御教え*日本美術(御教え集7号  昭和27年2月7日③)

【御教え】二、三日前に箱根の美術館を見に行って、その時感じた儘を書いてみたんですがね。今読ませます。

 御論文「私の美術修行」のあとの御教え

 今読んだ通り、日本美術と言うものは見られないんですよ。日本美術を見せる所は一つもないんです。それで、日本は世界の美術国であり、日本人は非常に美術にすぐれていると言っても、出来た物を見られないとしたら、おかしな話です。ですから、外国人でも日本美術は知らないんですよ。見た事がないからね。少しは見るけれども、本当の良い物は殆ど見られないですね。唯、写真か図録で見る位です。処が写真も、天然色は極く少ないですからね。大抵普通の白黒写真ですから――やっぱり、美術品は色が判らなければ、面白くないんです。唯、形だけではね。そうすると、仕方がないから――外国人なんか、支那美術を蒐集します。非常に趣味を持っている。ですから、この間サンフランシスコで、講和会議の時に展覧会した――あれは日本から百数十点出品しましたが、あれも私が後で、博物館で展示会がありましたので行って見た処が、日本の仏教美術ですね。大体三分の二は仏教関係の物ですね。だから、外国人は日本の仏教――特に彫刻ですね。之は非常に驚いている。ですから、欲しがって居ますよ。欲しがって居るけれども、仏教美術の良い物は、皆お寺にあるんですよ。ですから、外人が見ようとしても、一軒一軒お寺を尋ねる訳にもいかないし、お寺の本尊様になっているから見られないですね。他には、日本の陶器とか蒔絵は殆ど出なかったですね。処で、日本の美術で特色ある物ですね。それは、絵では琳派ですね。光琳、宗達、乾山ですね。之は世界に誇るべき物なんです。処が、この間のサンフランシスコなんかは、琳派物なんか一つもないですね。陶器では仁清、乾山、鍋島です。で、日本画は琳派と、あとは土佐派ですね――大和絵ですね。それから浮世絵――それ丈が日本独特な物です。日本の古い物は狩野派が多いですが、それは支那の宋元時代の模倣ですからね。模倣と言うが、それにヒントを得て――まあそれを倣った様なものですから、日本画としては、さっき言った琳派と大和絵と浮世絵ですね。陶器は、今言う仁清、乾山、鍋島。あとの陶器は、やはり支那、朝鮮の模倣なんです。あと日本に良い物がありますが――柿右衛門なんかも支那の色々な模倣ですね。ですから私は、柿右衛門は有名ですが余り重きを置いてないんです。あとは尾張物と言って、茶器なんかに多いですが、尾張の唐津とか志野、織部、瀬戸ですね。そう言う尾張の陶器は中々良い物があります。特色がありますが、之は朝鮮から習ったんです。朝鮮の職人が来て教えて行ったんですからね。あと色々な物は、みんな支那から入っているんです。だから、日本の特色と言うと、今言う絵と陶器ですね。あとは蒔絵ですが、蒔絵は本当の、日本の一番の特色ですね。日本でなくちゃ無いんですからね。そう言う物なんかも殆ど出ないんですがね。よく、蒔絵はアメリカに行くと壊れちゃうと言うが、漆器類は乾燥を一番嫌う。処がアメリカの空気と言うのは、特に乾燥している。特にシカゴ辺りが一番乾燥している。そこに行くと、皆駄目です。バラバラになっちゃう。処が、それは出来が悪いからで、本当に出来が良い物は、絶対にそう言う事はないですね。そう言う良い物を出せば良いが、出品する人もアメリカは漆器が壊れると言う事を聞いて、本当の事を知らないで、出さないと言うのが多いですがね。今言ったのが日本的美術ですね。そう言う物を、箱根は主にして出す積りです。ですから、今度の箱根の美術館を見ると、日本人であり乍ら、日本でこんな良い物が出来たのかなと思う人が随分あると思います。外人なんか、大したものだ、日本美術は良いものだと言う事が解るだろうと思う。浮世絵なんかも、外国人が大騒ぎするのは版画ですが、版画はそう大した物はないですが、肉筆物を見る切っ掛けがないし、見ても僅かずつで、手に入れる事が出来ないから、外人は解らないから、版画が良いとしたんです。ですから浮世絵の版画は随分外国人が欲しがって、良い物は高いですよ。