栄光 宗教文明時代(上)(栄光116号 昭和26年8月8日)
本当をいえば一般人の頭脳に沁み込んでいる既成宗教観を抜いて了しまわなければ、本教の実体は到底掴つかみ得ないのである。というのは現在迄の宗教も科学も、凡ゆる文化の水準を遙かに超越している処の超宗教であるからで、適切な名称さえ見付け難いのである。強しいて言えば、まず宗教を主眼として創造される処の、宗教文明の発案者といってもよかろう
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地上天国 この文を書くに当って、前以て断っておきたい事は、我がメシヤ教は純然たる宗教ではないのである。と言っても、一部には宗教も含まれてはいるが、全部でない事は勿論である。では、何故メシヤ教の名を附けたかというと、何しろ有史以来夢想だもしなかった処の劃期的救いの業である以上、止むを得ずそう附けたまでであって、特殊の名前を附けるよりも、この方が分り易く親しみ易いからで、これを卒直に言って宗教以上の宗教、即ち超宗教であり、空前の救いの業と思えばいい
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