27年10月20日後半)


『アメリカを救う』

 私は今『アメリカを救う』という本を書いてますが、もうだいたい出来上がって印刷にかかる事になっております。アメリカの人に一人でも多く見せる為には、やはりどうしても翻訳しなければならないので、いま訳しています。そうして英文の本も作る事になっております。日本文のほうは来月か再来月あたりに新聞広告をなるべく余計するようにして、日本人が肝腎ですから、日本人にも分からせたいと思っております。『アメリカを救う』という本を出すと、アメリカの人たちは、日本の奴やっと講和になって敗戦後ヒョロヒョロしていて、講和になる早々「アメリカを救う」なんて生意気千万だと思うでしょう。アメリカで「日本を救う」という本が出るならば、なるほどと思いますが、ヒョロヒョロしている日本が、「アメリカを救う」なんていうのはとんでもない奴だ、生意気千万だ、と思うかもしれません。しかしかえってそうする方が興味を引きますから、向うにも売れるし、読ませるという事になると思います。大統領始め、有識者、医学関係者にはただ(で)配るつもりです。そうするわけは、とにかくこちらの信者がアメリカですっかり調べたところ病人があまりに多くて、しかも年々非常な勢いで増えつつあるのです。ここでアメリカの人が気づかないとしたら、アメリカの人は平和を維持するという事は出来なくなる懸念が大いにあるのです。世界人類を救うとしたら、アメリカを救うという事が一番効果的です。何しろ今アメリカの文化が世界をリードしているからです。アメリカが分かれば世界はみんな分かります。特に日本人が一番分かるでしょう。何でもアメリカの真似をするのですから、日本を救うというのはかえってアメリカを救う事が必要だと思っております。つまり日本人の舶来崇拝病というのは今もってなかなか根強いのです。だから日本としては舶来病を救わなければならないのです。

 それについて最近信者の小川菊造という人ですが、バスの方ではなかなか有名な人です。その人が今度世界中をまわって歩いたのです。バスの研究だとか、色んな研究に行ったのだと思いますが、ついこの間帰ってきて、その帰朝談を聞いたのですが、外国の現在の状態について色々話してくれました。なかなか参考になり面白い事があります。そこで一番驚くべき事は、ヨーロッパを見た時に一番感じたのはドイツとイタリアだそうです。その内で特に目覚ましいのはイタリアだそうです。イタリアはムッソリーニを神様みたいに思っているそうです。ムッソリーニ崇拝熱というものはなかなか馬鹿に出来ない。ムッソリーニの家族を国民がずいぶん優遇して、手厚い世話をしているそうです。そんな様なわけで、近々ファッショの団体が相当持ち上げて来るだろうと言ってました。それからドイツではやっぱりナチスは裏面で相当色々な計画をしているそうです。でもこれはアメリカから非常に悪い様に見られてますから、あまり表面には出せないそうです。ドイツでもイタリアでもなるほどヒットラーやムッソリーニが戦争したのは悪いが、ほかの事は非常に良い。だからあの人達の良いところは学んでそれを採り入れ、大いにやらなければならないという、そこの判断力が非常に正確なのです。そこで戦争以外の事は今でも指導者としてあがめているという事です。そうしてドイツで私は驚いたのですが、西ドイツが去年の出超しゅっちょうが三億ドルでしたから、到底日本等は追いつきません。半分に切られた西ドイツだけで三億ドルの黒字を出したという、つまり産業に対する活動力というのは大変なものです。特に感心したのは、小川菊造さんの話ですが、電車に乗りますと切符のほかに五円ずつドイツ復興の為の費用として国民の方で出しているそうです。これを思っても如何に国民が真剣になって国を思っているか、という事が分かります。そんな様なわけで、イタリアには戦前は乞食こじきが沢山いてあわれみを乞うとかいって、乞食国と言ってましたが、今度行くとそうではなくて溌剌はつらつたる意気に燃えて将来大いに発展するという事がみなぎっているそうです。近代イタリアの事情など新聞なんかを見てもそういう点は大いにあるのです。私はイタリアには大いに関心を持ってますが、ついこの春、外国の建築の写真を取り寄せてますが、イタリアのローマのステーションが新築されたのですが、それを見て驚いたのです。実に良く出来ています。私がステーションを頼まれればああいった設計をするでしょう。ピッタリしているのです。それでイタリアあなどるべからずという気がしました。小川さんも言ってましたが、やはり世界中を見て歩いてローマのステーションが一番良いと言ってました。アメリカでもそういう建築はなかったと言ってました。これは一度何かで見られると良いです。様式はやはりコルビュジエ式ですが、ステーションとしての役目が理解された様式になっているのです。けれども私が熱海に造るメシヤ会館は、コルビュジエ式を宗教的に表現した荘厳味のあるそういった様式にするつもりです。コルビュジエ式というのは宗教と反対の様式ですから、実用一方でホテル、官庁というところに適当しているのです。ドイツと言いイタリアと言い、ドイツなど例のヒットラー道路というのがありますが、ヒットラーが第一次戦争後ドイツが非常に疲弊して失業者がたくさんできた。それを第一としてドイツの縦貫道路に失業者を使ってこしらえたのです。ヒットラー道路として有名ですが、そこを自動車で走らせると一時間百五十キロメートル出るそうです。アメリカでもそういう道路はないそうです。そんな様な具合でドイツでもイタリアでも、ドイツ魂イタリア魂とか言って国民性が強いのです。プライドを持っているのです。ところが日本を見るとそれがないのです。日本人はなかなか理屈は言ってますが、実に誇りがないのです。日本人というのは特にそうです。アメリカのここが良いドイツのここが良いと言って外国の真似ばかりしてフラフラしているのです。しっかりしたものを掴んでいないのです。その為に年中社会は安定していない。政治にしてもそうです。大政党である自由党等も、やはり鳩山だとか吉田だとか言って両方で妥協が出来るかと思うとまた崩れるというようにフラフラしている。こういうのは恥ずかしい事です。アメリカの経済的援助を頼むにしてもまず日本の経済の安定がなければ困るというのですが、自分達が安定させないのです。今日の日本人というのは誠に信念がないのです。そういう点においても今度の『アメリカを救う』という本は、アメリカ人を救うと同時に日本人も救うという一石二鳥の効果があるのです。日本人を救うというのは、日本人の考えをです。つまりある程度はアメリカ人より偉いという事です。アメリカの医学をなんだかんだと良く言っているが、日本人の内でもなかなか馬鹿にならない、アメリカの文化より上のものが生まれたというところを見せて、日本人もなかなか馬鹿に出来ないという……自尊心ではいけませんが、自信です。それに対して相当の効果がありはしないかと思うのです。

