御教え集1号 昭和二十六年八月十一日 *美術館 (昭和二十六年九月二十日発行)

それからね。美術館ですがね。あそこにできてる模型を――最初のはどうも面白くないので、今度変えたんです。二階屋にしたんです。あれじゃいくらも陳列できないのでね。今度できる美術館は企図も良いし、形も良いのでね。その図面を、今見せ様と思っていたら、大工の方に行っているので。

それで、非常に金がかかったりするので、それから建築の日数がかかるので、もう一年のばそうと思うが、神様の方はそうはいかない。来年の夏迄には造る。来年の夏迄には必ず完成する。この頃世の中を見ても、美術と言うものに非常に関心を持って来た。

今度の講和にサンフランシスコで美術の展覧会をする事になっている。これはアメリカの何とか言う人なんですがね。百七十七点ですかね。それだけ行く事になる。荷造りをしてますがね。その前に博物館で展覧させると思ったが、日がないので今一生懸命荷造りしてます。荷造り料が百万円ですからね。飛行機で向こうに持って行くんですね。かなり良いものがあります。国宝的のものを中心に、あと民間のものも相当入ると思います。

ところが私から見ると、まだ当局や世間の人の考え方にちょっとずれがある、と言うのは、これは何百年前何千年前のものだから――つまり歴史的の意味ですね。それを目的にしている。正倉院の宝物にしても、よく之だけのものを造った。よく今日迄保存されて来た。と言う、そう言う意味ですね。ところが、審美――美術の鑑賞と言うところから言うと、古いのが良いと言うのではなく、古くても新しくても、良くできたものですね――傑作ですね。美的要素が多いと言う事を中心としたい。まだそこ迄行ってないですからね。アメリカに行った美術品を理解できるアメリカ人はいくらもないですね。本当に理解できるのは半分もないです。私から言えば三分の一、五分の一でしよう。美術ですからね。美術と言う頭を持たなければ――こう言う点からも、私がつくる美術は、考古学と言う意味でなく、美術としてやるつもりです。これなら日本人にしてもアメリカ人にしても、世界人が理解できると思います。それが本当の行き方です。

それから、美術と言うものに関心を持って、ほうぼうに美術館ができるですね。今、現代美術ですが日比谷公園にできるとかいう話ですが、それも少し反対があって芝公園と言うのもある。すでに予算は三億取っている。二、三年で必ずできます。これは大体文部省の買い上げですね――各展覧会での。あと明治以後のものが出る訳です。それから京橋の石橋ビルですね。あそこも二階か四階の両方か、どちらかで、展覧会する事になっている。鎌倉にも、もうじきできますしね。各地にそう言う計画があります。鶴見にもできるそうです。そんな訳で段々ミロクの世が近づいて来たので、そう言う空気もできて来る訳ですね。

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