昼夜の大転換を証明する仏界諸聖霊の告白㈡(地上天国42号 昭和27年11月25日)

   五三いづのめ中教会長 多賀秀三

明主様に謹んで御報告させて頂きます。去る九月一日御報告申し上げました分に引続きまして、左記の方々が明主様に御願いに出られましたので御取次させて頂きます。

○九月三日 浄土宗西山流祖證空りゅうそしょうくう氏出られました。例により色々問答致しましたが、要点のみ左に記させて頂きます。

「明主様に謹んで御詫びと御願を申し上げ奉ります。今日仏の滅する時来る事は私と致しまして、現わす言葉を持ちませぬ。なれど貴き明主様が今日までに御受けなされし、夜の世界の迫害をかえりみますれば、一日も早く世の転換の日を待ちおる者です。そしていさぎよく私の受けるべき神の御裁きを頂きました後私ごとき者にても御用を仰せ付け下さるならば、誠の一念をもちまして務めさせて頂きまする。何卒この心底御汲取の上宜しく御配慮御願い申し上げ奉りまする。」

○九月四日 天台宗真盛派 慧澄えちょう氏が出られました

「いよいよ来るべきものが来ましたのう。今日の来る事を存じておりましたなれど、来て見ますれば凡夫の浅間しさとも申しましょうか、ただただ胸につかえるものあるのみで現わす言葉が御座居ませぬ事を御許し下さいませ。順序が転倒致しましたが、まずもって明主様に御目出度う御座居ますと申しのべさせて頂きます。神の御目から御覧遊ばしましたならば凡夫のなせし事ゆえ、多大あやまちが有る事と存じますなれど、神の大愛により宜しくおさとしの程を御願申し上げまする。して今後進むべき明るい街道の入口を明けて頂けますなればこれにまさる喜びは御座居ません。幸にしてその門に入らせて頂きました節は、余りの明るさに夜の世界になれし目は、定めしくらみ倒れるやも知れませぬが、何卒愛のむちにより再び立たせ給うて、貴き御教えの御恵頂きたく、虫の良い御願いばかしのべましたが、御耳障りのところは切捨ててよしなに御取計らいの程御願申し上げまする」
「では明主様に御取次させて頂きましょう。大光明如来様、御写真に御参りして御帰り下さい」
「お参りは今までの仕方で宜しいかのう」
「神界に移られてから正式にお参りされれば宜しいと思います」
「では今までの仕方でお参り致しましょう」
と念珠を鳴らし始めましたが、
「念珠はやめようかのう」と念珠を下において御参りされました。
憑霊者の感想として相当高齢のようにて心静かで、いかにも善人らしく思われたそうです。

○次に黄檗宗おうばくしゅう隠元隆珂いんげんりゅうき氏出られました。

「私は釈尊の説かれし法滅尽経により今日の来る日を朧気おぼろげながら悟りつつ、皆に仏の御教を説いておりました者で御座居ます。
 この度法滅尽の時近まるに就きまして、明主様に一言御挨拶申し上げ奉ります事を御許し下さいませ。身の程知らぬたわけ者奴と御叱り無く、御耳を傾け下さる事を切望致します。
 この度の転換に際しまして、新たに神界の御教えを学ばさせて頂きたいと存じておりますが、御教賜われましょうか御伺い申し上げ奉ります。もし御教え頂けるものなれば、速刻今日より白紙となりて学びたく存じおります。何卒宜しく御配慮の程伏してひとえに御願申し上げ奉りますると共に御挨拶させて頂きました。

○続いて律宗南京律宗祖 唐招提寺とうしょうだいじ開山 鑑真がんじん氏が出られました。
「この度仏界が無くなるそうだが、我は今日まで悟り得ずに過ごしし事を恥じる。主
神はかよう成る者をいかに裁かれますや御伺い申し上げます。今となっては進む道はただ一つ、神世界に進むのみ、その一つの道を我に与え給うやいかに、もし幸に神の綱を投げ与え給うたならば力の有る限りその網を握るで有りましょう。いや是非共握らせて頂きたい。謹んで御願い申し上げ奉る。右御挨拶に代えさせて頂きます。」
 右は中々の豪僧のように思われたそうです。以上四氏は福井県に出張中支部にて出られました。

○九月六日 日蓮の師 尊海氏出られました。
先日日蓮が出られそうでしたが、何故か完全憑依出来ず帰られましたので、尊海氏に聞きましたところ、日蓮は主神の御許しを受けて来られなかったために、家内の正守護神に帰されたのだそうです。そのため今度尊海氏が出られる事を知ってすがって来られた由にて、涙を流して左記の通り述べられました。
「この度主神に御挨拶の栄を得ました事を心底より喜びいる者で即座居ます。余りに御挨拶の嬉しさに感涙致すのみで御座る。今回の仏滅に際して愚僧反省致しまするに、これ
と申す目ぼしき教えもなせず、今日まで過しましたる事を悔いいる者で御座います。このような未熟なる愚僧にても大神様は御仕事を御あたえ下さるもので御座居ましょうか案じおります。もしどのような御仕事でも御与え頂けましたその節は、愚か者は愚か者としての誠の一念を持ちまして、ただつつが無く勤めん事のみ専心致しますれば、よろしく御検討の上御配慮願上奉りまする。右謹んで述べさせて頂きました」
「では以上を間違い無く御取次致します。祝詞のりと奏上致しますから大光明如来様と御写真にお参りして御引取り下さい」
と云いましたら、大光明如来様だけ参拝して考えておられ、御写真にはちゅうちょして、
「御許しが出ましてから御参拝させて頂きます。」
と申され
「では宜しく御願い致します」
と帰られました。憑霊者の感想として御許しの出ない内は御写真には恐れ多いと云うような感じであったとの事でした。

