野菜に栄養がある
それから栄養について面白い事がある。一昨昨日奈良の薬師寺の管長が来たのです。私はああいう寺は禅宗だと思っていたらそうではない。法相宗というのです。禅宗は大体京都の大徳寺の大灯国師です。大灯国師は開山ですが、あそこを作ったのはそのちょっと前のなんとか言う――名前を忘れましたが、その人が開祖で大灯国師は開山です。そう古いものではない。そうして奈良で聖徳太子が作った仏教は法相宗というのです。その管長さんで、中々立派な人です。その人は絶対菜食で、私の所でお昼の御飯をあげましたが、カツオブシもいけないというので、カツオブシも入れないで致しましたが、その位厳格なのです。ところがその顔色というのが実に良いです。あの位の顔色は滅多にないです。肥ってますが、肉のつき方は実に良いです。あれは理想的な健康法です。日本人の模範的な人でしょう。顔を見ただけでも実に気持が良いです。そうして話でも実に頭が良いです。ちゃんと話が合っているのです。それに美術館を観て、実にまた良く知っているのです。多く仏教的な事です。あとはお茶の事、それから支那の事。支那には長くいたので、なんでも支那の「五台山」で修業したというのです。日本ではその人ともう一人、二人で「五台山」で修業したそうで、中々ほうぼうで修業されたようです。随分知っている人で、あの位の坊さんは私は見た事がないです。実に立派な坊さんで、あれなら全く頭が下るようです。その人は病気をした事がないそうです。また薬を服んだ事がないそうです。もっとも薬を服まないから病気もしないし、病気をしないから薬も服んだ事がないのですが、だから栄養は野菜にある事と、薬を服まなければ病気をしないという事を、実によく表わしているのです。ですから栄養というのは野菜なのです。私は、これは本にも書きましたが、十八の時に結核で菜食療法を三ヵ月やりました。カツオブシも止めました。今なぜやらないかというと菜食をしていると非常に無欲恬澹になるのです。欲望というのは非常に薄くなるのです。すべてに満足して競争とかは、これ以上どうするという事は非常に薄くなる。ところが私は今そういう気になっては困るのです。何しろ悪魔と闘わなければならない。悪魔と始終闘ってますから、今の様な事では、到底太刀打ち出来ないから肉も食べるし魚も食べるのです。それで九十まではそうするつもりです。九十過ぎてからは菜食にします。いつまで生きるか分からないが、大いに菜食をする、という話をしたのです。そういうようで、何ゆえに菜食が良いかという事ですが、一番良い事は菜食をすると非常に温いのです。その時分はユタンポを入れなければ寝られなかったが、菜食をすると入れなくてもポカポカするのです。よく寒いという人は肉を食べますが、あれは一時的なものです。やっぱり薬毒と同じです。だから年を取った人で、そう欲張る必要のない人は出来るだけ菜食にすると温かいです。話は横に外れますが、第一よく昔の絵を見たりすると――「源氏物語」なんかにもよくありますが、その時分には障子というのが無かったでしょう。それから蒲団が無かった。板だけだった。偉い人だけは、お雛さんみたいに厚い畳の様なのに坐って、あと家来は板の間に坐っていた。少し進んでから茣蓙を敷くようになった。それで障子は無くて、御簾を垂らしていた。吹き曝しです。今の人なら一時間といられないです。気候は今と同じですから――。それで偉い人は十二単なんてのを着るが、あれは寒い為でしょう。そういうように我慢出来るというのは、みんな菜食をするからです。今の人は肉を食べるから寒がりなのです。外人は特に寒がりですから、部屋を締め切って、ストーブを焚くという保温装置が出来たのです。日本人は障子なんかでやっているのは割合野菜を食べるからです。そういう点も色々知っておかなければいけないです。病人なんかでも非常に寒がるのは野菜を多く食べさせるのです。
九分九厘と一厘
