🔰幸福の秘訣*幸せになるための虎の巻

aicorin
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私は、この理屈が世界中に拡がれば不幸な人は居なくなると、割と本気で思っています。人はどうしても自分中心に物事を考えがちです。ですが、本当は自分の希望や欲を一旦横に置き、他者の幸せのために何か行動を起こす事こそ自己の幸せにつながるのだと、この御論文を読み、あらためて確信に至るのです。

自己の幸せは他者の幸せの土台があってこそ、ということですね!

幸福の秘訣(光29号 昭和24年10月1日)

 幸福の秘訣などというと、何か特別の魔法でも使うように想うかも知れないが、決してそうではない、至極しごく当り前の話である、ただその当りまえの事を世人はあまりに気がつかないのである。

  今社会全般を見渡した時、真の幸福者は一体幾人あるであろうか、恐らく一人もないといってよかろう、事程、左様に苦悩の世界である、実に如何いかなる人といえども失敗、失業、病苦、貧困、不和、懐疑、悲観等、実に首かせ、足められ、牢獄に呻吟しんぎんしているというのが有りのままの姿であろう。

   まず、誰しも平静になって考える時、こういう疑問が起るであろう、全体造物主である神様は、人間を造っておきながら、之程苦しませるという事はどういう訳であろうか、何故もっと不幸よりも幸福の多い世界にして呉れないのであろうかと思わない訳にはゆくまい、と考えると何かそこに割り切れないものがあるに違いない、従而したがってその割り切れない点を誰しも知りたいであろうから、それを説明してみよう。

   人間の発生した原始時代から今日只今まで厳然として存在を続けているものとしては先ず善と悪とであろう、之は真理である、そうして此善悪という相反する性質のものは、常に摩擦し争闘しつつ、今以て勝負がつかないでいる、処が、よく考えると、此善悪の摩擦によって今日の如き文化の発展を見たのであるという事もまた真理である、此事について私はよくたずねられた事がある、それは神様は愛であり、慈悲であるとしたら、最後の審判などといって人間に悪いおこないをさせ、罪を作らせておきながら、それを罰するというのはどうも訳が分らない、最初から悪人を作らなければ罰も、審判の必要もないではないかと言うのであるが、之はもっとも千万な話で、実をいうと私もそう思っている、しかし乍ら私が人間を造ったとすればその説明は容易だが、私といえども造られた存在である以上徹底した説明は出来よう筈がない、強いて説明をすれば神の御心はこうであろうと想像する以外、説明のしようはないであろう、とすれば、そんな穿鑿せんさくは有閑人に委せて、吾々としては現実を主とし、生ある間幸福者たり得ればそれでいいのである。故に何よりも右の根源を発見し実行する事である、ではその方法はといえば常に吾々のいう、他人を幸福にする事で、ただ此一事だけである、処がそれには最もいい方法がある、その方法を私は長い間実行していて、素晴しい好結果をげているので、それを教えたい為に此文をかいたのである。

   右を先ず簡単にいえば、出来るだけ善事を行うのである、始終間さえあれば何か善い事をしようと心掛けるのである、例えば人を喜ばせよう、世の中の為になら妻は夫を気持よく働かせるようにし、夫は妻を親切にし安心させ喜ばせるようにする、親は子を愛するのは当然だが、叡智を働かせて子供の将来を思い、封建的でなく、子供は親に快く心服し、愉快に勉強させるようにする、其他日常すべての場合相手に希望をもたせるようにし、上役に対しても下役に対しても愛と親切とを旨とし出来る限り誠を尽すのである、政治家は自分の事を棚上げにして国民の幸福を第一として模範を示すようにする、勿論、一般人も一生懸命善事を行う事につとめ智慧をふるい、努力するのである、斯様かように善事を多くした人程幸福者になる事は受合である。

   以上のようにみんなが気を揃えて善事を行ったとしたら、国家も社会もどうなるであろうかを想像してみるがいい、先ず世界一の理想国家となり、世界中から尊敬を受けるのは勿論である、その結果あらゆる忌はしい問題は解消し吾等が唱える病貧争絶無の地上天国は出現し人民の幸福は計り知れないものがあろう事は、大地を打つつちは外れてもこれは決して外れっこはない。

    処がだ、現在としての現実はどうであろうか、凡そ右と反対で、悪事を一生懸命しようとする人間が滔々とうとうたる有様で、嘘をつき人を誤魔化し、己のみうまい事をしようとして日もこれ足らずの有様である、実に悪人の社会といっても過言ではない、これでは幸福などは千里の先へ行きっきりで帰る筈はない。其上困った事には、こういう地獄世界を当然な社会状態と決めてしまって、改革などは夢にも思わないのである、しかも吾々が斯ういう地獄世界を天国化すべく活動するのを妨害する奴さえある、之こそ自分から好んで不幸者となり、最低地獄へ落ちるようなものである、斯ういう人間を吾等からみる時、最もあわれむべき愚人以外の何物でもないと共に吾等は之等の人間の救われん事を常に神に祈願しているのである。

   あまり長くなるからここで筆をくが、以上の意味をよく玩味すれば、幸福者たる事は、あえて難事ではない事を知るであろう。

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