○九月九日 東舞鶴支部にて真言宗醍醐派 聖寶しょうぼう氏出られましたが、中々口が切れませんので
「仏界から来られましたか」
聖寶氏うなず
「霊界の仏滅に際し明主様に申し上げたき事が有りますか」
聖寶氏頷く
「それでは一言一言云って下さい筆記して御取次させて頂きますから」
聖寶氏頷く、暫く祝詞奏上して待っておりましたが、中々言葉を発しませんので誘導するつもりで、
「仏界の滅する時迫り今日までの御無礼の御許しを願い、神界の一員に御加え願うのですか」
と云いますと首を横に振り、意味が違うと云うように見受けられ、幾分霊の気持を悪くしたようでした。ようやく言葉を発せられ
「主神よりの御許しを前以って頂き、この体に降らんとせしが、中々とその機に恵まれず、今日やっとまっとうせり。そして大神様への御取次に間に合いし事を喜びおります。明るい霊界刻々と広がり明るい霊界刻々と広がり行くさま、この感を述べ伝えさせて頂けぬのが残念です。この残念と云う事は先程あなたが申されし意味とは大きな開きが御座居ますので、誤解の無きよう申し加えます。今の私としては心さわやかに尊き大神様の御代となる事が有難き事にてただもったい無く感涙するのみ、今日の来るべき事は前以って知りしが、さてさて近付き来ればだんだんと明るくなる時の心持良さ、何物にもたとえよう御座居ません。今の私の涙は心嬉しきにも似しものにて、悔みの涙では御座りません。従って、この度の転換に際し、僧侶としての私はいかに進むべきかと神の御教えをひたすら待ちおる者で御座居ます。何卒よしなに御配慮の程御願申し上げ奉ります。」
慇懃いんぎんに礼をして帰られました。

○九月十日 真言律宗 常騰氏じょうとうし出られて左記申し述べられました
「まずこの度の転換の近付きし事の御祝い一言申し述べさせて頂きます。永き永き御仕組も着々進まれる心地良さ、今日いよいよ神の大御代おおみよと成られる日の近みし事を御祝い申し上げ奉る。私は生前仏の道に仕えし者の悲しさにて、霊界にても仏界に入り、なおなお仏の教えを致しおりました者なれど、今日の来るを霊界にて前もって知りしが、いかんとも詮なく、とうとう仏滅の到る時まで仕えおりますなれど、この度の転換に際し愚僧ごとき者にでも、大神様の大御恵頂けますなれば、力のあらん限り誠心を持ちまして、御仕えさせて頂きます。はなはだ勝手な御願申し上げまして誠に申訳御座居ませぬ。宜しく御審議の上御取なし御願い申し上げ奉ります。」

○続いて新義真言しんぎしんごん智山ちさん長盛ちょうせい氏が出られました。
「この度の仏滅に際しまして御願いに上りました。私は今の今まで御仏の教えを皆様に伝えおりましたなれど。御仏の教えと神様の教えとは大変な開きのある事を分らして頂きましたが、丁度物にたとえますれば表と裏の感が致しますが、表の者が裏を見ますれば何かと汚なき物が目に付く事と存じます。この度その転換に際しまして大掃除が起りますが、その際私のごとき者にも大掃除の箒を持たせて頂けましょうか、御伺い申し上げます。右宜しく御審議の上御取計いの程願い上げ奉ります。」

○次は浄土宗西山派 真紹しんじょう氏続いて出られ、
「今回の仏滅に際しまして明主様に一言御挨拶申し述べさせて頂きます。この度の転換は我ら僧侶にとりまして、悟りおりし者には左程打撃も御座りませぬが、未だ知らずに進みおりました愚かなる私はただ恥入るばかりで御座居ますが、悔いておる者では御座りませぬ。いかにしたら良きものか日毎日毎に心曇らせておりまする。なぜなれば今日まで進み来ました御教えが知らず識らず明主様の遊ばされておられる大きな御神業に対し、御邪魔をなせしように思われるためです。かように時機切迫致しました今では、潔く神の御裁きを頂きました上、改めて私に与えられし御仕事に邁進させて頂きます。もし私のさせて頂きました事が神の御旨に沿い奉りました暁は、再び大きな神界の御用お仰せつけ下さいまするようここにひとえに御願申し上げ奉ります。右まとまりの無き事のみ申し述べましたが御挨拶に代えさせて頂きます。」
以上宜しく御配慮賜わらん事を切に御願申し上げ奉ります。

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