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既成宗教を論ず(未発表 昭和23年)

ともかく仏教が相当勢力を保っているのは、日本だけという事であるから、仏教徒たるものこの際緊褌きんこん一番、大自覚の下に不惜身命の活動に入らない限り、前途の帰趨は測り知れないものがあろう。
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天降説(未発表 昭和23年 )

聖書の世の終りと言うのは、世界人類ことごとくが死滅する、しかしこれは仮死であって、千年経った時、キリストが肉体を持って天から降り、全人類を復活せしめると云うのである。私は余りの途方もない説に到底信ずる事は出来なかったが、これは聖書の文字通り直訳したためである。
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救世主は誰だ(未発表 昭和23年10月20日)

私が信仰生活に入って十数年を経た頃のある日、病気の根本原理と、その解決法とを知り得たのである。嗚呼、その時の私の驚きと喜びは、何人も想像はなし得ないであろう。何となれば今日までの世界の人間のうち、これ程大きな発見をしたものは絶無であったからである。いかなる大発見も大発明も、この事に比較すれば問題にはならない。実に私というものは何たる不思議な運命を持って生れたものであろう。
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地上天国(未発表 昭和23年9月)

この世知辛せちがらい地獄のような娑婆世界に霊肉共に歓喜に浸り、天国のごとき生活をしているわが団員であります。この天国人が段々殖え世界人になった時、それが地上天国でなくて何でありましょう。
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時代と宗教(未発表 昭和23年4月)

霊界の実相や、事物と霊との関係等を徹底的に解明し、神仏や祖霊に対する信仰の意義、想念の持方等を充分認識すべく教ゆるのであるから、神仏諸霊の満足と歓びをもって迎えらるる事は必定である。従って、観音会こそ今後の時代をリードすべき新宗教といっても過言ではないと思うのである
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悪なき社会(『二十一世紀』未発表 昭和23年執筆 )

二十世紀以前に悪が跋扈ばっこしたという原因はいかなる所にあるかというと、悪の暴露に時日を要したからである
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二十一世紀(『二十一世紀』未発表 昭和23年執筆 )

鉄道汽船等は素晴らしい豪華版であるに拘かかわらず、その賃金の安い事これまた驚くべく無料同様の低賃金である。それもその筈で、これらも富豪の社会奉仕によるものである。これら数々の説明を休憩時間中に聞き、今更ながら感激した事はいうまでもない。
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序文『二十一世紀』(未発表 昭和23年執筆 未完成原稿)

読者が百年間眠っていたところ、ようやく眼が醒め、それと同時にあまりに世界が変った事に驚いたのである、という事を仮定して書いたものであるから、読者はその積りで読まれたい事である
医学革命の書

病気を治す方法(未発表『医学革命の書』昭和28年執筆)

浄霊法の最も誇るべき特長は、施術の場合医療と異ちがって、肉体に一手も触れない事である。そうして浄霊の主眼は薬毒解消法であり、薬毒が減っただけは治るからよく分る。といっても医学迷信に固まっている現代人は、容易に信じられまいから、充分納得のゆくよう詳説する
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頑張り(未発表、年代不詳)

頑張りも一種の執着であるから、これを慎む事であると共に、成功だけを考えないで失敗も必ず算盤そろばんに入れる事で、失敗したらこうと予あらかじめその方法を立てて置く事である。またやり始めてみて少しまずいと思ったら一時陣を退ひき、徐おもむろに考えてやり直すのである
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言霊の偉力(未発表 昭和25年)

正なる言霊は霊界の汚濁を軽減させるが、これと反対に、悪の言霊は汚濁を増すのである。これはなぜかといえば、七十五声の言霊の配列の順序によるので、その基もとは善悪いかんである。すなわち、善の言霊とは美辞麗句であって、美辞麗句とは、一つ一つの単語の綴り方が、真善美に適っているからである。これは何よりも人間の耳へも快く響くもので、なぜ快く響くかというと、人間良心の本源である魂にまで透徹するからである
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言霊について (未発表 昭和25年)

想念は幽玄界に属し言霊は言霊げんれい界に属し、行為は現象界に属するのである。言わば、言霊は幽と物との中間である。念と行との媒介者といってもいい。これによってみても言霊なるものはいかに重要性があるか判るのである。
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神の審判は文化的である(未発表 昭和25年9月)

一度光明が出現する時、明るさはいかに隠蔽いんぺいせる醜悪もあらわに露呈するであろう。隠蔽も湮滅いんめつも火の前には無効である。それぞれ所得の罪は何の手数も要せずさばかれて行くのである。これこそ、真に文化的の審理である
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私とサタンとの闘争史(未発表 昭和27年執筆)

神様の経綸はこの世界が九分九厘まで邪神に占領され、後一厘という瀬戸際で一厘の御霊みたまが現れ、悪の世を引っくり返し、善の世界にするのである。
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医学迷信(未発表 昭和27年12月26日執筆)

世間こういう人がよくある。もしそんな事で病気が治るとしたら、医者も薬も要らないではないかと言うのである。全くその通りで、医者や薬が無くなったら、世の中に病人はなくなると答えざるを得ないのである。以上のごとく現代医学こそ世界的迷信の最大なるものであるから、人類から病を無くすとしたら、何よりもこの迷信を打破する事で、これが先決問題であろう
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頭を新しくせよ(未発表、昭和27年1月7日)

  このように見てくると、すべてが古くて黴かびが生はえて腐敗し、埃ほこりで埋まっているといってもよく、手がつけられない有様だ。これら一切の原因を考えてみると、全く唯物思想一点張の結果であるのは言うまでもないが、この思想こそもう古いものであるが、仲々これに気の付く人が少ないので、わざわざ地獄文明を作って、その中で喘あえいでいるのであるから、どうしても本当の新しい文明教育をしなければならないので、私はそれを信条として進んでいるのである。
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分り易い話(未発表、年代不詳)

