岡田茂吉 御垂示録2号 昭和二十六年九月一日 ※美術品 | 岡田茂吉を学ぶ

御垂示録2号 昭和二十六年九月一日 ※美術品

《御垂示》   この間、大谷光瑞のもので、支那から持つて来たのですが、二、三点買いました。未だ光瑞の素晴らしいのがありますが、見せる様に言つた。それから、上に絵が画いてあつてお経になつているのがあるが、因果経といつて一行五万円ですがね。それを切つて三行か五行で十万はする。この間三行持つて来たが、行の少ないのは嫌だつたから止めた。美術館の為に五十四行と言うのを買いましたが、巻物はそれが一番です。値打ち物です。あれは、一寸でも切るか洗うかすると国宝にならない。八十三行と言うのを、切らないで絶対に取つて置けと言つたが、どうしても欲しいと言う人に分けてやつて、五十四行になつた。それを一行四万五千円で買いました。

 《お伺い》 「大雅と言う人が画いたのが御座いますが、あれは値打があるものでしようか。」

 《御垂示》 少しはあります。傑作物なら幾らかあるが大した事はない。大雅と蕪村と華山の三人が良いとしている。

 《お伺い》「大体に於て掘出物は御座いませんのでしようか。」

  《御垂示》   ありますよ。私は随分掘出物を買いました。面白いんですね。仮に素人が預かつて、それを道具屋に見せるでしよう。道具屋も目がきかないので・・・道具屋も分からない。そう言うのが時々あります。この春にも、高野山にあつたので、坊さんがお経奏げてるのを五万円で買いました。それは、私の目がきいている訳ではないのですが、藤原時代に出来たもので、日本で最古のものです。今安くても五十万です。五十万か六十万です。

  《お伺い》「色んな古いものを持つている人がありますが、そう言う中から。」

  《御垂示》 そうです。そう言う中から、たんとは無いが一つや二つはある。

  今アメリカでは書を買うんです。色紙ですね。之を馬鹿に欲しがる。

  それで、高くなつたですね。終戦後、財閥が・・・三井とか、ああ言つた人達が、生活を制限されたでしよう。その為に食つて行けないので、内証で隠してあるのを売つたのを買いましたが、今はみんな、何倍、何十倍になつている。だから、売つたら随分儲かるけれどもね。その時、私は随分買つた。高い高いと思つて買つたのが、随分 安い。日本でも、ぼつぼつ美術館を造りますが・・・近畿鉄道もそうですね。之から建築にかかるんですが、品物も相当あります。今でも集めているんです。それが、うつかりすると良い物を買うかも知れない。それから文部省では、文化財保護委員会と言うのが出来たんです。それが三億の予算を取つたので、之がうんと買う。アメリカは目を皿の様にしてますからね。それを、こつちは他に取られない様に、ひつこ抜きする訳です。こつちも金はそう無いからね。チビチビ内金々々でやつている。大抵三月位はかかつている。然し他のもやつぱりそうです。近畿鉄道でもやつぱり月賦か何かで買つている。

      一品百万か二百万ですからね。そうかと言つて離してはつまらないしね。美術館になくてはならないのがあるからね。金が苦しくてもしようがない。借金や貧乏で苦しいんではなくて、買わなければならない物を買うんで苦しいのです。世間で言う金に苦しいのと違う。併しやつぱり神様がやつてますからね。私が欲しいと思えば、きつと誰かが持つて来る。よく道具屋が、こう言うものは出るものじやないが・・・と言う。

      白鶴も実際不思議ですね。あの中で欲しいのが五、六点ある。それが入ると何処にも負けません。あそこには再び手に入らないものがあるんです。この秋に行こうか何うしようかと迷つていたが、神様は行かなければしようがない様にされちやつた。

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