糞の弁 (栄光 七十四号 昭和二十五年十月十八日)


 糞の弁とは、詰めれば糞便と言う事になる。日本人は昔から、糞を田圃にまいて稲に吸わせ、其稲が吸った糞便を、又人間が吸うのであるから、謂わば人間という万物の霊長は、糞溜といってもよかろう、だから人間の体に虫が湧くのは当り前だ。赤ン坊によく湧く蟯虫(ぎょうちゅう)などは白い細い虫で、先ず小型の蛆虫(うじむし)である。斯のように糞尿肥料を有難がってる日本人位、汚ない人種はあるまい。それで判った事は、日本語には糞に関した事が非常に多い。先ず第一大祓の祝詞の中でさえ、糞屁許々太久(くそへここだく)の罪という言葉もある位だ、したがって、日常使う言葉にも沢山ある。先ず眼糞、鼻糞、耳糞、歯糞は元より糞ッ垂れ野郎、何ッ糞、糞でも喰え、糞面白くもねぇ、糞味噌に言いやがるだの、屁ッピリ虫奴、屁みたいな話だ、屁の河童だ、屁でも嗅ぎやがれ、尻でもしゃぶれ、尻の穴奴、尻メドの小ッポケな奴だ、尻を持って来やがる、尻ぬぐいをさせられた、尻切りとんぼ、蛆虫野郎、蛆虫同然、蛆虫毛虫だとか、彼奴(あいつ)は、チト臭いぞ、臭い訳があるんだよ、臭い事をしてやがる、臭い仲だ、臭い物に蓋をする等々、まだまだあるだろうが、ザットかいただけで此位としたら、日本は全く威張れない国だよ、とすれば我が自然農法が行き渡る暁こんな嫌な言葉は、過去のものとなろう。如何です、諸君、之だけかいたんで腹の虫も少々治まったようだ。ヘーサヨウナラ。

此様にあんまり尻からこき出すように言うと、糞イマイマしい、といって尻をまくってブーブー言ってくる奴があるかも知れないから、こちらもヘーヘー言って屁コタレない内、此辺で屁をひって、尻つぼめとしよう。

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