岡田茂吉 御垂示録1号 昭和二十六年九月 「序 文 」 昭和二十六年九月十五日発行 | 岡田茂吉を学ぶ

御垂示録1号 昭和二十六年九月 「序 文 」昭和二十六年九月十五日発行

  本冊子は、特別御面会に於ける、明主様の御教を集録せるものであります。

  明主様の既成の迷信の打破、或は来るべき新しき世界に対する神言の数々、必ずや心底に響くものありと信ずるものであります。敢て各位の心携を望む次第であります。

  注 (本序文は第一号より第十六号まで同文ゆえ次号以下第十六号まで略)

昭和二十六年八月御垂示

御垂示録1号  昭和二十六年八月一日  ①   *美術品

八月一日

  《御垂示》之が宗達(上の間のお掛軸)狩野派以前の足利時代のです。

  《お伺い》「宗達のこう言う図柄は珍らしいんで御座居ましょうか」

  《御垂示》 いや、もっと小さいんです。博物館のなんかも、もっと小さいんです。

    《お伺い》 「之は鷺の実物大と同じですか」

 《御垂示》 そうですね。――もう少し小さくて、ぞんざい――簡単に書いた方がいいですね。

  《お伺い》 「観山亭に今おかけになって居られる書のお軸は」

 《御垂示》 西山と言う人です。大徳寺の坊さんです。大徳寺の坊さんでは開山が、この人が一番うまいです。高いんです。横文字で字が小さいんです。極く安いんで五十万ですかね。五十万で無いですね。ついこの間来たのが八十五万と言う。洗ったか、なんかしてはげているのが、それで八十五万。少し大きいんですが、それが百七十万。あんまり良いんじゃないが、預っているが、何うしても、値段出しきらないですね。百二、三十万ならするでしょうね。一休が一番良いですね。一休のは二、三百万するですね。それから沢庵ですね。一休が一番うまいんです。その次が沢庵で、その次が西山ですね。

   《お伺い》 「良寛は」

  《御垂示》 良寛は安いんです。良寛なら五、六千円。私がこの間買った良寛の絵ですが、一万円です。姓名入りで一万円で買った。西山と玉室と言う人と四人ですね。一休は何故一番かと言うと字としては、一番まずいんです。西山の方が一番うまいです。処が、自然の儘に書くから、そこが良いですね――明らかで。西山なんか、うまく書こうとするので、そこに臭味があるですね。

    《お伺い》 「鉄州なんかはずっと落ちるんですか」

  《御垂示》 鉄州なんかずっと落ちますね。鉄州だったら、千円か二千円です。

    《お伺い》 「道風は高いですね」

  《御垂示》 道風は高いですね。あれは、一行幾らと言うんですからね。それに表装がつくんですからね。三万位するでしよう。一寸したので、三十万位するでしよう。ここに来てから、うんと高くなった。道風と西行だね。


  《お伺い》 「第三次戦争が始まると、ずっと下がりますか」

  《御垂示》 何うですかね。殊によると、上がるかも知れない。高くなりましたよ。素晴らしく高くなった。私は、以前買ったのは随分儲ります。一番なのは、終戦明る年買った、光悦の画像で六万円と言うのを買ったが、今、二百万円でも売りません。日本の歌の、色紙ですね。今アメリカでは一寸良いのは十万で買います。五万以下はないです。信綱の三十六歌集と言って有名ですが、三十六枚ある。大体色紙ですがね。業平とか小野小町とか書いてある。墨絵では、牧谿と梁楷と二つですから。牧谿でいいものは、二つばかりあるんです。何しろ段々高くなっているからね。だから贋物が随分あるんですよ。だから、ああ言うものを、手に入れるのは中々苦心惨憺します。それから、目がきかなければ、相場がありますからね。おっかぶせ様、おっかぶせ様と言う、詐欺師みたいですからね。今、先ず道具屋の勉強して卒業する迄に一千万円払わなければならない。買いそこないですね。やっぱり、自分が買わなければ本当じやない。やっぱり自分が買わなければ、深刻にはね。私は終戦時分から買いました。唯、表装が良いんで買ったと言うのが、処が皆んな、それが良いものです。恐らく私みたいなものはないと思います。この頃、めったに買わないんです。終戦後買ったのは安いんですからね。良いものが出て、それで安い。