日本人の優秀性

それについて私が言いたい事は、日本人は世界で一番偉いのです。日本人は一番優秀であるにかかわらず、それを今まで現わさなかったという事は、長い間間違った偉い人です。要するにその時代時代の権力者が天下をとりたい為にやったのです。徳川期になって戦争も、ようやく平和の時代が来たくらいで、それまでは戦争が多かったのです。長い間の戦国時代です。徳川時代になって平和になったが、自己の主権欲の為に自分が長く天下を掴みたい為に、続けたい為に人民を圧迫したので、人民の内で偉いのが出ると危険を感じてそれを圧迫して了うというので、日本人に偉いのが出ないようにして雁字搦がんじがらめにして続いて来たのです。それが明治になると跡切れしましたが、しかし違った意味の封建制です。その封建制から生まれたものが軍閥です。軍閥が今度の戦争によって国威を輝やかそうという……ヤクザの親分みたいで、縄張りを拡げようと思って最初はアジアをやろうという内に逆上のぼせあがって、今度はアメリカをやっつけようという事になって、今度ひどくやっつけられたのです。当たり前の話ですが、一時は日本も苦しめられましたが、永久の日本を考えれば非常に良いのです。信者の人には言いましたが、日本の将来を考えれば実に結構です。その為にようやく民主主義になって日本人の偉い事を遠慮なく出せるという事になったのです。私の口から言うのは可笑おかしいですが、終戦までは宗教的な事は何にも出来なかったのです。「日本浄化療法」という民間療法でようやく仕事をしていたわけです。それが終戦になった為に信教の自由が許されるというようなわけで、宗教的な運動も出来る様になり、今日の様に発展し、『アメリカを救う』という本も出せるようになったという事は、要するに日本人の優秀性を思う様に発揮出来るという日本になったわけです。美術館にしてもそうです。今は日本人で偉い人はないですが、昔日本人の中にはこういう文化的に優秀な、高い頭の人がいたのだ、また日本人の美的感覚はこれ程すぐれていた、という事を外国の人達に見せたいという意味が多分にあったのです。箱根とか熱海という外人の来る所を選んだというのは、私が選んだというのではなくて、神様が選んだのです。私はその仕事だけをしたのです。日本人の勝れた点が世界的にだんだん現われて来るのです。湯川博士もその内の小さな一人なのです。ですから日本人で外人に負けない様な偉い人が出ます。そんなようなわけで日本人の自分自身の誇り、あるいは再認識です。そんなに俺は偉かったのかという事を悟るという事が大いに必要なのです。私はそういう方針で仕事をやっています。ですから信者の人もそういう頭を持って下さい。

