号、 (二) 闘病という言葉 (栄光147号 昭和27年3月12日)
この言葉程間違ったものはない。之では病気を敵と見ている訳だから、そんな気持が少しでもあると仲々治らないのである。信者はよく知っている筈だが、病気は最高の健康法であり、大いに感謝すると共に、歓迎すべきものであるから、人間は出来るだけ病気に罹るようにすれば、益々健康になり病気には罹らなくなるものである。最近の御蔭話中に信者でありながら闘病という文字があったので、之をかいたのである。
(三) 医学の盲点 (栄光148号 昭和27年3月19日)
よく新聞やラジオ等で、こういう素晴しい新薬が出来たとか、こういう新手術で不治の病いが治ったとか云って、大々的に太鼓を叩いているが、之等悉くは一時的の効果で根治ではないから、時が経てば必ず再発か、他の病気となって現われるのである。何しろ現代医学というものは、いつもいう通り根本が分らないから只上面だけを治そうとするだけの効果であるから可哀想なのは今の人間である。之につけても吾々が行っている本当の医学を一日も早く世界人類に知らせたいものである。
(四) 神経の所為 (栄光149号 昭和27年3月26日)
よくお医者は、「貴方の病気は大したものではありませんよ、苦しいのは神経の所為ですよ」と云われるのは知らない人はないであろう。処で其言葉をよく考えてみると、こういう事になろう。苦痛のある程の病気でないのに、苦痛を感じるとしたら、其神経は病的である。つまり異常神経となっているのであるから、それを治すのがお医者の責任ではなかろうか、この例として時々そういう患者に出合す事がある。曰く「お医者は何ともないと曰われるが、私は苦しくて仕方がない」という人や、中には「貴方の病気はもう治っている」と曰われるに拘わらず、「まだ苦しいのです」という人がある。
(五) 赤痢 (栄光150号 昭和27年4月2日)
赤痢は今年も大分流行しそうな形勢であるので、当局も大いに憂慮しているようだが、何しろ医学ではこの病気の本当の原因が分らないので、何とかせざればなるまいと熱心に注意しているが、其方法たるや二階から目薬程度のもので、ヤレ外出から帰ったら手を洗えとか、食事の前もそうせよとか、出来るだけ清潔にして、食物や食事に注意せよなどと消極的手段を教えているが、之を吾々からみれば、全くナンセンス以外の何物でもないのである。
そこでこの病気の真の原因を教えて上げようと思うのである。それは薬剤を体内に入れると薬毒で血が濁る。処が現代人は頭脳を酷使するから、其毒血は頭脳へ集溜し固結する。すると浄化作用が起って、発熱と共に液体化した毒血は、下降して腸に集中し、肛門から出るのであるから、放っておけば自然に治り、予後は頭脳は明晰となり健康は増すのであるから実に結構なものであり、生命には何等危険はないのである。
処が其原理を知らないから、解熱さしたり、頭脳を氷で冷したりして、浄化を妨害するから、生命の危険に迄及ぶのである。