岡田茂吉 序言/(一)日本式医術 『岡田先生療病術講義録』上巻(一)昭和11(1936)年7月 | 岡田茂吉を学ぶ

序言/(一)日本式医術 『岡田先生療病術講義録』上巻(一)昭和11(1936)年7月 ※筆記

序言

 本講義は、
 岡田先生が、拾数年間――数千人に及ぶ――あらゆる病者に接せられし、その治療上の実験と研究とを基礎として、ついに「空前の霊療術」なるものを創成さるゝに到った――それの成果であります。

 この療病術たるや、あらゆる病者に対してその「病原の適確なる発見」と、その「治病能力の卓越せる事」は、真に驚歎に価(あたい)するのであります。されば、その御苦心の結晶ともいうべきものを僅々十二回の講座によって習得し得らるゝのですから、至幸この上もないのであります。

 本講座に説述されたるところのものは――

 現代医学の所説と相反する点多々あるのでありますから、これを今日一般に対し主張する事は困難であります。何となれば――

 現在としては、「西洋医学を基本」として、保健機構が成立されているからであります。故に治療士としても本所説を以て臨む時は、「医療妨害」の懸念を生ずる訳なれば、本所説は一つの参考として認識されたいのであります。

 従って、治療士としてはどこまでも「医療の補助行為」に甘んじ、医療の妨害にならざるよう、細心の注意を払い、現行法規に抵触せざるよう戒意する事が、肝要であります。

 本講座は、昭和十一年七月中、十二回に亙(わた)っての御講義でありますが、便宜上――「上中(ママ)下三巻」として編輯(へんしゅう)したのであります。

 本筆録は、治療土用として、その目的の為に編纂されたものであります。


(一)日本式医術


 本療法は「指圧療法」という事になっていますが、別な言葉でいえば「霊医術」又は「日本式治療法」又は「浄血療法」とも言えるのであります。

 なぜそういう医術が生れたか――という事からお話致します。その前まず、今日の重なる医術療法を一瞥(べつ)してみましょう。

 医術としては、今日まで世に行われたところのものは、漢方医学が最初で、次に「西洋医学」が渡来し、現在に到ったのは、何人も知るところであります。

 そもそも、森羅万象一切のものは「日月地」が根本であって、即ち「火水土」の性能を享(う)けており、一物たりともこれに外れているものはないのであります。従って、医術といえども、この三つの系体がチャンと当嵌(はま)っているのであります。

 これを記してみますと――
 漢 方  土の医術
 西 洋  月の医術
 日 本  日の医術
         ――こういう理であります。

 しかるに、本療法は、右の三項目中「日本医術」即ち「日の医術」に相応するのであります。

 それで、今日までは「月」と「土」の二つの医術のみでありましたが、いよいよ「日」の医術が創始される時となったのであります。

 漢医方は――

「土の医術」で、「胃を基本」としますから、「土から生れた――草根木皮」を薬とし、「食養生」との二つで治そうとするのであります。

 即ち「土」は「物質の生産者」であり、「胃」は「物質専門の機関」で、実によく、相応しているのであります。

 西洋医学は――

「月の医術」で、即ち「夜」に相応し、「肺を基本」にしたものでありますから、「肺疾患」に、最も、関心を有(も)っており、それが為に「空気」に重点を置いている事は、御承知の通りであります。

