岡田茂吉 結核問題 [※その2](天国の福音 昭和二十二年二月五日) | 岡田茂吉を学ぶ

結核問題 [※その2](天国の福音 昭和二十二年二月五日)

 

 然るに近来医学の進歩によって結核の早期発見と唱え、種々の機械的診断法を行い断定するのである。そうして夫等(それら)の機械的診断法が、医家は固より社会一般に如何に信じられているかは周知の事実である。然るにその診断方法が実は誤謬の因となり、結核増加の役目をしているというのであるから問題は大きいのである。それを茲に詳説してみよう。

(一)「ラッセル」とは肺臓の一部に滞溜せる喀痰が、呼吸の為に一種の喘音(ぜんおん)を発するのである。此原因は、身体各局部に固結せる毒素が発熱によって溶解すると共に一旦肺臓内に浸透滞溜し、咳嗽による吸出を俟(ま)っているという訳である。故に吐痰によってラッセルは消滅すべきであるが、後続喀痰がある以上容易にラッセルは消えないのである。此状態を医診はその局部に病がある如く誤解するのである。

(二) 「マントウ氏反応」とは、ツベルクリン注射によって陽性又は陰性の区別を知るのであるが注射の結果その部に紅潮又は腫脹を呈するを陽性といい、何等異状なきを陰性という。医学の解釈によれば陽性は既に結核菌に侵されており、陰性は未侵というのであるが私の解釈によれば之は反対である。その理由を事実によって解いてみよう。人間が毒虫や蜂に刺された場合腫脹を呈するのは、勿論虫毒に因る浄化作用の為であるがそれは毒に対するに処女的肉体であるからである。彼の中国人の一部には南京虫に刺されても何等の症状のないのは、既に抗毒素の発生によって解毒せしむるからである。又私の体験によれば蟆子(ぶよ)に刺された場合非常に掻痒を感ずるが、頻繁に刺され慣れるに従い漸次掻痒を感じなくなる。之等も蟆子毒に対する抗毒素発生の為である。之等の例によってみても陽性とは結核生菌に対し抗毒素未発生の為であり陰性とは既に生菌に侵されて抗毒素既発生であるからである。

 そうして結核菌は何等恐るべきものではない。何となれば決して感染するものではないからで、此事に就ては後段に詳説する。

(三)「赤血球の沈降速度」

之は血液の清濁を測定する方法であるが、いうまでもなく濁血者は血液中に不純物を保有しているから、浄化作用発生し易く罹病の機会が多い訳である。然し乍ら濁血者は結核のみ発病するとは限らない。凡ゆる病原となるのであるから、結核のみの病原に限定する点に医学の誤謬がある。

(四)「結核菌の顕微鏡検査」

医学は結核菌の有無によって病症の重軽を判定する。即ち保菌者を開放性と称して 警戒する。之は何等の意味はない。何となれば結核菌は前述の如く感染の憂はないからである。

(五)「レントゲン写真」

医学の診断に於てはレントゲン写真を頗る重要視しているが之に就て解説してみよう。

レントゲン写真に表われたる胸部の雲翳(うんえい)の有無大小によって診断を下すのであるが、一体この雲翳なるものは何であるかという事である。私の研究によれば之は胸部又は背部に滞溜せる毒素の固結である。然るに多くの場合、肺臓の外部即ち肺膜外、 肋骨及び其附近の筋肉中に溜結せるものであって、肺臓内部に固結のある事は極めて稀である。ただ此場合肺臓外か肺臓内かの区別は容易に判明する。それは肺臓内の場合は呼吸に影響するからで、呼吸に異常のない場合、肺臓は健全であるとみてよいのである。

 又写真は平面的であるから、肺臓の内外前後等の判別は付け難いのであるが、医学 は雲翳さえあれば直に肺結核と断定するのであるから寔(まこと)に軽率というべきである。故にレントゲン写真の診断は不正確というべきである。

 尤(もっと)も医学に於ても正面側面背面等部分的に撮影し、繋ぎ合わして検(み)るという方法を執る場合もあるとの事であるが、之等は非常に手数を要し、一般的利用は不可能である 。又何人と雖もレントゲン写真によれば多少の雲翳は必ずあるもので、全然ない人は極稀である。