  足利義政が宋元時代のものを輸入して、之を皆んなに、絵書きに書かした。と言うが、絵書きをつくつたのですね。そう言う名人が出来て、それが狩野派と言うんです。

 
  《お伺い》 「巨勢(コセノ)金岡と申しますか。あれは」

  《御垂示》 あれは仏画の方です。仏画の方は又違う。あれは坊さんが書いた。坊さんにも、うまいのがあります。今、仏に関するものは安いんです。だから私は、それを買っているんですが、足利時代ですね。徳川時代になると、ずっと違いますからね。見られたものじやない。私位目のきいているのはないだろうと思います。何故なら、道具屋は、茶器なら茶器だけで、専門的になっていますからね。処が、私は何んでも大体判りますからね。だから、私位あらゆるものを見る者はないと言ってました。

   《お伺い》 「鑑定で一番難かしいのは、何んで御座居ましょうか」

  《御垂示》 支那陶器です。仏です。仏はなんですね。本当に判るのは日本ではないですね。支那陶器も一寸判らんですね。本当に、之はと言う人はないですね。青磁ものは特にですね。今又研究中なんです。何故なら、学説が変っているから、新発見するからです。去年か一昨年支那陶器の研究で、支那に行って、竃(カマ)のあった処を発掘して陶器を発見した。支那では、陶器を作って、王様の処に持って行き、完全に出来たのを献上する。失敗したのは皆んな壊しちゃう。面白い事には、鎌倉の海岸に行くと、良い青磁の壊れたのが沢山ある。では、何う言う訳で青磁が沢山捨ててあるかと言うと、色んな説がある。之は、私が神示に依ったので、蒙古との戦いの時、皆んな憤慨して、良い品物を持っているのは、足利時代ですからね。それで憤慨して、支那のものを皆んな壊わして了った。壊わして捨てた様ですね。それが、ああ言った重いものですから。それに、水の中では、何んともない。そう見てますがね。さもなければ、青磁の良いものを壊わして捨てる訳がない。それでも、尚且日本には良いものがありますからね。

    《お伺い》 「熊本県の八代に高田(コウダ)焼と言う青磁がありましたが、その茶碗で飲んだら、毒が入っていると、お茶の色が変り、必ず判ると言うので、大名が愛用して居たと言うのが伝説にあるので御座居ますが」

  《御垂示》

それは神秘ですね。面白いものですね。ですから、支那のは官窯、民窯と言うのがありますが、官窯と言うのは、帝室で使うものばかりですが、それは、良いものがありますよ。

    《お伺い》 「京都の乾山と入谷の乾山と聞きましたが」

 《御垂示》 陶器と言うのは、そう言うものですね。光悦だって、加賀光悦と、京都の光悦とありますからね。大体、乾山は江戸ですね。江戸に一番長く居た。

    《お伺い》 「鶯谷の土を取って焼いたそうで――」

  《御垂示》 そうです。その子孫はずっと続いて居ます。乾山に就いては、学者の方で非常に意見が対立して論争しているんです。ああ言うのは、研究するのは馬鹿々々しいです。私は、この頃は学者の説はまるっきり用いない。馬鹿々々しいからね。私は見れば直ぐ判る。品格がある。二代目からは品格と言うのがない。今でも、支那の陶器は研究してます。陶器は世界一ですね。支那の陶器は。大抵、良いものは秀吉が一度は持ってますね。それから徳川に行き、それから各大名に褒美にやったりね。殆んど、足利義政から信長を経ている。

