『自観叢書』第3篇 「霊界叢談」 を掲載しています。 ▶️

⦿(ス)の文化 (栄光百七十三号 昭和二十七年九月十日)

此標題を説くに当っては、先づ最初⦿(ス)の意味からかいてみるが、見らるる通り⦿(ス)とは、○の真中にチョンが点いている。只之だけなら別に大し意味はないが、実は此⦿(ス)の形程神秘偉大な意味はないのである。それは何かというと、此○は斯ういう意味である。つまり森羅万象一切の形は○である。第一地球も太陽も、月もそうであり、人間も霊になると他へ移動する場合、○の形になって行く、之は人魂がよく表わしているし、神様でも移動なさる場合、ヤハリ○になられるが、同じ○でも神様の方は光の玉となる。だが人間の方は光がなく、只白色又は黄色の朦朧体であって、黄色は男、白色は女である。之は太陽と月に相応する訳である。
之等の説明は此位にしておいて、肝腎な事をかいてみるが、勿論此世界も○であるが、○だけでは輪であるから、中身は空虚である。人間でいえば魂がない訳であるから、此真中へチョン即ち魂を入れゝば、生きた人間になり、活動が出来るのであるから、⦿(ス)とは空ッポに魂が入った形である。昔から美術家などがよくいう入魂という言葉が之である。此理によって今迄の世界は、チョン即ち魂がなかったのであるから、以前私は外廓的文化とかいたのは此意味である。何よりも此理は凡ゆる文化面に現われている。いつもいう通り病気に対する対症療法がそうで、痛みや痒みを外部から注射をして麻痺させたり薬を塗ったり、発熱を氷で冷したり、服薬で浄化を止めたりして、一時的苦痛を免れるのであって、中心には触れていないから根治は無論不可能で、時が経てば必ず再発する。つまり病気の延期でしかないのである。という訳で病原もチョンにあるのだが、それが今迄分らなかったのである。
其他犯罪にしてもそうだ、現在は刑罰の苦しみで懲りさせ、防止する手段以外方法がない。医学と同様対症療法であるから、大抵は一旦犯罪を冒すと、二度も三度も犯すようになり、中には、何十回も犯す奴さえ出来る。酷いのになると一生涯の中、娑婆にいるより牢屋にいる時の方が多い奴さえある。此原因もチョン即ち魂がないからである。戦争にしてもそうだ、軍備を充実させれば相手も勝目がないから、一時止めて了う。つまり延期手段でしかないので、何時かは必ず始まるというのが歴史上明かな事実である。斯うみてくると今迄の文化は○だけで、チョンがなかった事がよく分るであろう。
そうして私は九分九厘と一厘という事を常にいうが、○にチョンが入るとなると之が九分九厘を一厘で換えて了う。言い換えれば九分九厘の悪を一厘の善の力で往生させるという意味である。恰度○全体が黒く塗りつぶされようとする時、チョン一の力で、反対に黒を消して白全体にして了うので、之を世界的にいえば空虚な文明に実を入れる。即ち魂を入れるのである。之によって今迄形だけで死人同様になっていた文明を生かす、即ち新世界の誕生である。

タイトルとURLをコピーしました