 医学は大体右の如き数方法を唯一のものとして診断を下すのであるが、その適確性を欠く事は右の解説によってみても識らるるであろう。

 次に症状に就て概略説明してみよう。持続熱、咳嗽、喀痰は曩に説いたから略すが、血痰は毒血が少量ずつ痰に混入するのである。丁度腫物の破れたる場合、膿液に血液の混入をみるのと同様の理である。又喀血は毒素が排泄されんとして肺臓外の一 局部に血管の亀裂を生ずる為で、之は脳溢血の場合と同様でただ脳溢血は脳に近接せる血管が亀裂するのである。勿論之等も浄化作用の為であって、毒血は何れかの排泄口を求めて必ず出血するもので、痔出血、赤痢等も同様である。右の理によって喀血性結核は医学に於ても治癒し易いとしてあるが、私の経験からいうもその通りである。

 羸痩(るいそう)

 結核者に羸痩は附物である。此原因は発熱、食欲不振、運動不足等によるのであって、特に発熱は体力の消耗夥(おびただ)しいものがある。又食欲不振を緩和する為健胃剤を用うるが、之は一時的効果はあるが、其後に到って反動的に食欲不振を増進させるものである。次に運動は体力増進に効果ある代り発熱の原因ともなるので、此取捨按配(あんばい)が難しいのである。要は自然に心の欲するままに行動するのが最良の方法である。

 盗汗(ねあせ)

 医学の解釈によれば疲労の為というが之は逆である。何となれば浄化作用の一種であって、熱によって溶解され液体化した毒素が毛細管から滲出するのである。恰度汚れ物を熱湯で洗濯したーーその洗い水の如きものである。故に盗汗者は割合体力がある訳である。老人に盗汗者の少いに見ても明かである。私の経験上、盗汗者は概ね経過良好である。又感冒の場合、発汗すると治るのも同一の理である。

 胃腸障碍(しょうがい)

 絶対安静によって結核者は運動不足となり非常に胃腸を弱らせる。之は健康者と雖も絶対安静を永く続くるに於て、胃腸は睡眠状態となり衰弱するのが当然である。況(いわ)んや病者に於ておやである。私は此絶対安静程不可なるものはないと思う。此点も後段に詳説する。即ち消化薬連続服用が逆効果を来し、発熱が食欲を鈍らせる等、実に結核者の胃腸障碍は多くの場合致命的ともいうべきである。

 そうして特に注意すべきは、結核と診断された患者の大多数は化膿固結性腹膜炎を保有している事である。此症状は腹部は普通の腹膜炎の如く膨大がないので、医診は発見出来得ないのであろう。腹部は寧ろ縮小している者さえあるが、触診すると硬化著しいのと熱感によって知らるるのである。故に硬化が胃腸を圧迫し、食欲不振の原因となり、腹部の固結が浄化排除さるる場合持続性下痢となるので、医家は之を腸結核と誤るのである。又此固結膿は咳嗽、喀痰、呼吸逼迫(ひっぱく)の原因ともなるので、之等の腹部症状の患者に対し医家は結核者となすが私は之等の患者に対し、腹膜治療を施すに於て漸次快方に向い畢(つい)に所謂結核は治癒するのであるから、医家の誤診も亦甚だしいというべきである。

 呼吸困難

 此症状も結核者に最も多く、患者によって差異が甚だしいが、何れかといえば悪性である。そうして此原因は左の如くである。

(一)肺臓内に毒素滲透し、それが多量の場合肺の容積が減少する為、必要量の空気を吸収するには呼吸回数を多くせねばならず

 その為の場合

(二) 肺膜外に、既往症である湿性又は化膿性肋膜の治癒後、その残存膿結のある場合浄化発生によって呼吸に支障を与へる。

(三) 横隔膜附近の膿結に浄化発生の場合、之が呼吸に圧迫を及ぼす。

(四) 発熱により全身各局部特に肋骨附近にある毒結が溶解し肺臓に滲透せんとする場合肺自体がそれを吸収せんとし、呼吸運動が強化さるる場合

疲労感

 之は発熱及び体力消耗による全身的衰弱の為である。

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