岡田茂吉 大神・神・尊・命について、分霊と化身 | 岡田茂吉を学ぶ

大神・神・尊・命について、分霊と化身『教えの光』(1.宗教、科学、哲学、芸術の問題 ) 昭和二十六年五月二十日

大神、神、尊、命について

      【お伺】大神、神、尊、命とどういうふうに違いましょうか。

    【御垂示】人間の一番偉いのは命といい、ふつう人間が死んでつける。

      尊—これは生きているうちから位のあった人につける。命より上になる。例えば素盞嗚尊(すさのをのみこと)などそうである。また神が人間に生まれた場合にも尊をつかう。

      大神—これは主(す)の神を言い、ただ神と申すときはふつうの神である。主神(すしん)は体(たい)はもたれぬが、ただその表現神はある。

      すべて神様のことは固定的に考えてはいけない。融通無碍である。しかし国常立尊のような神は大神と言っていい。次に参考に言うが人間の場合一番上が麿で、次が丸、次が雄、男、夫という順序になる。

  分霊と化身について 

       【お伺】分霊(ぶんれい)と化身(けしん)について。

    【御垂示】分霊とはわけみたまと言い、人間にはないが、神様はいくつにも霊を分けられる。しかし神社で同じ神様をほうぼうで祀る場合、神の分霊というが本当を言うと、家来の直系とか傍系などの神様もある。しかし天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)とか高皇産霊神(たかみむすびのかみ)、神皇産霊神(かむみむすびのかみ)とかはそうでないが、伊邪諾尊(いざなぎのみこと)、伊邪冊尊(いざなみのみこと)、天照大御神などは人体をもって一度この世に現われ給うた神であるから、爪や頭髪を分けて祭られたのである。

      化身で一番重要なことは、仏は全部神の化身であって、夜の世界の間は仏の世であるから、神々は全部仏に化身された。天照皇大神が大日如来、月読尊が阿弥陀如来、稚姫君(わかひめぎみ)尊が釈迦如来というようにである。従って、仏滅ということは仏がみんな元の神格に還り給うことである。善言讃詞に「観世音菩薩此土に天降らせ給ひ光明如来と現じ。応身弥勒と化し」とあるが、観音は伊都能売神(いずのめのかみ)であり、ミロク神の化身である。従って、いずれは観音という御名もなくなる時が来る。霊界ではすでににほとんどなくなつている。

      注:((*1))  一九九〇頁参照

タイトルとURLをコピーしました