それから二、三日前に光明台に行って、大体地面の設計だけはしました。三十分くらいで、すっかり言いつけてしまいました。これはどうしても三年ぐらい先になりましょう。丸い家が建ちます。大体建築は三千坪ぐらいで、一万人収容の予定です。それから家の外の廻りに立てるのが二万人くらいのつもりです。大体形やいろいろな事はすっかりできましたが、なにしろ一万人の人間が、四角のでは遠過ぎてとても駄目ですから、そこで、そう遠くならないようにしなければならないのです。それには円形より仕方がありません。丁度外観は前の国技館というような形になりましょう。そうして大体全部丸いのでもなく、半円形でもなく、三分の二くらいの丸さです。そうしてそれは扇形、末広形になります。というのはこれ(扇)形は末広がりで、非常に発展する形なのです。富士山は末広と言います。それでここに要(カナメ)がありますが、ここに非常に神秘があります。それはいずれ話します。要というのは大変な意味があります。大体今度の光明会館はそういったような形になるわけです。それはずっと先の事で熱海が出来た後の事です。それで神様は総て順序ですから、チャンと順序が合わないとスラスラと行かないのです。だから何んでもやってみてスラスラと行かない事は、みんな何処かに、霊的に間違ったところがあるからです。そこに気がついてやり直し、計画を変えるという事が肝腎です。そうするとスラスラと行きます。だから楽に行く事でなければ、うまく行くものではありません。苦しむようでは決してうまくは行きません。箱根が出来て熱海に移り、熱海が出来て今度は又箱根に行く、という順序なのです。それで私のやっている事は肝腎な経綸ですから、ちょっとでも順序が違うと直ぐに神様からやられてしまうのです。これは古い信者の人はよく知ってますが、とても面白いのです。
御教え集26号 昭和二十八年九月二十三日 秋季大祭※光明会館
御教え集26号 昭和二十八年九月二十三日 秋季大祭 (光の玉が世界的に大きくなった時がミロクの世)
それから私のお腹にある光の玉は大分大きくなってます。ドンドン大きくなりつつありますが、これが世界的に大きくなった時がミロクの世です。そこまで大きくならないうちに、いけない者は片付いて行くわけです。まだ今のところの大きさは、この会場くらいの大きさですが、これがドンドン大きくなって行きます。という事は火素が増し浄化が本当に強くなるという事です。
御教え集23号 昭和二十八年六月十六日※世界にミロクの世が生まれた (昭和二十八年七月十五日)
昭和六年六月十五日に房州の日本寺が始まりですが、あの時は霊界の奥の方、最奥霊界が黎明になったのです。今度は現界の霊界に日が出たのが一昨々年の私が庵原警察の留置所の中で、日が出たと言えばおかしいですが、非常に神秘があったのです。