昭和二十七年十月御垂示十月一日
今ラジオで選挙の様子を聞いていたのですが、大抵有名な人で古い人というのは、勿論当選率が高いようです。岩手県から出た田子一民という人は、有名で古い人ですが、私はあの人を二度か三度でしたが、浄霊した事があります。それが七万いくらか集めて、最高点で断然群を抜いてます。ところがまた面白いのは、鶴見祐輔は落選したのです。むしろ有名なのは鶴見祐輔さんの方が有名かも知れません。で、鶴見祐輔さんも一家皆信仰に入っているのです。先に日本浄化療法の時分ですが、前に一家中教修を受けたのです。ところが観音教団になってからパッと来なくなったのです。それからおかしいと思って、(近頃聞いた話ですが)ある人が聞いたところが、「いや宗教になったから止したんだよ。あれは良いのだが――僕も家中で行ったのだが、宗教になったから、もう止したんだ」と、こういう話なのです。これがおかしいのです。つまり察するに、それは自分が政界や何かに乗り出して活躍するには、新宗教というものが障りになるという意味だろうと思うのです。そこで私はどうも感心しないと思ってました。もしメシヤ教が悪いものならそれは隠す必要もありますが、自分が良いと思ったら、新宗教でも旧教でも、ちゃんとやるのが本当です。そういう心なら立派に当選したのです。あの人は最初熱海の時分に来て一時間以上話した事がありますが、その時これはもういかんと思ったのです。それはあの人の話の間に一言私は駄目だと思った事は、「僕はどうも世の中が厭になってしまった」それは軍部のためでしょうが、「世の中が厭になってしまったので、月の世界に行って昼寝でもしたい」と言ったのです。その一言で私はいかんと思った。昼寝はいくらしても良いが、月の世界という事は脱線も甚だし過ぎるのです。頭が全然取違えていると思った。終戦後アメリカなんかに行って活躍してましたが、私はあんまり期待してなかった。そういう風に見ると、人間の人物を見るのに、言う事にちょっと変な事があると、もう其の人の値打というものは分かります。ですから、どの程度に偉いか偉くないかは、話をして――私は今迄みんなと話したり聞いたりしても、十の話の内で半分合っているという人は少ないのです。上等の人で一つか二つこれはおかしいと思う事がある。それから男にはないが、女にはよくあるが、極く上等で三分の一はおかしい。酷いのになると半分位あります。それを見るには、自分が自由でなくては分からないのです。自分がお仲間ではそれを発見するという能力はありません。ですからそういう発見をするという能力は、要するに批判的な能力というものがなくてはならない。ですから偉い人の言う事や書いたものを見ても、これは十が十ピタッとくるというのはありません。比較的合っているのは、まず吉田首相の言う事です。ですからその点において吉田首相は政治家では日本で一番だと不断から言ってます。言う事はまず合ってます。する事にちょっと合わない点があるのですが、しかし他が良いから、それをカバーしてます。ちょいちょい解散をだし抜けにやったり、この間も河野と石橋の二人を追い出したが、あれなんかもちょっと変だと思います。この事はわざわざ平地に波乱を起すようなものです。あれは鳩山を支持する為に、余程やり過ぎがあったのでしょうが、そういうのは機会を見てやれば良いのですが、機会が悪い。自分がこうと思ったらどんな事があっても、それをやるとかそれを突っ張るとかするが、それが欠点です。しかし他が非常に良いから大した事はないが――。それから福永問題も変です。そんな具合で吉田首相の政治的意見としては、アメリカの政治家には負けないです。レベルは同じ程度にいってます。あるいはアメリカの政治家より上のところがあるかも知れません。
アメリカの政治家は中々偉いが、なんと言うか、あまりに相手を見る目がないと言いますか、一番の欠点は朝鮮問題です。あれは停戦が出来ると信ずるのか何か、とにかく相当停戦が可能だと思っていたらしいです。まあ近頃段々駄目だという事が分かってきたらしいですが、私は先からあれは駄目だと言ってます。つまりソ連のアメリカに対する消耗戦術だと言ってます。ですからそういった意味でその対策的にやれば良いですが、今にも停戦が出来るかの如く思い込んで引き摺り込まれてきた。要するに向こうの奴に翻弄されていたというような形が非常にあるのです。極く最近になって急にアメリカの方では方針を変えたようです。それ迄にそう思わない事が、要するに二股かけてやっていたようです。和戦両様というような――。それでも良いですが、もう少し早く向こうを見破れれば、アメリカの作戦はもっと有利に無駄をしないで進んだわけです。その点においてソ連の方はまた非常に食えない点があります。けれどもソ連や中共の方のやり方も随分間の抜けた所があります。スターリンなんかは随分食えない所がありますが、そうかというと間抜けな所も随分あります。やはり悪ですから、やっぱりそうはいかないでしょう。共産主義なんかも随分下手くそです。今度の選挙でも共産主義の方は以前よりずっと成績が悪いです。あれは、あんなに嫌われるようにしない方が――恐ろしがられるようにしない方が良いのです。もっと好かれるようにすれば良いのです。恐ろしがらせて天下を取ろうというのは昔からあるのです。それを、恐ろしがらせて成功しようという政策をとってますが、アジアの極く未開な人民ならそれも成功しますが、今の世界の文明国に対して、そういうやり方は成功する筈がないのです。それを、共産主義で一生懸命やってますが、ああいう事は実に知恵が足りないと思います。尤も、もっと知恵があると最初から共産主義はやらないでしょうが、やっぱり神様が経綸しているのだから、そう思わせそういう事をさせているに違いないです。然し悪い事をやる奴は随分間抜けです。どこか抜けているのです。けれどもそういう為に私達は、そういう事はやっても駄目だという事が分かるので、良い事をやった方が得だという事になるのです。良い事をやっては損だという事は、やっぱり考えがどこか間の抜けた所があるのです。それでうまく出来ているのです。神様がそういうようにこしらえてあるのです。