 そこで、今度生れる――

 日本医術――即ち本療法は――

「日の医術」で「昼」に相応し、今までの医術で閑却され勝ちであった″心臓を基本″として成った医術で、「霊気」を主としたものであります。

 この事を先生は「内臓の三位一体」と申されております。

 分界的にいうと、左の様になります。

 仏説にある三界とはこの事を指したのであります。

 又本質的にいえば、左のごとくであります。

 胃  物質である  現象は土の性
 肺  水精である  空気は冷の性
 心  火精である  精霊は熱の性

 「日 月 土」を、人間の精神的性能に当はめてみれば、一番よく解るのであります。それは太陽が一番上になり、その次が月であります。

 ちょうど「経の三段」になっているのであります。それですから、どうしても、「月の西洋」「土の漢方」の医術の上に「日の医術」が加わらなければならない道理であります。

  これによって初めて「完全な医術が出来て病無き世界が実現される」と思うのであります。

 次に、今一層徹底してみますと――

 土の医術(漢方)は――独善的で、経験を主とし、余り研究や理論に重きを置かず、専(もっぱ)ら伝法固守であります。

 月の医術(西洋)は――理性本位で、学理が基調となって、科学的研究は、非常に発達しているが、実際的方面は第二義的であります。

 日の医術(日本)は――心精的で、精神力を主とし、根源抜除的で、飽くまで霊的であります。

 空気の構成は、酸素、水素、窒素となっておりますが、実は「水素」が主体であります。

 そうして特に、日は「三素活動の主体」であって「三位一体」のその「一体」――であります。
 しかしながら、今日までは、大体「土」「水」――この二素が判っていたばかりで火素即ち霊素は判っていなかったのであります。

 右の事を、別の方面である――歴史的に思索してみますと――
 今日まで、日本が世界から認められていなかった。「日の本」が隠れておった――のと同じ理であります。

 今や日本文化が独特の内容と形態をもって世界の表面に出ようとしている。事実それはその時がいよいよ来たのであります。

 そうして、それが日に月に濃厚の度を増してゆく。勿論それは、あらゆる種類に渉ってでありますから、医術といえども、日本的な素晴しいものが生れなければならないと思います。

 そうして、それは根本として、「精神が主で、物質が従であるところの、霊医術否、両々合致したる理想的治病法」でなくてはならないと思うのであります。

 世に″神仏の力″というものが実在するとすれば調和力(平均のとれた力)で、森羅万象が、一厘の毫差なく運行し、万物の生成化育が、順調に進展する――というような力のそれでありましょう。

 しかるに、未だ人類社会は、諸々に調和を欠いている。世が乱れ、病者が充満するというのは、それを如実に物語っている――と思うのであります。そして乱れの末は破壊となり、病気が進めば不幸を招来するのであります。どうしてもその根元に「調和力即ち和のカ」が足らないからだと思います。そうして世界中、日本位調和力を保有している国は無いので、それは東西のあらゆる文化を吸収して、そこに何ら不消化的錯誤のないにみて明かであります。

 しかし――日の人種の中にも「黄金色、青金色、黄色」と――「上」「中」「下」がありまして、黄金色が日本人で、次で、朝鮮人、支那人という順序であります。

 階級的に之をみますと――

 鉱物的にみますと――

 そこで「日、月、地」――は、どうして「上、中、下」であるか――という事の説明は、何より「日蝕の現象」をーー

 この様に「緯の三段」になって、これが密着不離の関係であるんであります。ツマリ「経緯の三段」――六合(りくごう)が実体であって、哲学的にいえば六次元であります。

 ここに、人間の肉体があるとすると――
 骨、筋、肉、皮等の物質体は――「現象界」に呼吸し
 それと同一の形態である――水素質のエーテル体が、「空気界」に呼吸し、
 又、それと同じ精霊体が、――「精霊界」に呼吸しているのであります。


 故に、右の理によって「病気の根本」はその精霊体にあるのであるから、「精霊体そのものの病」を治さなければ、肉体の病気は絶対に治らないのであります。

 しかるに、今日までの精霊界は「月素」が多分で「日の霊気」即ち「火素」が欠之していた。言葉を換えれば、光と熱が少く、夜に相応していた。それが為に「病気の発生」が多かったのであります。何となれば、その病気発生の根源は有形無形の罪穢の堆積――であるからであります。

 そうして、その罪穢とは、人間が悪に染まるからで、それが一種の曇となって、人間の精霊体に積るのであります。

 そうして、夜の暗さは、どうしても、悪の発生に、都合がよいのは、申すまでもありません。

 しかるに、この病気の本源である、曇、それを人体の自然浄化作用、払拭しようとする、その苦痛が病気であり、

 その曇が多量過ぎて、肉体が浄化作用に堪えられぬ場合、もしくは、誤れる治療によって浄化作用が遅延しその為の衰弱の結果が、死を免れない事になるのであります。

 人間の精霊は精霊界に属しているのは前述の通りでありますが、精霊の中心に心があり、心の中心に魂があるのであり、ほとんどこれは、求心的に三段になっているのであります。従って、その中心に位する魂は健康に重大な関係があるのであります。しかしながら、人間は肉体を有(も)っている以上霊気ばかりという訳にもゆかないので、火の霊と水の霊と物質との――三位一体が完全に調和活動して、真の健康と長寿を得らるゝのであります。


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