
私たちは得てして、目に見えないものを軽視しがちです。もし自分の出す言葉に色がついていたら、おそらく十中八九の方は発する言葉に細心の注意を払うのではないでしょうか?しかもそれが色だけに留まらず、自らの人生や自然界にも影響を及ぼすのですから、日々の発言には気をつけねばなりませんね。特に罵詈雑言は黒い煤のようになって口から出るとのこと。恐ろしい事実です。
しかし、良い言葉を出していればそれで良いかと言えばそうでもないのが難しいところです。言葉を発する時の心持ちはどうでしょうか?霊主体従の法則から考えれば当然、目に見えない想念の世界は無視できません。
《お陰話》言霊から御光が出る 抜粋
夕刻信者のNさんが、一子T(九歳)ちゃんを連れて参られ、M先生の御浄霊を依頼されました、以前から心臓が悪く、幾分霊的な点のある御子様であります、最近お光が肉眼をもって見えるという御話がチョイチョイありますが、この御子様もそれが見えるのであります、御浄霊される御手からばかりでなく、御神体からも金色の光が放射されていると申します、先生が、どの御文字から一番出ますかと聞かれますと、「明」という御文字と「来」という御文字が、一番お光が強いと申します。 やがて先生が天津祝詞を奏上されると、その口許を不思議相に眺めていたその子は、「おじさんの口からも金色の光が出る」と申すでは有りませんか、並いる一同唖然としていると先生が「では今度はどんな色ですか」と「馬鹿! 阿呆!」と怒鳴られました、すると、「ああ、薄黒い色になって仕舞った」そして先生の話される言葉の内容、調子によって、絶えず言葉の色はあるいは黄や白や種々の色に変化して行くのだそうです。 私共は、常に言霊という事を伺っております、そして人の発する言霊のいかんによっては、霊界や、いう人聞く人の魂を曇らせたり、浄めたりするのだから、すべからく美しき言葉、人を賞め讃えたりすべきで、悪口雑言、愚痴、泣き言を慎むべきだとの御注意を頂いておりましたが、今目前にこの奇蹟を見せられて、今更に一同感じ入った事でした。
<曇り> 天災地変のみでなく、いっさいの人事も人が造る 抜粋
始終悪いことをしゃべったり、嫌いなことをしゃべると、言葉が一種の曇りになる。以前、見た人の話によると悪口言ったりなどするときは、煤みたいの鼠色の雲となって出る。神様の話したり、神様を讃美するようなことを言ってると白い光になって出る。ですから、多くの人が神様を讃えるような言葉をたくさん言えば、曇りがとれて光のほうが多くなるわけであります。そして天災地変がなくなる。これが判ったら恐ろしいくらいであります。
御垂示録6号 「言霊」 抜粋
《お伺い》芸術は言葉をもって表現される事があります。そう言う意味から申しますと、日本人の言葉は優秀性に富んでおりますが、昔の純粋の大和言葉が良いので御座いましょうか。それとも新造語の方で御座いましょうか。
《御垂示》いや、それは違う。七十五声完全に言えるのは日本人の言葉です。本居宣長が発見したんです。天井に紐を吊つて鈴をつけて、七十五声を鈴で型取った。その家を「鈴の屋」と言ったが、有名なものです。そこで、言霊の研究をした。だから、言霊と言うのは一つ一つ意味がある。 それで、一つ一つの綴り方によって、善の働きと悪の働きをする。これは別に何でもない。良い事を言えば善の働きをする。悪い――泥棒しようとか、ぶんなぐろうとか言う言霊は悪い意味になるでしょう。悪い意味になると、人間の耳に入っても良い気持ちはしないです。あの人を良い気持ちにしよう、とかは霊界に――霊界と言っても色々ある。言霊界に言葉は響く。それから考えですね。良い考え、悪い考えですね。それは想念界に影響する。これは言霊界より、もう一層深い――密度の極く濃い訳ですね。だから、気持ちを想うだけで霊界が違っちゃう。そこで、良い言霊を使う。そこで御讃歌とか祝詞とか良い言霊を使ってある。良い言霊と言っても、読んでスラスラと感じが良くなければならない。良い言霊でも、感じが良く、柔らかく、滑らかに、いかなければならないですね。そうすると、日本の仮名書きなんか、極く上等になっている。





