[体験談Mr.Right]二度の大きな腫物の浄化がご浄霊で治癒

 中学2年生の時に、左額にピンポン玉くらいの腫物ができた。はじめは虫刺されかニキビかと思っていたが、どんどん大きくなってしまった。患部に「ご霊紙」を貼り、その上に絆創膏を貼って学校に通っていた。思春期の私は、とても恥ずかしい思いをした。また先生も友達も、病院へ行って切開したらすぐに良くなるのにという忠告を親切にしてくれた。

 しかし、明主様の救いの業である「ご浄霊」が絶対であると信じていた両親や祖母は、そのような周囲の声には全く無関心で、毎日ご浄霊を取り次いでくれた。そして一ヶ月後くらいには、母親が絆創膏を取り換えてくれた際に膿が噴き出し、腫物がすっかり無くなってしまった。膿の臭さにも正直ビックリしたが、ご浄霊の凄さに驚いた。

 ところがその喜びも束の間、今度は左首に腫物が出来て、日を追うごとに大きくなり、遂にはソフトボールくらいの大きさまで成長してしまった。前回と同様に患部に「ご霊紙」を貼り、ガーゼを当てて包帯を巻いて、学生服の第一ボタンを開けて、痛みのために首は右側に30度くらい傾けて通学していた。

 その頃期末試験があったと思うが、試験を全て終えてから、余りの辛さにしばらく学校を休んでいた。一日のほとんどを寝て過ごしていたので分からなかったが、クラスの女の子が数人で我が家を訪ねて、学年のトップになったことを、母親に告げて行ったらしい。トップになったのは後にも先にもこの一回きりだが、常にトップだった親友は、青森高校に進学し、東大にも合格し、一流証券会社に就職することになる。

 学校を休んでいた最中に、支部長が訪問してご浄霊を取り次いでくれたことがあった。最初は、布団に寝ていた私を、普通にご浄霊していたが、しばらくして「腎臓をご浄霊するから」と言って布団の中に手を入れて、左側の腎臓のあたりに手を当ててしてくれた。余りの気持ち良さに爆睡してしまい、ご浄霊を終えて、支部長が帰ったのさえ気づかなかった。目が覚めたのは、「アキラ起きて!」という母親の大きな声によってだった。

 何事かと思ったが、腫物が破れて、大量の膿が布団を濡らし、酷い匂いが鼻を突いた。布団一枚をダメにしたが、ソフトボール大の腫れはすっかりとひけて、首を真っ直ぐにしても痛みはなかった。この時、支部長のご浄霊はすごいと思うと共に、浄霊力には個人差があることを理解した。

 その後、支部長が感謝祭で我が家に来た時に、「毒素は、膿で出すのが一番いい」と言ったが、もしも、この腫物の浄化で、膿が体外に排泄されていなければ、毒素が体内に残留して、いろんな病気になっていたかも知れない。それこそ、前回の文章に書いたように、「二十歳まで生きられないかも知れない。」と言った行者の予言が的中していたかも知れない。

 いずれにしても、小児麻痺も大きな腫物も、ご浄霊によって治癒したことは何よりのことで、今もって元気で生かしていただけていることに感謝している次第である。

[注釈] ご霊紙=私が子供の頃、箱根の世界救世教の祖霊舎に参拝した際に、教団のマークをデザインしたお供物(紅白の落雁二個入)を頂いていたが、そのお供物を包んでいた和紙を「ご霊紙」といって、大事に保管しておいて、傷口や火傷などの患部に貼っていたものです。
                                 by Mr.Right

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