それから九分九厘と一厘という事は、つまり私のやっている仕事というのは一厘の仕事なのです。九分九厘に対する一厘です。メシヤ教というのはそういう意味で出現したものです。これもよく話しましたが、極く分かりやすく書いてみたのです。
御論文「⦿(ス)の文化」
これは『文明の創造』の中にある一節ですが、それを読ませます。
御論文『文明の創造 』「九分九厘と一厘」
《御垂示》つまり『文明の創造』の一番肝心な事は悪を肯定する事です。今迄の宗教は悪を全然排撃したのです。悪はいかんと排撃してもなんでも、悪の勢いは善を押しつぶす力強さがあったのですが、それで人間は悪に苦しめられた。不幸だとか災難――あらゆるものはみんな悪の被害です。ですから悪の被害者が大多数です。それが不幸になり、地獄世界というものです。それは悪が作ったものです。それなら神は愛だとか、そんな事を言って人間が苦しむのを許してあるのは――なぜ作ったかという事になりますが、つまり悪はいかんと善を奨め、悪を懲らすというのが、全部の宗教の根本だったのです。私は悪は必要だった、悪によってこれまでの素晴しい文化が出来たという事を書くのですが、どういう訳だというと、今迄主神は善と悪を両面作って闘わせたのです。それで今迄の宗教の開祖というのは、善の方の神様なのです。それから共産主義とか色んな、戦争を起すああいった悪虐な思想――すべて悪に属する方は、邪神と言ってやはり神様です。これが闘っていた。それが今迄悪の方が上になっていた。善の方が下だった。これが九分九厘です。こっちの方は一厘だけ残った。これが今度はずっと上になって来て悪よりかちょっと上になる。これで勝つのです。『聖書』に「勝利の都に降臨する」というのがありますが、勝つという事はそういう事です。今迄は悪が勝っていたのが、今度は負けて、善の方が勝つのです。ミロクの世というのはそういう事です。しかし全然無くなる事はないので、ただ悪の方が善に負ければ良いのです。善の方が勝てば幸福な世界が出来る。そこで私が書いているのは主神の経綸ですから、善と悪と両方書くのです。これも必要だったのだ、これもオレがこしらえたのだとおっしゃるわけです。これも必要があったので、ある時期までは勝たせていたが、もう必要がないので善の方が勝ちやすくなる、というのが最後の時期で、これからです。その意味が分かれば、今迄の悪――悪の内の一つの仕事が医学ですから、医学というのは邪神が作ったのです。つまり人間を弱らせる為です。この間も読んだでしょうが、人間はどんな者でも百二十歳以上は生きることになってますが、それを半分に――今日は六十歳ですから半分に縮めていた。ここいらでよろしい、人間の寿命を縮める間にこれだけの文化を作ったので、もう良いからと元の百二十歳に戻すという神様の御意志です。それは薬を全然飲まないで、今言った通り菜食と動物性の物を同じ位に食べていれば良いのです。アメリカで一番困っているのは胃癌ですが、一番数が多くて治らないのです。これは肉食の為です。アメリカは肉を食べ過ぎた為です。日本は胃癌というのは無かったのです。近年はありますが、昔は無かったのです。これは肉食の為です。これは私はアメリカにも教える為に方法を考えてます。そういうように天理に合ったやり方をしていれば、年中健康で百二十歳迄生きるのは当たり前です。別に難かしい事はない。それを薬を飲んで弱らせるように神様にさせられたのです。そこで、大乗の考えというのは、普通人間には分からないというのはそこです。そういう点を今度『文明の創造』に色々書きます。で、世界中の人間に分からせるのです。というのは、今書いてますが、最後の審判――世の終りというのは、これはまた大変なのです。それは世界的大浄化作用です。今それを書いてますが、今度あたり読ませます。これは第三次戦争は起るか起らないかという事ですが、これは一番知りたい事ですから、この次までのお楽しみにして。



