教えの光

教えの光

宗教と科学、原子力、霊子『教えの光』(1、宗教、科学、哲学、芸術の問題 )昭和二十六年五月二十日 

科学で説明のできない宗教は本当のものではなく、同時に宗教で説明できない科学も本当のものではない。
教えの光

悪と苦の存在 『教えの光』(1.宗教、科学、哲学、芸術の問題 )昭和二十六年五月二十日

邪念や言葉の罪などは、朝夕神仏を礼拝することによって大方は浄められるが、それのみでは本当でない。やはり人を幸福にすることが肝要で、信仰は拝むのみでは本当に救われぬ。まず多くの人に喜びを与えなくてはならぬ。 
教えの光

真 理 『教えの光』 (1.宗教、科学、哲学、芸術の問題)昭和二十六年五月二十日

があって善の活動を妨げたり苦しめたりすることによって善の力を強め、その進歩を促進せしめたのである。以上は大乗的な説き方であって、ある程度の覚りを開いた人に説くのは差し支えないが、小乗的な人にはその真意は解し難く、誤解を招く懼(おそ)れがある
教えの光

『教 え の 光』「 序 文」 昭和二十六年五月二十日

平易簡明透徹の御開示は高い神智、輝く珠玉の一齣々々である。 賢愚老幼の別なく、何人といえども一読大覚を得て天地開明の喜びに浸り、三界の真理は 髣髴として把握せしめらるるを疑わぬ
教えの光

特別御面会 昭和二六年七月八日 午後一時三十分より約二時間 (於)神山荘 上の間 ※その3

毒血が排除されるのであるから結構で、霊が物質化したのが浄血であるから、御浄霊を受けると、汚い血が出され、きれいな血が増えてゆくのである。
教えの光

特別御面会 昭和二六年七月八日 午後一時三〇分より約二時間 (於)神山荘 上の間 ※その2

これは釈尊が、毎年一回日を決めて、地獄にいる霊を、子孫の家に還らしてくださるのである。
教えの光

特別御面会 昭和二六年七月八日 午後一時三〇分より約二時間 (於)神山荘 上の間 ※その1

霊視能力は憑霊のためで、そのほとんどは狐霊である。狐が憑ると霊が見えたり、声が聞こえるのである。精神病者は右の能力が顕著である。ゆえに普通人がそうなることは危険である
教えの光

『妙智之光』地上天国十六号 (2) 昭和二十五年八月十五日

【答】無論時期を待つのがよい。決して無理に判らそうとしたり、本人の自由意志を押えつけたりしてはいけない。信仰は或程度霊の曇りが除れぬと入れぬものである。   浄霊は、特に先方から頼まぬ以上決してすべきではない。
大経綸

地上天国36号 『教えの光』 昭和二十七年五月二十五日 ※北極南極の氷は、段々溶けて、将来は人類の住む土地が殖えてゆく

地球上、北極南極の氷は、段々溶けて、将来は人類の住む土地が殖えてゆくのである。此理由としては、地殻が収縮するので海面が低くなるから、各河川が浅くなつて干いて了う虞れがあるので、その水を供給する為である。
教えの光

お盆『教えの光』(1.宗教、科学、哲学、芸術の問題 ) 昭和二十六年五月二十日

元来祖霊は常に全部仏壇にいる訳でなく、平常は選ばれた留守番の霊がいるだけで子孫が拝む時だけ仏壇に集るのである。その際仏壇には或程度救われた霊だけしか来られない。つまり八衢以上のものが来られるので、地獄にいる霊はお盆の時以外は来られないのである。
教えの光

教えの光「日本人種の霊的考察」について 地上天国22号・23号 昭和26年

之等は余程信仰が深くならないと、判り得ない。言わば信仰上大学程度である。従つてそれを知りたいと思うのは、非常に結構であるから、今後出来るだけ御神書を読み、判らない事は質問をして、叡智を磨き、人助けをして、信者を多く作る事に専念すれば、霊も浄まるから、判らなかつた事も判るようになるものである。
教えの光

地上天国30号 教えの光 (温泉)昭和二十六年十一月二十五日

浄化促進ではない、反つて浄化停止である。温泉の湯によつては硫黄分が多い場合、皮膚から滲透して新陳代謝を停止する事と、病人などはそれによつて浄化作用を極度に停止するので、中毒や人によつては生命迄も危うくなる事がある