版画の初版で良い物になると、一枚十万円、二十万円のがありますからね。肉筆物はその何分の一ですから、それで私は肉筆を集めた。安くて良い物ですからね。今は高くなって来ましたがね。一流品を私は随分集めました。そう言う物を見せると、非常に驚くだろうと思います。で、今度なんかもロサアンゼルスで、支那の陶器の展覧会がありますがね。支那の宋時代の――宋磁器と言うのを主にしている。そうして日本にも依頼が来て、日本でも十五点出すが、ついこの間発送しましたが、支那の宋時代の陶器と言うのは大した物ですね。やはり、箱根に出しますがね。最高の物を出したいが、最高の物は出せない。最高の物はアメリカの美術館にあるんです。之は到底、支那にも日本にも無いんです。その次の物はありますがね。その次の物は、今度美術館に出しますがね。支那の一番美術の良い物が出来た時代は宋ですね。特に北宋の方が良いですね。ずっと古いのは唐ですがね。唐時代も可成り良い物が出来ましたが、何と言っても宋ですね。宋は今から九百何十年前ですね。約千年前ですね。千年から――宋時代と言うのは百八十年続いた。ですから、丁度日本の弘仁こうにんから藤原時代ですね。それが丁度合っている。日本でも、最初仏教美術ですが、仏教美術は推古から飛鳥、白鳳、天平――千二、三百年前が良い物が出来たですが、今見ても素晴しい物ですが、仏教美術ですからね。藤原時代に仏教美術もあったが、それ以後色々な物が出来たですね。平安朝ですね。その時が、支那の宋時代に当たりますからね。それで、よく日本と時代が合っているんです。それで日本が、足利時代になって、義満、義政が非常に支那美術を尊重して、輸入したですね。それでその時に、色んな宋時代の良い物を輸入した。それが、今日本に残っているんです。そこで、アメリカでも数がないんで、今度の展覧会でも、日本に勧誘したんです。ですから支那陶器と言うのはアメリカ、イギリスでは非常に研究してあるんです。それは、支那陶器の学者と言うのは、向うにもチョイチョイあります。ですから、日本の、何の陶器は何処に何があると言う事はちゃんと調査してある。今度、個人の物でも、何処の何と、ちゃんと指定が来て、十五点送ったんですがね。支那陶器は知っているんですが、日本の物は知らないんです。今度は、相当成る程と思う様な物を出す積りですがね。それで、支那は宋時代には陶器許りでなく、凡ゆる文化が発展したですね。支那でも偉い坊さんですね。それも宋時代が一番出た。宋時代には色んな王様が、美術を奨励したんですね。その時に出来たのが大変良い物が出来た。今、支那で、それを作ろうとしても、全然駄目だそうです。全然分からないそうですね。土だとか、薬だとか、全然分からないそうです。支那は、その次にみんの時代ですね。明と言うのは、相当長かったんですがね。明の時代と言っても一番最初宣徳せんとくと言う年号ですが、その時相当良い物が出来たんです。宋時代のは無地物が殆どだったですね。明の時代には、赤い物だとかですね。成化、正徳、嘉靖かせい万暦ばんれきと――こう言う具合に良い物が出来たんです。その時一番良い物が出来たのは嘉靖ですね。嘉靖の赤い物は、日本の柿右衛門とか、伊万里とかで真似したものです。支那は近代になっては、康煕年間、乾隆――この時代になると、非常に巧になってますが、とても安っぽくて見られないですね。丁度日本では、向うの明時代が桃山時代になりますからね。桃山が高価な良い物が出来たのと良く似ているんです。藤原、鎌倉、それから桃山、それから元禄、それから明治と、之丈が良い物が出来てますね。日本は昭和になってから、戦争もありましたが、ガタガタになっている。そんな訳で――学校の美術品の講座みたいですが――ですから箱根の美術館と言うものは、其点に於て世界一だと思ってます。兎に角日本美術を見せると言う所は無いんですからね。だから、知れたら随分見に来る人が、沢山あるだろうと思う。外人は箱根に来た以上は必ず見ると言う様になりますね。美術館の話はそれ位にして置きます。

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