浄霊の奇蹟はキリストに劣らない

 それからこれはみんな知っている事ですから今更言う事はないのですが、病気を癒す事だけは断然世界一だという事は分かってますが、何しろ世界中で一番偉いものだとしているのはキリストです。しかし私の弟子はキリストくらいの奇蹟は毎日やっているのです。今度のお蔭話に出ますが、八年も眼が見えなかったのが浄霊二分間で見える様になったというのです。キリストに勝るとも劣らないと思います。また十三年間足が立たなかったのが、二十分の浄霊で翌日は歩ける様になったというのがありましたが、キリストに一つも負けてはいません。ですからキリストが何万人何十万人と出来て来ると、日本はどんなに偉いか分ります。桁が違ってきます。というのは科学的に言っても分かるのです。キリストが治した力というのは月の光です。今まで色々な偉い人が奇蹟を現わしたのは月の光です。今度私が始めたのは日の光ですから、日の方は月の六十倍の光があります。だから今までより六十倍の奇蹟が出来るわけです。私の弟子がそのくらいの奇蹟が出来るのは不思議ではない。当然の事です。そんなようなわけですから、これから救世教が先達さきだちになって日本人の偉さを世界中に見せるという段取りになっているのです。なにもそういう希望でやっているのではないのですが、元々日本人にはそういう優秀さがあるのです。それが今まで押しつぶされていたのです。だからそうなるのが当たり前です。偉いと言っても戦争に勝つ偉さではないのです。むしろ戦争を起こさない様にする偉さです。この偉さは自慢しても思っていても決して苦情は来ません。武器の発明の偉さで自慢するのは大変な間違いです。武器を発明する偉さというのは、世界を戦争で苦しめる……と、それを防ぐ為にそういう武器を造るという事においては結構なものです。原子爆弾もそうであれば結構です。そうでなく、己れの国だけが偉くなろうというのではとんでもない偉さです。泥坊する偉さより泥坊を掴まえる偉さの方が良いのです。平和的の優秀さは偉ければ偉い程世界の人達がありがたがります。日本人の優秀性というのは、文化的平和的の優秀性です。それを現わすのに一つの価値として私は地上天国を造っているわけです。

平安郷と平安文化の不思議なつながり

 特に京都という所は、最もそれに適当した所です。箱根、熱海は風景は良いですが、ほかに何もないのです。ところが京都は歴史的に素晴らしく、色んな文化的のものが豊富にあるのです。地形と言い、気候と言い、まず良い事が備わっているのです。特に京都で良いと思う事は風のない事です。これが地上天国を造る上において非常に良いと思います。東京とかほかでは、風のために非常にほこりがたちますから汚れます。ですから風が強く当らないようにするとかいう事で非常に悪いのです。京都などの庭園では砂利を敷いてますが、ほかでは出来ないのです。砂利などは飛んでしまいますから、箱根でもコンクリートで道を作ったのですが、あれは実に不趣味です。やっぱり小石を敷かなければ本当の味は出ないのです。しかしそうしなければしようがないですから、芝の間にコンクリート路みたいなものを造ったのです。それから木とか竹とかというのは、ほかのものより良いです。木とか竹とかあちらで家をこしらえても京都のものでないと駄目です。とにかく、京都のそういった条件というのは将来の為に神様がチャンと備えつけられたのです。ですから色んな事が備わっている。京都は山の形と言い、松の具合と言い、あらゆるものが実に美の都です。ですから名前を「平安郷」とつけましたが、平安郷という名前をつけてから良く調べてみると、あそこが平安文化の中心地だそうです。あの辺りから生まれたのだそうです。聞いてみると藤原時代の絵巻物とかに山などがあるのはあそこの山です。あれを画いたのです。それから水に月が写っているとか、歌にそういったものがありますが、あれは広沢の池だそうです。道路がつたの細道というのだそうです。特に絵巻物などに「蔦の細道」という有名な絵巻物がありますが、それです。そんなようなわけで、あそこが平安文化の中心だそうです。神様はやはりそこをチャンと選ばれるというのは面白いです。そういったような意味で平安文化と東山文化、桃山文化というものを良く調和させようと思います。しかしガラスやセメントを使わなかったら駄目ですから、そういうものは近代的材料を使いますが、それも無理がなく調和を破らない程度において使います。どんなものが出来るか知りませんが、とにかくアッというようなものが出来ると思っています。来年の春あたりからボツボツとりかかるつもりです。まだ色々話したい事もありますが、そうかといってまとまった話でなく、時間がかかりますし、私もだいぶあごが疲れましたからこの辺でめます。

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