人間の生命は神が造ったものであって、科学で作ったものでない事は、誰でも考えられるであろう。としたら前者は人智でも解し得ない神秘力であり、後者は機械力であるから問題とはならない。従って生命に関係ある病といえども、神に治して貰うのが本当で、科学に持ってゆくのはお門かど違いもはなはだしい事も分るであろう。としたらこれほどハッキリした理屈はあるまい。ところが昔からそれに気が付かないところに不思議な点がある。何よりも今以って病を科学で治そうとしている事で、全く盲の世の中というより外に言葉はない。この盲の眼を開眼するのが私の仕事であって、その方法が光である
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一人対一人では駄目だ(未発表、年代不詳)

本教の病療法は素晴しい医学には違いないが、吾らの終局の目的は、天国的理想世界を造るにあるのだから、肉体の健康のみでは本当ではない。肉体の健康と共に精神的健康たり得なくてはならない
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御講話 未発表(昭和25年3月5日)速記録

釈迦は経で、キリストは緯で、これが結んで神の働きになる。これもよく合っている。 キリストは緯であるから広い。仏教は経であって、緯の働きはない。メシヤは、最後の審判のとき、救いに出ることになっている。
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中島氏帰幽に関するお言葉(未発表 昭和25年2月 速記録)

世界人類の救済からゆくと、メシヤ教はよほどキリスト教に近くなる。いずれはそうなるべきだが、ようやく時期が来たのである。 神様はいろいろさせてそれにより神代の罪をいま帳消しになさる。故にその死が重大な意味をもつ。故に、中島氏のやったことなど、いずれは大変な良いことをされたわけになる。一時は犠牲になるが、永遠な見方をしないと結論は出ない。
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私と映画(未発表『私物語』昭和27年執筆)

私の映画の好きな事は、信者はよく知っているが、何しろ今でも隔日には必ず観る事にしている。そこで私が映画に親しむようになった最初からの経路をかいてみる
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無信仰時代Ⅱ(未発表『私物語』昭和27年執筆)

以上の事を今日考えてみると、神は私の使命に対し、そういう事業に手を出してはいけないとして、止められた事はよく分るのである。
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無信仰時代Ⅰ(未発表『私物語』昭和27年執筆)

 この時の私も全然無信仰で、唯物主義のカンカンでありながら、丸で信仰者のような考え方なんだから、表面は無信仰でも、肚の底はすでに信仰者になっていた訳である。
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私は神か人か(未発表『私物語』昭和27年執筆)

何しろ驚くべき奇蹟が次から次へと出て来るので、ここに心機一転百八十度の転換となったのは勿論、日の経つに従い益々奇蹟続出、ついには私の過去、現在、未来にわたる運命についての霊的啓示をも受けると共に、自分は超人的力を与えられ、人類救済の大使命を荷になう事が判然としたのである。そうしてその頃洵まことに不思議な現象と思ったのは、偉大なる何者かが私を自由自在に操あやつり、一歩一歩神の世界の実在を、奇蹟をもって会得えとくさせた事で、その際込上げて来る歓喜をどうする事も出来なかった程である。この気持たるや幽幻至妙言葉では現わせない心境であった。しかも相変らず奇蹟続出で、興味津々しんしんたるものがあった。一日の内に何度心が躍おどったかは分らない。その中での最も大きな奇蹟は、大正天皇崩御ほうぎょの年、すなわち大正十五年十二月の事であった
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私の神秘(未発表『私物語』昭和27年執筆)

私はいつも思っている事は、私程不思議な人間は世界肇はじまって以来一人もない事を信じている。実に何から何まで不思議だ。自分でさえそう思っているのだから、他の人としたら私という者の実体を想像してみても、結局群盲的であろう。というのは神秘性が余りに多いからである。ところが面白い事には人間の意欲の中で、最も興味を惹ひくものとしては、何といっても神秘性であろう
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『私物語』序文 (未発表 昭和27年執筆)

私というものの一切を、縦横無尽に晒さらけ出し、思いのまますべてを記かいてみたいからである。そうして文中不可解な点もあるだろうし、虚々実々、大小、明暗、有限無限等々で、興味津々しんしんたるものがあるであろうから、味わいつつ人生を覚り得ると共に、揺がさる魂の持主となるのは断じて間違いないと思うのである。
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御講話(未発表)昭和26年9月21日 速記録〔再掲〕

これでまだいろいろおもしろいことがあるが、ちょっと書けないことがそうとうあるのですから、そういうのは話をするかしようと思っている
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恐怖時代 (未発表 昭和23年4月28日)

世界が夜から昼に転換する結果として、人類に対しいかなる変化が起こるかという事である。それは現界の昼夜と等しく「暗黒は全く消滅し、明々白々たる世界となるのである」――という事は、霊界における火素の大増量である
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邪神というもの (昭和26年10月1日 未発表)

世の中の一般の人は神といえばただ有難いもの、人間以上の尊いものと思い込んで一途(いちず)に礼拝し崇めているが、こういう人達に知らせたい事は、単に神といっても彼の本居宣長のいわれた通り狐、狸、天狗、龍神等もあり、むしろ邪神の方が多いくらいであり、その証拠には世の中には善人よりも悪人の方がずっと多いのが何よりの証拠であり、つまり神界と人間界と並行しているのが世の中の実相である
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メシヤ様御言葉 *メシヤ降誕(未発表 昭和29年6月5日碧雲荘にて)

このメシヤというのは、世界中で最高の位なんです。西洋では王の王ということになってますが、キングオブキングスと言ってその位をもってるんです。だから、私が出てはじめて人類は救われるのです。たいへんな事件なんです。