*座敷牢、恩義を忘れた罪 御垂示録2号 昭和二十六年九月八日⑬

座敷牢

《お伺い》父は死亡しておりますが、母は三月入信して御奉仕に熱心で、長男は戦病死しており、次男が七月より発作を起し、物凄く暴れます。メシヤ教の悪口を言う家に行き暴行致します。また赤痢患者を「俺が治す」と言い、消毒班が来ると器物を毀(こわ)すので、警察問題にもなり、座敷牢に入れております。御神体を頂きます事になっておりますが、座敷牢は如何致したら良いでしょうか。

《御垂示》そのままで良いです。

《お伺い》御神前に休ませると言う事になりますと。

《御垂示》御神前でなくても良い。暴れるんだからね。そうかと言って、お祀りしたからと言っても、パっと良くなるんではない。大分良くなってから出してやると良い。

最初恩義を忘れた罪

《お伺い》熱心な信者の妹の家で、二十年位前から井戸の水が出ず、光明如来様にお願いすると良いと言われ、お願いしましたら、第一回でバケツ一杯出、二回、三回となるうちに、非常に良い水が出たそうです。それで、日に十円ずつを御奉仕して感謝しなさいと申したそうですが、二十五日程して感謝が薄らいで来て、御奉仕の気持ちもなくなり、姉妹喧嘩となり、恩だけは受けて感謝がないから止まると言うと、二、三日して止まりました。妹も不便を感じ、またお願いしましたら、真っ黒いものが出たそうです。それで、お前が未だ黒いからだ、と申したそうです。最近は赤い水に変わりました。

《御垂示》とにかく、最初恩義を忘れた事、その罪です。そこで、そう言う魂の人は相当曇りが多いので、水によって曇りを取って下さるんです。ある程度そうされなければならないんです。そう言う訳で、それでいいんです。病気でも、お蔭頂いて良くなって、一生懸命感激して信仰しようと言いながら、しないが、今度はハッとして一生懸命やるが、その為に死ぬ様な人があります。本当に、余りにはっきりしてますね。

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