    《お伺い》 「やっぱり、秀吉は好きだったので御座居ましようか」

  《御垂示》 好きだったんです。偉いと言うのは、朝鮮の飯茶碗を持って来た。それを、利休は茶器の茶碗に使ったんです。それで、それが一つの国宝になったんですね。それで、秀吉は、国をやる代りに、茶碗をやったんですね。ですから、大名によっては、国を貰うより、茶碗を貰った方が良いと言うのが居る。それで、徳川の代々の大名は大事にして、茶碗一つを大事に駕籠に入れて、江戸に行って、それでお茶の会があった。だから、説によると、秀吉が朝鮮出兵したと言うのは朝鮮の陶器が欲しい為に朝鮮出兵したと言う位です。

        《お伺い》 「支那、朝鮮では保存する人がなかったのでしょうか」

      《御垂示》 いやいや保存してあったんです。処が戦争があったでしよう。それに依って、逃げられなかったので、土の中に入れて逃げた。又水中物と言って、水につけて逃げた。
それが、きれいです。唐、隋、晋、宋、一番良いのは周ですね。周銅と言ってね。之は殆んど真青です。年代でなったのは錆が少ない。それで極く尊い。陶器でも銅器でも保存されていたが、書画だけはしょうがない。書画だけは日本に来て日本で保存された。だから、支那の絵は日本に来ているので、アメリカはそれを欲しがっている。それで博物館では、之は大変だと言って方々探して歩いている。

      浮世絵にも良いのがあります。浮世絵は大抵版画ですがね。私は版画は嫌いです。肉筆が良い。版画は印刷の技巧が大半です。東山水墨と言ってね、足利時代の墨絵で、之は良い。それから大和絵ですね。それから現代画ですね。普通の蒔絵も――高蒔絵つてありますね。研出蒔絵、金が中に入っている。平蒔絵、ひらべったくなっている、普通、研出が一番良いんですね。一番良いのは、徳川初期時分が一番良いんです。高蒔絵の一番良いのは、加賀の前田ですね。庭に小屋を作って蒔絵師につくらせ た。加賀蒔絵と言ってね。

      《お伺い》   「七宝焼と言うのは――」

      《御垂示》 あれは徳川末期のもので、良いのがあったが、日本人には向かないですね。外人向きですね。尾張じゃ陶器ですね。今度、博物館に出しますがね。黄瀬戸には良いものがあります。それから、九州の有田、あの辺に良いものがありますね。柿右衛門と言う名人が出たが、柿右衛門は、そう大した事はない。何と言っても、日本の陶器は仁清ですよ。私は仁清が好きで、終戦後随分沢山買いましたが、近年は殆んどないですよ。何うしてかと聞いたら、こちらでお買いになったから、無いと言う。冗談じやない。藤壺があるでしょう。あれが、一昨年か、金が苦しかったので、幾らかと言うと二百五十万。百五十万なら出そうと言つたが駄目だったので、止めちゃった。その後聞いたら、三百万で評判になつちゃった。近頃は売るまいけれど、売るとしても五百万です。三百万なら、私はお辞儀をして買います。

      有名なものは、うるさいです。売ったと言うと直ぐ、税務署が目をつける。それで、しょうがないからアメリカに売っちゃう。あんなもの税金収めても、幾らでもないですからね。少しはアメリカ当りにもやった方が良いんですよ。何故なら、日本美術と言うのは、アメリカ当りでは、皆んな贋物なんです。それは随分ひどいんですね。それで、アメリカ人は、日本の美術は良いものはないと思っている。処が、近頃日本に来て、良いものを時々見るんですよ。方々の道具屋を見て、之は良いと言うので、最近急に買い始めた。講和に美術展と言うのは、要するに見たいんです。見直したいんです。私が、終戦後未だ皆んなどさくさして居ましたからね。あの時に良いもの買ったのが大したものです。今になってみると、支那の良いものは手に入りますが、日本の良いものは殆んどないですね。

タイトルとURLをコピーしました